l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

加山又造展 KAYAMA MATAZO RETROSPECTIVE 1927-2004

2009-03-07 | アート鑑賞
国立新美術館 2009年1月21日-3月2日



初めて拝見する加山又造さんの大がかりな回顧展。閉会ギリギリに駆け込んだ。

日本画の知識も乏しく、加山さんについても先日放映された「新日曜美術館」で得た情報がほぼ全て。たいしたことは書けそうにないが、自分なりに感じたことをつらつらと。

本展の構成は以下の通り:

エントランス
第1章 動物たち、あるいは生きる悲しみ―様式化の試み
第2章 時間と空間を越えて―無限の宇宙を求めて
第3章 線描の裸婦たち―永遠のエロティシズム
第4章 花鳥画の世界―「いのち」のかたち
第5章 水墨画―色彩を越えた「色」
第6章 生活の中に生きる「美」

印象に残った作品を章ごとに:

エントランス

『雪』『月』『花』(1978年)
エントランスを入ると、それぞれ350.0 x 430.0cmもある『雪』『月』『花』の三部作に出迎えられ、その迫力ある画面にいきなり目を瞠る。東京国立近代美術館の依頼で、8年の歳月をかけて完成させた3部作だそうだ。勉強ついでにカタログから引用すると、"「雪月花」とは、やまと絵にみられるように、古くから日本画の代表的な画題として描かれてきたもので、春の桜、秋の月、冬の雪と、それぞれの季節を代表する風物をとり合わせて描き、三幅対の形式をとるものが多い"

美しい群青色のグラデーションの上に金箔が施された川(?)が横切り、雪の部分がやや漆喰のような絵肌を思わせる、手の込んだ画面の『雪』。 飲み込まれそうなモノクロームの波濤模様の上に浮かぶ、独特のフォルムをした上弦の月が直球で迫る『月』。漆黒の背景に彫塑的な赤い炎が立ち上り、それに照らし出されてところどころ赤く染まる夜桜を描いた『花』。


  『雪」はチケットに使われていた。

第1章 動物たち、あるいは生きる悲しみ―様式化の試み

それぞれの作品に描かれるのは、草原、トロピカルな森、湖、砂漠などを背景に、牛、犀、馬、縞馬、鹿、駱駝、狼、烏、フラミンゴ、キリン、象など、様々な動物たち。隙間なく濃い色が敷き詰められた画面は、西洋画のそれに近いものを感じる。

『月と駱駝』(1957年)



夜の砂漠に、目をつぶったラクダが三頭寄り添い、丸い形に固まっている。ラクダの体には木の年輪のような線が走り、まるで木で彫ったような質感。空に浮かぶ月も、その三頭の反復。静寂の世界。

『冬』(1957年)



ぱっと観て、ブリューゲルの『雪中の狩人』が頭に浮かぶ。ただし、加山作品には人間の姿や家屋はなく、雪山の上に狼が2匹、木の上に独特のフォルムをした大きなカラスが1羽、そして谷間に飛び交う無数のカラスの群れだけ。遠方に連なる雪山、落ち込んだ谷、手前の木立、と西洋画の遠景、中景、前景をきっちり構成した遠近法が用いられている。木の上のカラスは、まるでその出来栄えを観ている加山さん自身のようにも思えた。

『木枯』(1959年)
やや茶味を帯びた黄金色に大きく広がる暮れの空。手前の雑木林から飛び立ったたくさんの鳥たちが、渦を巻くように上空の一点に集約されていく。心に染みる色、情景。

第2章 時間と空間を越えて―無限の宇宙を求めて

大和絵や琳派など、日本の古典絵画に倣った作品を手掛けるようになった頃の作品群。横幅350㎜以上ある、きらびやかな屏風絵が6点も展示室にたなびいていた。

『春秋波濤』(1966年)
チラシに使われている作品。ほぼ中央に、薄いピンク色の桜の花が満開の山。左手下には、紅葉した紅葉の赤が燃える山。その二つの山の間には縦横無尽に波濤が流れ、空には満月。紅葉の山の中央にふんだんに散らばる「切金」の技法習得に、7年かかったと聞いた。加山さんが追い求めた、日本の装飾美の極致と言える作品ではないだろうか。

『天の川』(1968年)
大きく分けて横に三層に分かれる画面構成。最上部には、濃紺の夜空に銀の粉が散ったような銀河。その下に流れるのは茶を帯びたグレーの地に白い線が渦巻く波濤。一番下は青い桔梗や黄色い女郎花の咲く緑の野原。右側には黄色い満月、左には白い半月。緑の野原の占める割合が大きいせいか、清々しい印象。

『七夕屏風』(1968年)



天の川、波濤に笹の葉がモティーフに加わる。左の方に少し入る青緑と朱の色がいい。色合いの妙。

第3章 線描の裸婦たち―永遠のエロティシズム

場面が急展開。全裸の裸婦が次々と登場。事前に情報を得ていたのでよかったが、何も知らずに行ったらさぞや面喰ったことだろう。さすがに髪型や化粧がレトロな感じはするが、フジタを思わせる線描や肌の色は美しいと思った。『黒い薔薇の裸婦』(1976年)など、女性が羽織るレースの布や、同じくレースのような模様が入った背景などが装飾美といえばそうかもしれないけど、当時このような作品を日本画の画壇に発表するには相当の勇気が要ったのではないだろうか?

