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l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

ヴォラールの隠れコレクション

2010-06-26 | アートその他
 『闘牛士姿のアンブロワーズ・ヴォラール』 ルノワール(1917)  

英国紙、The Independentの6月23日付オンライン・ニュースで、興味を引く記事が載っていました。タイトルは”For sale: The masterpieces hidden away for 70 years”、直訳すれば、「70年間隠されていた傑作が売りに」という感じでしょうか。元の記事のリンクはこちら

元のオンライン・ニュースには、今回オークションを開催したサザビーズのスタッフと思しきエプロン姿の人たちが、手袋をはめた手で出品作品3点をお披露目している画像が載っています。左端はすぐマティスだなと思いつつ、真ん中の肖像画は誰の作品?と思ったらこれがなんとエドゥアール・マネ。俄かに私のテンションも上がりました。

その傑作の元の所有者は、先般の国立新美術館でのルノワール展でも展示されていた記事冒頭の肖像画も記憶に新しいアンブロワーズ・ヴォラール(1866-1939)。そう、印象派の画家たちを擁護し、展覧会を開くなどしてその作品を世に広めようと貢献したことで最も知られるフランス人の有名な画商です。

印象派の作品(と一括りにすることには難がありますが)自体にそれほどのめり込めない私が知るのはそんな表面的なことだけなので、今回の記事はとても興味深く、大いに驚きました。

記事によると、1939年に交通事故で亡くなったヴォラールのコレクションの所在は、今現在もまだ全体が判明していないとのこと。そもそも彼は、全コレクションを網羅した管理台帳も作成しておらず、相続人も明確にしていなかったそうです。

彼の事故死後(殺人説もあるそうな)、美術館や個人コレクターに渡った作品もある中、この記事は今回のオークション出品作品を含む不思議な500点のヴォラール・コレクションについて触れています。

どのように知り合ったのか言及がありませんが、ヴォラールは一文無しながら美術が大好きなユーゴスラヴィアの13歳のユダヤ人少年、エーリッヒ・スロモヴィッチ(正しい発音はわかりませんが、便宜上これでいきます。スペルはErich Slomovic)と文通をしていました。長じて20歳になったエーリッヒ青年はヴォラールの家を訪れ、ヴォラールも彼に仕事を工面したりします。これがヴォラールの死の4年前。そしてこれが最大の謎なのですが、どういうわけかヴォラールは死の直前に、コレクションの中から500点以上にも及ぶ作品をエリック青年に渡しました。

エーリッヒは141点をパリの銀行の金庫室に預け、400点をユーゴスラヴィアに持ち帰ります。しかし1942年のナチ侵攻により、父、兄弟と共にエーリッヒもガス室に送られ、殺害されてしまいました。ナチの迫害を逃れて生き残った母親は、1944年にその400点の作品を国家に差し出し、その直後列車事故で死亡。要するに、当事者であるスロモヴィッチ一家の人々は皆この世から消えてしまいました。

その後どうなったか。

まずユーゴスラヴィアに持ち帰られた400点は、ベオグラードの画商の元から国の美術館に移された後、今日に至るまでそのまま保管され、所有権について現在もセルビア共和国政府と遺族との間で係争中。セザンヌピカソなどの作品も含まれているそうです。400点とは凄い数ですから、一体どんな作品が含まれているのか非常に気になるところです。印象派ファンが息を呑むような名画も含まれているのでしょうか?

次にパリの銀行に預けられた141点。こちらはルノワール、ドガ、ゴーギャン、セザンヌ、マティス、ピカソなどの名が挙がっていますが、何とエーリッヒ青年が預けて以来1979年まで、40年間に渡って忘却されていたそうです。先に触れたように、スロモヴィッチ一家はこの世になく、誰も箱の中身を知らないままその保管料を払う者もない状態が続いていたわけです。とうとうしびれを切らした銀行が1981年に作品の一部をオークションに出して売却しようとしますが、その所有権を主張する人が15組も登場してオークションは中止になってしまいました。

それから約30年に渡る裁判の末、やっと2006年に画商の子孫の手に渡り、その一部が晴れて今回のロンドンでのオークションにかけられる運びとなった模様です。他の作品、例えばセザンヌによるエミール・ゾラの肖像画などは来週パリのオークションにかけられるとあります。サザビーズはそのコレクションを「時代の断片が完璧に保存されたタイムカプセルが、突然姿を現した」というような表現をしていますが、いやはや。

気になるのは、セルビア共和国の美術館に保管されている400点。保管、といっても状態があまり良くないことが記事中に示唆されています。これは何とかならないのでしょうか?

最後に、彼のコレクション中、上記の他に数百点に及ぶ作品が未だに行方不明という事実にも驚きます。せめてヴォラールが記録だけでも残しておいてくれたらよかったのに、と思わなくもないけれど、逆に事務能力に長けるような人はこのような大きな仕事はできないのかもしれません。いずれにせよ、それらの作品も無傷で保管されていることを祈るばかりです。

ワークショップ 「細密画を描こう」

2010-05-31 | アートその他
5月8日(土)、9日(日)と二日間に渡って、川口市立アートギャラリー・アトリアで開催されたワークショップに参加した。お題は「細密画を描こう」。本ギャラリーで開催中だった「見つめる」展(会期終了)に関連したイベントで、細密画の技法でデッサンを試みる講座だそうだ。

ろくすっぽデッサンなど出来ないのに何となく申し込んでしまったが、「当選しました」という通知ハガキが来た途端不安が押し寄せてきた。初心者はご遠慮下さい、とは書いてなかったものの、きっと上手い人が集まるんだろうなぁ。

あっという間にその日はやってきて、そういえばあのギャラリーのどこに実技指導が受けられるような部屋があるのだろう、と思いながらアトリアへ。

呑気に時間ギリギリに到着して受付を済ませると、何と先日「見つめる」展で拝見した野田弘志氏の展示室が教室であった。あの超絶写実作品に四方を囲まれて自分が絵を描くことになるなんて。

既に沢山人が集まっていて、各々画材やモティーフを持って机の間をわさわさ動いている。50代以上の方が多そうな印象だったが、一人ニット帽をかぶった若い男性がいる、と思ったらそれが今回講師を務められた日本画家の加藤丈史先生だった。勝手に年配の先生を想像していたもので。後でギャラリーのサイトを見たらちゃんと先生のプロフィールが載っていました。すみません。

さて、モティーフは、ギャラリー側が用意した貝殻、石、木の枝から選ぶことになっている。私はギリギリに行ったので余り選択の余地はなかったけれど、一つ、小ぶりで描きやすそうな巻貝を見つけてにんまり(もうこの時点でアティテュードが間違っています)。

がしかし先生は私のそんな魂胆を見抜いたのか、見回りに来られた時に「これはちょっと小さすぎるなぁ」と私の机からその貝殻をひょいと手に取られ、モティーフの並ぶ台へ持ち去ってしまった。残ったモティーフを覗き込んでいる先生に「貝がいいんですよね?」と聞かれた私は「なんでもいいです」とつい。そして先生が私の目の前に置いたのは、見た瞬間マイッタと思う石だった。

先生、これ描くんですか?(心のつぶやき)

ちなみにこの石は加藤先生が群馬の河原で拾ってきて下さったものだそうで、講座終了後お持ち帰りとなった(今も目の前にあります)。

描き始める前に配られたプリントには以下の要領が書いてあり、先生もホワイトボードを使って講義して下さった:

① 形をとる
② 陰影をつけて立体感を出す
③ 細部(質感・手触り・表情)を描く
④ 細部と全体のバランスを整える
⑤ ③と④を繰り返す

はい、わかりました。

とスラスラ描けるわけもなく。

昔、初めてちょこっとデッサンを習った時、まずはその独特の鉛筆の削り方に面喰った。ボルゾイ犬の鼻みたいに、長~く芯を尖らせる。カッターで削る際、余り力を入れるとボキッといってしまうので、不器用な私は一苦労だった。それに芯をどんどん粉々に削り落としていくのが、貧乏症の私には勿体なくも思え。。。

 これもまだ削りが甘い

だが細密画のデッサンとなると、更に芯が細いことが要求される。カッターで尖らせた上に紙やすりをかける。鉛筆はほぼ垂直に立たせて描き、ほんの少し描いては先を紙やすりで研ぎ、また描いては削り、を繰り返す。芯の濃さも、今回は3B~2Hまでで、普通のデッサンで使う6Bのような濃いものは基本的に使わない。とにかく薄い色で、繊細に色を重ねていく。

と偉そうに説明してるが、私はといえば形を取るだけで悪戦苦闘。

ふう、と顔を上げれば、野田氏の「人間業とは思えない」(とは加藤先生の弁)素描作品が壁に並び、お隣の方をチラ見すれば、これまた素晴らしい巻貝が紙の上に出現している。

でもいい。上手く描けなくても私はこの、対象物と向き合って悶々とする時間が好きなのだから(いや、本当なんですよ~)。

最後は1人ずつ、出来上がった作品を先生が講評して下さって終わったが、とりわけ木の枝を描かれた方の作品は本当にお見事だった。モノクロームの筈なのに、薄茶色の木肌が感じられるのには驚くばかり。

最後に、今回指導して下さった加藤先生のグループ展があるそうなので、ご紹介させて頂きます。「若手日本画系作家の現況と、今後の展開の一端をご紹介する展覧会」だそうです。お近くにお住まいの方がいらっしゃったら是非。

日本の画展2010
2010年6月29日(火)-7月4日(日)
Gallery 健
さいたま市南区関1-1-3
048-837-5642

加藤丈史先生のプロフィール:

2002年 東京藝術大学大学院 修士課程日本画専攻修了
2008年 第34回春季創画展 初入選 以後09・10年入選/第35回創画展 初入選奨励賞受賞 以後09年入選
他、グループ展多数出展 / 現在、さいたま市在住 創画会会友


あおひーさんの個展のお知らせ

2010-04-12 | アートその他
いつもブログでお世話になっているあおひーさんの個展のご案内を頂きましたので、ご紹介させて頂きたいと思います。

あおひーさんはお勤めの傍ら、独特のピンボケ・テクニックとでもいうような技を駆使しながら、デジタルカメラで日常の情景からアートをすくい取るアーティスト。

そう、まさに今回の個展のタイトルは「すくいとる」。そのタイトルの下には“―デジタルカメラの耳元にそっとウソをついて、もうひとつの見えない景色をすくいとる―”と添えられています。