第4章 花鳥画の世界―「いのち」のかたち

『彌生屏風』(1969年)
金色の雲がたなびき、黒い月が浮かぶ空に、左下方から黄色い蝶の群れ、そして右上方から白い蝶の群れ。双方とも中央の月に向かって舞い飛び、月の上で両者の色が入り交る。幻想的な世界。

『華と猫』(1973年)
大きなシャクヤクの花の下に伏せるシャム猫。首を反らし、瞳を大きく見開いて上方を凝視している。海の波の波頭を思わせるシャクヤクの花弁は白く浮き立つが、全体に暗色が支配しているので、猫の濃いターコイズ・ブルーの瞳が強い印象を残す。体の毛のふわふわした感じや、前足の先からのぞく細く鋭い爪の感触が手に取るように伝わってくる。加山さんは猫がとてもお好きだったらしい。他にも猫がモティーフの作品が二点展示されていたが、日頃から愛情を持って猫たちをよく観察していたことがうかがえる。

『夜桜』(1998年)
やや霞んだ大きな満月が浮かぶ夜に、満開の花を咲き誇らせた桜の大木の威容が浮かび上がる。外側の花々は闇に紛れて輪郭がはっきりせず、まるで滝の水しぶきがけぶっているようにも見える。幽玄で、美しいながらもちょっとした怖さも感じる。

第5章 水墨画―色彩を越えた「色」

『風』(1974年)


若冲を想起させる、繊細な羽毛の描写に魅せられる。墨絵風の黒い笹の葉を背景に、純白の鳥の体が高貴に浮き立つ。

『凍れる月光』(1981年)
夜の海、岩に砕け散る波を、モノクロームの墨で迫力満点に描いた『月光波濤』(1979年)について語った「私は、音にならぬ音、停止した動感、深い、静けさを表現したいと思った」という加山さんの言葉は、この『凍れる月光』の大画面にも感じ取れる。手前の薄暗い森から画面中央に視線を上げると、遥か向こうにひっそりとそびえる山の峰。雪を頂いた白い山頂のみが月光に照らし出され、暗がりに浮かぶ。まるで生命が宿っているようで、山に太古から息づく、音にならぬ音が聞こえてくるような感じを覚える。

『啼』(1980年)
三羽のタンチョウが、首を真っ直ぐ上に伸ばし、天に向けてくちばしを開けて啼いている。単純にコンポジションが美しいと思った。

第6章 生活の中に生きる「美」

加山さんは、絵画以外に様々なもののデザインなども手掛けられた。食器、着物、装飾品、果てはスポーツ・カーまで。「美とは特別なものではなく、もっと普段の生活の中でも生かされるべきだ」との強い思いもおありだったらしい。着物のデザインにもうっとりしたが、このコーナーで印象に残ったのは、メゾチントの一連の作品。又造先生デザインの食器などを日常生活で使うなど私にはあり得ないことだが、このメゾチントの作品の複製なら部屋に飾って愉しめそうだ、と思った。

それにしても、本展でざっとその画業を振り返ってみても、これ全てが一人の画家の手による作品かと恐れ入る作風の多様さ。一つのところにとどまらず、西洋画、琳派、水墨画、と貪欲に研究し、その旺盛な探究心は晩年にコンピューター・グラフィックにまで手を伸ばすなど、最後まで途切れることはなかったようだ。「日本画を描くとはどういうことか、寝ても覚めてもそればかりを考えていた」と語る加山又造さんの作品に一貫して感じられるのは、自分の内なる声に耳を傾け続け、その想いを誠実に作品に注入し続けたのだ、ということであった。


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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (一村雨)
2009-03-08 19:36:53
もう終わってしまったのかと一抹の寂しさを感じます。
加山の世界を堪能しましたが、初めて加山の全貌を知り、
もっともっと知りたい、見たいという欲が出てきました。
とにかく、今年のベスト10に入る展覧会だったと思っています。
Unknown (YC)
2009-03-08 23:41:40
☆一村雨さん

こんばんは。

私は後期に一度しか行っていないので、『千羽鶴』が
観られなかったのが非常に悔やまれます。

おっしゃる通り、本当に素晴らしい展覧会だったと
思います。このような大掛かりな回顧展はそうそう
観られないと思いますが、加山の偉業について
今回いろいろ学べましたので、今後も機会を逃さず
また作品を拝見したいと思っています。
Unknown (Tak)
2009-03-10 08:01:43
こんにちは。

後期展示にも出ていた
ブリューゲル風の作品
倣うとはこのことだなと。

あの空間に全く負けていない展示でしたね。
Unknown (YC)
2009-03-10 22:19:07
☆Takさん

こんばんは。

TBもありがとうございます。

ブリューゲルもそうですが、とにかく加山さんの学びの姿勢、
飽くなき探究心には感銘を覚えました。

確かにいつもは間延びしたような感覚も覚えるあの展示室、
加山作品が並ぶと見事に締まりましたね!


Unknown (遊行七恵)
2009-03-11 00:02:59
こんばんは
「七夕屏風」にとても惹かれました。
わたしは月が溺れているように見え、わたしもまたその絵に溺れてしまいました。

あのラクダダンゴ、けっこう面白いと思いつつ、その頃の時代背景とか又造さんの心持ちとかいっぱい考えて、ちょっと重たく感じたりしてました。
Unknown (YC)
2009-03-11 23:23:20
☆遊行さん

こんばんは。TBありがとうございます。

月が溺れている、ってリリカルで素敵な表現ですね。
私はあちらこちらで波濤に溺れそうになりました。
いや~、あの線は西洋人には描けない。

ラクダダンゴ。。。遊行さんの表現力にはかないません。

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