ご本人のブログにもしばしば作品が登場しますが、いつも「何の風景だろう?」とか、「光源は何だろう?」とか、夜のしじまにゆったりとイマジネーションが膨らみます。

私自身、過去に二度ほどあおひーさんのグループ展を拝見したことがあるのですが、やはりPCの上でデジタル画像として観るのとは印象が大きく違います。以前、その制作方法についてご本人にお伺いしたことがあるのですが、撮る段階で既にこの画像になっているそうで、あとで加工等は一切施していないというお話に大変驚きました。

DMに使われている作品は『溶光梅』。何かにふわっと包まれたような感覚に。。。





いろいろなトーンの作品が並ぶという今回の個展、新緑の美しい季節にどんな空間が目の前に広がるのでしょうか。

個展の詳細は以下の通りです:

日時:5月1日(土)~5月5日(祝・水)11:00~19:00
場所:antique studio Minoru (サイトはこちら
オープニング・パーティ:5月1日(土)17:00~19:00

小田急線経堂駅北口徒歩1分だそうです。みなさまも是非!

2009年の展覧会ベスト10

2009-12-29 | アートその他
今年観た展覧会の「ベスト10」なるものに初めてトライしてみました。見落としたものも多く、数としてはそれほど観ていないはずなのに、結構難しいもんだ。。。

1位 The ハプスブルク @国立新美術館

古典的西洋絵画が好きな私には、やはりこれが1位。今年2月頃に初めて見たとき陳腐に思えた展覧会タイトルも、以降数ヶ月に渡ってあちらこちらのメディアで目にしているうちに違和感が消えてしまった。それはともかく、画家を国ごとに分ける展示というアプローチもおもしろかったし、ジョルジョーネ、デューラー、クラナッハなど16世紀の板絵を含めて西洋の名画の数々に囲まれるというのはまさに至福のひとときだった。

2位 皇室の名宝展 @東京国立博物館

伊藤若冲の『動植綵絵』そろい踏み、正倉院宝物『螺鈿紫檀阮咸(らでんしたんのげんかん)』をはじめ感嘆の声しか出ない工芸品の数々、教科書でお馴染みの作品たち。混雑具合も半端ではなかったけれど、我が日本の至宝であるからして根気強く頑張って鑑賞。汗だくで観た高階隆兼の『春日権現験記絵』は忘れられない。

3位 妙心寺展 @東京国立博物館

迫力ある狩野山楽の『龍虎図屏風』、妖気漂う狩野山雪の『老梅図襖』など、ダイナミックな妙心寺の障壁画の数々や、白隠慧鶴の個性的な書、幻惑的なガラス玉の天蓋など、美術作品として楽しめる作品が多かった。

4位 フランス絵画の19世紀 @横浜美術館

“アカデミスム”をキーワードに19世紀フランス絵画の変遷を追う切り口がおもしろかった。ある意味、フランス画壇を通して19世紀の西洋絵画の需要、受容の歴史を垣間見たような気がした。

5位 加山又造展 @国立新美術館

私には未知の日本画家だった加山又造の、生涯に渡る画業を伺い知ることができた回顧展。作品の美しさもさることながら、西洋画から水墨画に至るまで、生涯を通じて貪欲に自分のスタイルを追求する姿勢に感動した。

6位 かたちは、うつる @国立西洋美術館

白黒のみでこんなに深遠な画面世界を構築する西洋版画は、色の美しさが勝負の平面的な日本の浮世絵と対極的だな、などと思ったりもした。西美のコレクションは素晴らしい。第2弾、お願いします。
 
7位 阿修羅展 @東京国立博物館

シアトリカルな演出が秀逸だった。仏像ガールではない私も、阿修羅の美しさには腰ぬけ状態。と言いながら記事を書いていないなんて…。オフ会で、はろるどさんに唐突に「YCさん、阿修羅展行かれました?」と聞かれたことが妙に記憶に残る。来年はせめてベスト10に入れそうな展覧会だけは記事を書くように頑張ります。

8位 ラリック展 @国立新美術館

あちこちで単発的に作品を観ているせいで知った気になっていたルネ・ラリックの、仕事の全容を実は初めて知ることとなった。よくこれだけの作品数を集め、美しく展示できたもの。

9位 内海聖史 「色彩のこと」 @スパイラルガーデン

レントゲンでの「十方視野」、ギャラリエANDOでの「千手」も合わせ、今年はこの作家さんの個展を三つ観て、それぞれに感動した。スパイラルガーデンでの展示は、常設にしたらいいのに、と思うほど完璧だった。ご本人とお話できたのもよき思い出。

10位 三瀬夏之介 「冬の夏」 @佐藤美術館

展示室に足を踏み入れた瞬間のインパクトは今も忘れられない。この作家さんとこのような形で出会えたのは幸運だった。先月行った東京美術倶楽部でのTCAFで京都のギャラリーに彼の作品が何点か出ていて、小品ながらやはりあの独特のエネルギーを放出していた。

敢えて挙げれば上のようになるけれど、染付展 @東京国立博物館まぼろしの薩摩切子展 @サントリー美術館なども初心者には見応えがあり、勉強になった。

その他としては、ルーヴル美術館展 @国立西洋美術館にて初めて内覧会というものに参加させて頂いたり、日本の美術館名品展 @東京都美術館シカン展 @国立科学博物館ではブロガーとして取材させて頂いたことなども今年の思い出に残りそうです(Takさんに感謝!)

2010年も、たくさん美しいもの、刺激的なものが観られますように!

クリスマス・カード 2009

2009-12-18 | アートその他
イギリスから届いたクリスマス・カードを封筒から取り出した瞬間、うっほ~!と思った。



カードの表面に使われていた写真は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『ウィトルウィウス的人体図』の彫刻作品。あのドローイングを立体作品にしようなどと考える人がいるのだ。いや、この広い世の中、案外いるのかもしれない。でも私は初めて観たし、写真といえどこれが突然出てきたらビックリしません?

制作者は、昨年も拙ブログでご紹介した私のイギリス人彫刻家の友人アニータ。今年のクリスマス・カードに使われたということは、彼女の最新作の一つなのだろう。カードを開けると、裏面に”three-dimensional realisation of Leonardo da Vinci’s drawing of “Vitruvian Man”(レオナルド・ダ・ヴィンチの『ウィトルウィウス的人体図』の三次元化作品)とだけある。

すぐさま手元の本を開いて、レオナルドのドローイングと見比べてみた。ドローイングの男性の顔はいかにもイタリア人と言う感じだが、アニータの作品はイギリス人男性っぽい。胸の辺りもちょっと違う。もしかして誰かモデルを使ったのかな?

でも、そうか足は確かに左に向いているんだなぁ、とか、指はこんな風になっているのか、などと、知った気になっていたこのドローイングの細部を初めてしみじみ観たような気がする。

それにしても寸法も書いてないし、素材もよくわからない。背景はどうなっているのだろう。パブリック・アートの注文制作だろうか。次から次へと聞きたい事が出てきて、ちょうど入れ違いに彼女にクリスマス・カードを送ったばかりだというのに、またすぐ手紙を書く破目になりそうだ。

ところで、今年のイギリスのクリスマス・カード用の切手はラファエル前派のステンドグラス・シリーズらしい。実際にイングランドの教会にあるステンド・グラスから選ばれたウィリアム・モリスヘンリー・ホリディの作品が使われていて、私が頂いた封筒に貼られていたのは1ポンド35ペンスの、ホリディの羊飼いの図。羊を抱く、バーン・ジョーンズを思わせる愁いのある美しき羊飼いの横顔が描かれている(ふと、自分が昔イングランドで羊飼いに間違えられたことを思い出したりして…)。

惜しむらくは、サイズが小さい。イギリス国内向けの切手は大判なのに、一番高価な海外向けの切手が通常サイズとはいかに、ロイヤル・メール!

これらの切手にご興味のある方は、こちらをどうぞ。全種類見られます。

RCA Secret 2009

2009-11-25 | アートその他
イギリスのThe Independent紙のオンライン・ニュースにRCA Secret 2009の記事が載っていた。

RCA Secretとは、ロンドンのロイヤル・コレッジ・オブ・アート(Royal College of Art)が毎年今頃の時期に主催するアート・イベント。学校側が無償にて制作依頼した、既に名声を確立しているアーティストから最近の卒業生までの手になるポストカードの作品を、学内で展示販売する。アーティスト1人当たり6点まで出展でき、今年は1000人以上のアーティストにより寄贈された作品が2700点ほど売りに出された。1作品40ポンド(本日付の換算で計算すると5880円くらい)で売られ、その売り上げは奨学金等に使われるべく、学校の基金に充てられる。1994年に始まり、今やイギリスの初冬の風物詩とも言えるこのイベントも今年で16回目を数えた。

さて、何が「秘密」かというと、どの作品も作者の名前が伏せられているという点。めでたく作品を入手できた人だけが、購入後に絵の裏に書かれたサインで誰の作品であるか知ることができるという仕組み。

とは言え、実際のところ「秘密」と言いながら作品を寄贈したビッグ・ネームは事前に発表されるし、やはり作品を観てみるとわかる人にはわかるという作品も多そうだ。私ですらジュリアン・オピーなんかパッと観でわかりました。オノ・ヨーコなんて「Imagine Peace」って書いてあるし(笑)。知らずに買って、「えぇ~っ、これがあの有名人の作品?」という純粋なビッグ・サプライズがあれば、それは楽しいでしょうけど。

それより、さきほど“めでたく作品を入手できた人”と書いたが、作品の入手が結構大変。まずは所定の期間内にインターネットで参加申し込み。これがないと入場できない。1日限りのこのイベント(ちなみに今年は11月21日だった模様)の前に1週間ほど開かれる展覧会にて、各々欲しい作品の目星をつけることも可ではあるが、当日はまず、事前に1ポンドで売り出されるクジに当選した50人が入場してお買い上げ。恐らくこの時点で、誰もが目星をつけるような作品は無くなると思われる。そのあとは先着順となるのだが、行列の先頭集団は何とテントを張るなどして2日以上並ぶらしい。当然のことながら午前8時の開場の前から建物をぐるりと囲むほどの長蛇の列が出来上がり、底冷えのするイギリスの寒空の下、鼻をすすりながら建物の中に入るまで何時間も並ばなくてはならない。そう聞くと、いつか行ってみたいと思う私の気持ちもどんどん萎えてくる(なんて言ってるようじゃ多分一生行けないでしょうね)。

今年のビッグ・ネーム筆頭は、何といってもゲハルト・リヒター。6点寄贈したそうで(太っ腹!)、どれも本当に美しい抽象画。これを一つ6000円足らずで買えるなんて確かに垂涎もの。あとはグレイソン・ペリー、アニッシュ・カプーア、トレイシー・エミン、ビル・ヴィオラ、そして先に挙げたジュリアン・オピーやオノ・ヨーコなど。初めて聞く日本人の方々のお名前も散見された。

日本にもあったらいいなぁ、と思うようなアート・イベントだが(「わぁ、この脱力系のワンちゃん、かわいー」とか言って5000円くらいで買って、裏に「奈良美智」ってあったらどうします?)、後にオークション等で転売するべく人を雇って列に並ばせたりなんてことも起こっているそうなので、ちょっと難しい側面もあるかもしれない。

もしご興味がある方はこちらをどうぞ。今年の出展作品が作者名と共に全て観られます。

レッド・バードレット

2009-09-27 | アートその他
今日、近所のスーパーに買い物に行った時、ある一角で私の足は止まった。

梨やら葡萄やら柿やらと秋の美味しそうな果物が並ぶ中、それは一つ一つ緩衝材の白い網に包まれて並べられていた。

西洋ナシの形をしているが、私は黄緑系のものしか見たことがない。この色は、まさに。。。

セザンヌ!

 ほら、ね?

私はスーパーのカゴを握りしめ、しばしその果物の山に目が釘付けになってしまった。

名前は「レッド・バードレット」というらしい。秋田県産。どれもグリーンと赤の入り具合が微妙に異なって、見ているだけでわくわくしてくる。だって、セザンヌの静物画が目の前で展開しているようで。

ようやく一つだけ選んでカゴに入れた。スーパーでこんなにハイ・テンションになっている客は私くらいでしょうね。

家に帰って、すぐさま今年のカレンダーをめくってみた。

あ、8月に使われているこの絵、ちょっと雰囲気が似ている。



今もPCの横にこの果物を置いて(香りはリンゴに似ているのね)、手の中で回しながら色を観察したり、ヘタの部分を見つめたり、ひっくり返したり、真上から見てみたり。

明日の朝、食べてみよう。

「イタリアの印象派 マッキアイオーリ ―光を描いた近代画家たち―」 プレスリリース

2009-09-13 | アートその他
9月10日、イタリア文化会館にて開催された「イタリアの印象派 マッキアイオーリ ―光を描いた近代画家たち―」展のプレス・リリースにお邪魔してきました。



東京において現在開催中の「トリノ・エジプト展」、来週始まる「古代ローマ帝国の遺産展」、来年開催される「ボルゲーゼ美術館展」などとともに、本展は「日本におけるイタリア2009・秋」の基幹イベントの一つとして企画された展覧会の一つ。国内では広島のふくやま美術館(2009年10月3日~11月29日)と東京都庭園美術館(2010年1月16日~3月14日)の2か所で開催となり、東京の後はニューヨークに巡回するそうだ。

今回パネリストとして出席されたのは以下の4名の諸氏:

ヴィチェンツォ・ペトローネ氏 (駐日イタリア大使)
ウンベルト・ドナーティ氏 (イタリア文化会館館長)
塩田純一氏 (東京都庭園美術館副館長)
谷藤史彦氏 (ふくやま美術館学芸課長)

まずは「マッキアイオーリ」展について、ふくやま美術館のサイトから転載しておく:

  この秋、ふくやま美術館は、19世紀のイタリアの重要な芸術運動「マッキアイオーリ」を紹介する特別展を開催いたします。今回は初のイタリア外務省とイタリア文化財・文化活動省の共同企画として、ほとんどが本邦初公開となる珠玉の作品が集まりました。
  1856年頃、フィレンツェに集った若い画家たちは、因襲的なアカデミズムからの脱却と新しい芸術の創生を目指しました。大胆な斑点(マッキア)を用いた画法から、「マッキアイオーリ」と呼ばれるようになった彼らは、フランスの印象派にも先駆けて、自然における光の描写を追求していきます。 
  ときにイタリアは、統一運動(リソルジメント)の動乱のただなかにあり、画家のなかには運動に身を投じるものもいました。やがて彼らのなかには、自分たちの生きるこの時代を描くことこそ、近代画家の役割ではないかという意識が芽生えてきます。こうしてマッキアイオーリの画家たちは、新たに手にした表現によって、同時代の独立戦争、かけがえのない日常生活、そして雄大な自然をいきいきと描いていきました。このような近代イタリア、青春の軌跡を、フィレンツェのピッティ宮殿近代美術館、リヴォルノの市立ジョヴァンニ・ファットーリ美術館などの作品63点でたどります。

日本で「マッキアイオーリ」展が開かれるのは、1979年春に伊勢丹美術館で開催されて以来、実に30年ぶりとのこと。しかも今回総監修を担当する、フィレンツェ在住でマッキアイオーリ研究の第一人者である美術史家フランチェスカ・ディーニ氏のお父様は、その30年前の展覧会で監修を担当されたピエロ・ディーニ氏であったという因縁も。 

ここで、マッキア派(マッキアイオーリ)の絵画について、伺ったお話を元に少し補足してみたい。

マッキアをイタリア語の辞書で調べると、”染み”、”斑点”、”ぶち”などと載っている。「大胆な斑点(マッキア)を用いた画法」と言われれば私などは点描を思い浮かべてしまうが、正しくはマッキア派の画家たちによって1860年初めに編み出された、色の領域(ブロック)ごとに素早く対象の明暗を捉える技法のこと。ルネッサンス時は下絵を描く際の手法として使われていたが、マッキア派はそれを活用して絵を完成させた。

そう聞けば、油彩画の習作などに見られる、対象の色彩や明暗を大まかにブロックで捉えて素早く絵の具を置いていく画面が思い浮かぶ。外光表現などを即行的に捉えつつ、パリの印象派の作品とは異なって対象物の輪郭を失わないマッキアイオーリの画家たちの画面は、このような技を駆使しているからこそなのかもしれない。

尚、本来マッキアとは子供が誤って作るような染み、斑点を意味し、マッキアイオーリは1862年に批評家が冗談半分に作った新造語であるが、画家たちはそれを受け入れて自らそう名乗るようになった。

更にお話を伺っているうちに、マッキアイオーリの画家たちの活動とその意義を考える際、大きな三つのポイントが頭の中で整理されてきた。

一つはリソルジメント(イタリア統一運動)の時代という社会的背景の特殊性。マッキアイオーリが関わる部分を中心にざっと要約を試みると、リソルジメントとは19世紀にイタリアで起こった、イタリア統一を目指した社会運動。時期については諸説あるようだが、1815年のウィーン会議から始まり、幾多の戦争を経る中1861年にはイタリア王国が建国され、1866年にヴェネツィア、1870年にローマ教皇領も加わり、半島の一応の統一を見る。1870年にローマに遷都するまで、1865年から5年間はフィレンツェが首都であった。

ここで触れなければならないのは、カフェ・ミケランジェロ(当時はジョロと発音)。祖国統一を夢見る熱心な愛国精神で結ばれた、マッキアイオーリら進歩的な若い芸術家たちが1855年頃からフィレンツェにあるこのカフェに集まるようになった。本展には、このカフェに集うマッキアイオーリ達が描かれたアドリアーノ・チェチョーニによる水彩画が展示されるが、それぞれ人物に番号が振ってあり、欄外に名前が記載されているとのこと。ジョヴァンニ・ファットーリシルヴェストロ・レーガテレマコ・シニョリーニの3人の画家がその代表的なメンバーであるが、今回は彼らを中心に14名の作品が揃う。尚、このカフェが1906年に閉鎖された際には、埋葬の儀式が執り行われたという。

ジョヴァンニ・ファットーリ 『29歳の自画像』 (1854年) ピッティ宮殿近代美術館



このライオンのように立ち上げた髪型は、ファットーニがわざとやっていたそうだ。パンク・ロッカーのモヒカンのごとき反骨精神の現れ?

ジョヴァンニ・ファットーリ 『歩哨』 (1872年) 個人蔵



ファットーリは歴史小説を読むのが好きで、『ラングサイドの戦いにおけるメアリ・スチュアート』(1861年)は彼の好きなウォルター・スコットの小説が元になったアカデミックな絵画。これが『歩哨』では、今画家の眼の前で起こっている現実のリソルジメントの兵士たちの情景に。乾燥した大気の中、白い壁に映る色濃い影―。 

二つ目はアカデミック絵画からの脱却。当時アカデミーの美術教育が行き詰まっており、旧来の教育法に対する不満を持ち、宗教画、神話画中心のアカデミック絵画に見向きもしなくなった若い芸術家たちの関心は、同時代に起こっていることを主題に絵を描くことや、野外における光をどう表わすかというリアリズム表現であった。折しも1855年にパリ万博があり、そこでバルビゾン派の絵画を観たセラフィーノ・デ・ティヴォリらマッキアイオーリの画家たちがイタリアに戻り、その動向を伝えた。イギリスのターナーの風景画作品なども影響を及ぼしたという。

テレマコ・シニョリーニ 『セッティニャーノの菜園』 個人像



テレマコ・シニョリーニ 『リオマッジョーレの屋並』(1892-94年頃) ピッティ宮殿近代美術館



シニョリーニは自然主義に惹かれた画家。

シルヴェストロ・レーガ 『母親』 (1884年) フォルリ貯蓄財団



レーガは内省的な家庭や自然を多く描いた。この作品では、小さな娘は母親のドレスの上に乗って立ち、その姿に母親は優しい視線を送る。レーガはまた、リソルジメントの英雄、赤シャツ隊を率いたジュゼッペ・ガリバルディの赤シャツ姿の肖像も描いている。

三つ目は、トスカーナ賛歌。時代を切り取ることと並んで、トスカーナの田園もマッキアイオーリが愛して止まなかった主題。そしてマッキアイオーリの風景画に大きな役割を果たしたのが、批評家にしてコレクターでもあるディエゴ・マルティッリ。リヴォルノに所有するカスティリオンチェッロの広大な土地を芸術家たちに開放した。また、フィレンツェ近くの湿った美しい田園風景が広がるピアジュンティーナもマッキ派が好んで通った場所。

ジョヴァンニ・ファットーリ 『トスカーナ地方マレンマ』 (1880年頃)  ピッティ宮殿近代美術館

 

マレンマはかつて湿地だったが、根気強く干拓され、今ではトスカーナの台所に。しかし19世紀の中頃にはマレンマの貧しい農村生活がそこにはあり、貧しさから抜け出そうと必死に働く農民の姿があった。北米、ブラジル、アルゼンチンなどへ移民する農民も多数あった時代。 

オドアルド・ボッラーニ 『高地』 (1861年) ピッティ宮殿近代美術館

  

ファットーニの風景画同様、横長の画面。都市の華やかさではなく、田舎の生活を好んで描いたマッキアイオーリの画家たちは、パノラミックな風景に適した横に長いキャンバスや板をしばしば使った。

ところで、本展のタイトルは、英語表記では「The Macchiaioli, Italian Masters of Realism (伊語ではI Macchiaioli Maestri Italiani Del Realismo)」となっている。確かにマッキア派はバルビゾン派と印象派の中間に興り、その外光表現においてはパリの印象派に先駆けた動きと位置づけることができる。しかし、リソルジメントを背景に芸術と政治の活動が刺激し合い、「現代社会を率直に見詰め抜く」リアリズムから生まれた時事性もマッキアイオーリの大きな側面。なぜ日本語では「イタリアの印象派」?

私も疑問に思っていたところ、講演後の質疑応答でこの点が質問に挙がった。会見の冒頭で、塩田氏の「今まで日本における西洋画の展覧会は印象派主体であったが、去年のハンマースホイ展の成功に見る通り、日本の鑑賞者も成熟している」というコメントが聞かれたあとだけに。

さて、美術館側の回答によると、実際今回のタイトルのネーミングについては議論となったそうだ。結局のところ、やはりリアリズムと印象派では、印象派の方が一般的にわかりやすいということで落ち着いた模様。ふくやま美術館のチラシに使われているシルヴェストロ・レーガの『庭園での散歩』も、印象派っぽい作風の作品である。私見であるが、これは正解です。なぜなら「リアリズム」にも観点によって多様性があるし(日本ではまだまだ「写実主義」と同意語に近いのでは?)、聞きなれない「マッキアイオーリ」という言葉で敬遠されるには、この展覧会はあまりにも勿体ないから。

実のところ、「マッキアイオーリ」はトスカーナ周辺に限られたローカルな動きに過ぎず、統一運動が起こっていたとはいえ、なお地方主義の残る当時のイタリア全土にすら広まったわけではなかったとのこと。しかし現在においては19世紀イタリア絵画のもっとも重要な現象であったと考えられ、近年イタリア国内でも展覧会が続き、国際的な評価も高まってきているという。

お恥ずかしながら私も今回初めて知った「マッキアイオーリ」(最初は画家の名前かと思った)。ピッティ宮殿に近代美術館があると言われても、フィレンツェは何と言ってもルネッサンスの街であるからして、近代美術にまでなかなか気が回らない。そんなていたらくの私には、今回スライドに映し出される作品の数々はまさに魅惑の世界だった。ああ、また未知の油彩画の素晴らしい作品にたくさん出会えそうだ、と。

フランチェスコ・ジョーリ 『水運びの娘』 (1891年)フィレンツェ貯蓄財団



いかがでしょう、この叙情性。早く本物をこの目で観たい。

東京開催は来年の1月、とやや先であるが、もし10月、11月の会期中に広島に行くご予定の方がいらしたら、是非是非ふくやま美術館に足をお運び下さい。今一度展覧会スケジュールを書いておきます:

広島-ふくやま美術館 2009年10月3日-11月29日
東京-東京都庭園美術館 2010年1月16日-3月14日

尚、ふくやま美術館では関連イベントとしてディーニ氏の講演会が下記の通り予定されている。東京でもあるのかしら?

●記念講演会
「マッキアイオーリ:1861-69年、ヨーロッパの革新的芸術運動」
フランチェスカ・ディーニ(本展総監修者・美術史家)
10月3日(土) 午後2時~(12時開場)
美術館ホール(通訳付 先着150名 聴講無料)

最後に、「日本におけるイタリア2009・秋」の近々のイベントの一つとして「未来派の夕べ」というイベントが9月19日(土)15:00にイタリア文化会館にて開催。リーディング・ダンス・パフォーマンスだそうです。入場無料ですが、事前申込制だそうですので、ご興味のある方はどうぞ。

入場無料 E-mail で申し込み受付
申し込み宛先::件名を「未来派申込」として、希望者の住所、氏名、電話番号を明記の上、eventi.iictokyo@esteri.it まで。
会場:イタリア文化会館 B2 アニェッリホール
主催:イタリア文化会館、ミラノ市
お問い合わせ イタリア文化会館:☎03-3264-6011


FAN DAY 2009 (@国立西洋美術館)

2009-07-31 | アートその他
国立西洋美術館 2009年7月11日-12日



もう大分日が経ってしまったが、一応書き留めておこう。

暑さの厳しい週末の午後遅く、西洋の版画作品でも観て涼もうかと向かった国立西洋美術館。敷地内に足を踏み込むと、館外では何やら野外コンサートの最中で人だかりができており、館内もやけに人が多くざわざわと賑わっている。観覧無料の日にしてもどこか様子が違うし、なにごとだろう?

あ、そうか!前にチラシだけはもらっていた。西美の『FAN DAY 2009』という催しは今週末だったのだ。ギャラリー・トーク、館内建築ツアー、版画の技法のデモンストレーション、前庭コンサート(「地獄の門」の前でのコンサート、と説明にあり、ちょっと笑ってしまった)など、イベントが盛りだくさんで、なかなか盛況の様子。

この日は常設展のみならず、「ル・コルビュジェと国立西洋美術館」展(8月30日まで)と「かたちは、うつる」展(8月16日まで)も、420円ながら無料であった。私はいかんせん時間がなかったので、「かたちは、うつる」展へ直行。感想はその1その2と2回に分けて書いたので、よろしかったらご覧ください。

さて、入口で頂いたものの中に、世界遺産登録に向けて盛り上がっている西洋美術館の建物の模型を作る、ペーパークラフト・キットが入っていた。



私は子供の頃から自他共に認める手先が不器用な人間で、学校の美術の授業では、絵はともかく工作の類は大の苦手だった。小学生のときに粘土で顔を造る宿題が出た時、あろうことか私は、家にあった群馬県の高崎名物「だるま弁当」のふた、要するにだるまさんの顔の型に粘土を押し込め(これがドンピシャの量だった)、そのまま提出したつわもの。今思えば、いくらやる気がなかったからと言って、我ながらよくそんな暴挙に走れたものだと思うが。。。

と、お恥ずかしい話をしたところで、そんな私が、なぜかその西美の模型を作ってみたくなった。カッターと糊を用意し、黙々と作業開始。紙が思いのほか厚みがあり、部品および各部分の糊しろが小さいのでうまく貼りつかず、ちょっとだけ難儀したが、ちゃんと作れた。自慢にもならないが。




レオナルドのライオン

2009-07-04 | アートその他
7月4日付のイギリスの「The Independent」紙のオンライン・ニュースに、レオナルド・ダ・ヴィンチが考案した機械仕掛けのライオンが500年の時を経て再現され、フランスのクロ・リュセ城でこの夏公開されるとのニュースが載っていた。

ご存知の通り、フランス国王フランソワ1世に招かれ、レオナルドが人生最後の3年間を送ったのが、フランスのアンボワーズにあるクロ・リュセ城(Château du Clos Lucé)。レオナルドゆかりの場所として観光客もたくさん訪れるのだろうな、などと思いながら記事を読み進んで驚いた。なんとお城は現在レオナルド・ダ・ヴィンチ・パークになっていて、今後はレオナルドのみならず、シェークスピアやマキアヴェッリなど他のルネッサンス期の文化人たちの展示も加えたテーマ・パークにしていく予定だそうである。

確かに昨今は貴族の生活も厳しく、城を手放したり、館の中を有料で公開したり、中にはイングランドのロングリートのように敷地をサファリ・パークにしてしまった例もある。そこまで無茶ではないにせよ、この城の寝室で、死の床にあるレオナルドを抱き寄せるフランソワ1世の姿を描いたアングルの『レオナルドの死』のイメージをそのままに感じることなどもはや無理なのだろうか。実際行ったことがないので、悪い方に想像してしまっているのかもしれないが。

いずれにせよ、そのクロ・リュセ城にて「レオナルドとフランス」展が今週から来年の1月31日まで開催され、冒頭のライオンも目玉の一つとして出展されるらしい。ちなみにヴェネツィアのアカデミア美術館から今まで門外不出だった、レオナルドがこの城で描いたスケッチ4点も、この展覧会のために貸し出されるそうだ。

この際だから、ライオンについても触れておく。レオナルドは少なくとも3体のライオンを設計しているらしく(フランソワ1世の先王ルイ12世に献上された1体目は歩けなかったが、フランソワ1世に捧げられた2体目は歩いたり頭を動かしたりできた可能性があるらしい)、今回はレオナルドがフランスに移った後の1517年に設計した3体目のライオンの稿本を元にイタリア人の自動装置デザイナー、レナート・ボアレット氏が初めて再現化したもの。体長180cm以上、体高120cm以上と本物のライオンの大きさに近く、歩くのみならず頭を動かし、尻尾を振り、口を開けて牙を見せる仕掛けになっているという。

しかし、レオナルドのライオンの設計に関して残っている稿本は基礎的な部分ばかりで、肝心の動作させる仕掛けの設計については何も残っておらず、ボアレット氏は時計のメカニズムなどレオナルドが残した他の考案品の設計図などを見ながら研究。レオナルドならこうしただろうという氏の見解の元、今回のライオンが出来上がったらしい。そもそもライオンは、このお城の”プレジデント”であるフランソワ・セ・ブリ(François Saint Bris)氏が注文制作したもので、氏はレオナルドのことを「16世紀のジョージ・ルーカス」などと表現している。

ライオンの写真が載っていたので、リンクを貼っておく。なんだか外見はチープな感じがしないでもないが、実際のレオナルドのライオンはどのように仕上がっていたのだろう。何かの動物の毛皮とかを貼りつけたのだろうか。中の仕掛けのみならず、気になるところである。

写真では見えないが、ライオンの体の右側に設置されている大きなクランク(鉛筆削りの取っ手のような、回転軸の端につけられた柄、あるいは往復運動を回転運動に変える装置)を巻き上げることによって動くらしい。展覧会を観に来た入場者がリクエストする度にクロ・リュセ城の雑用係が呼ばれ、柄を回してくれるそうだ。一度完全に巻き上げれば、ライオンは10歩ほど歩き、先ほども書いた通り尻尾を振り、首を動かして牙を見せてくれる、らしい。果たしてどれほど集客があるのやら。