l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

小谷元彦展:幽体の知覚

2011-01-10 | アート鑑賞
森美術館 2010年10月27日(土)-2011年2月27日(日)



小谷元彦(おだにもとひこ 1972-)の作品と言えば、何年か前に雑誌で観た、古代魚の骨格とかちょっとタツノオトシゴの尻尾の形状を思わせる真っ白な立体作品『SP2 “New Born” (Viper A)』(チラシの右側に一部が載っています)がとても印象的で、いつか実物を観たいなぁ、と思っていた。

でも実際観たことがあるのは、2009年のネオテニー展に出ていた、口を開けて双頭の鷲のごとく左右に吠えかかる2匹の頭部も生々しい狼の毛皮の下にヒールを履いた女性の足がのぞく『ヒューマンレッスン(ドレス01)』と、手の平を真っ赤に染めて横たわる美少女の写真連作作品『ファントム・リム』の2点だけ。後者はちょっと胸がさわさわしたが、前者はお手上げで(スミマセン)、自分の心に残る『SP2 “New Born” (Viper A)』との脈絡もわからず、要するに私はこの現代美術家を全く知らないに等しかった。

よって、どうやら現時点における彼の作品の集大成らしいこの個展は、私にはこの作家を知るにはもってこいの機会。

では順を追って感想を残しておきたいと思います。

会場に足を踏み入れるや真っ白な空間に投げ出され、自分の立ち位置が覚束なくなるような、一瞬麻痺したような感覚に襲われる。壁には展覧会名「幽体の知覚」の説明。「実体のない存在や形にできない現象、すなわち「幽体」(ファントム)をとらえ、その視覚化を試みてきた」とある。ふむ。

『ファントム・リム』の女の子に出迎えられ中に進むと、髪の毛で編まれたドレス『ダブル・エッジド・オブ・ソウル(ドレス02)』や、小鹿の剥製の四肢に金属製の補助具を取りつけた『エレクトロ(バンビ)』、実際に昔ヴァイオリニストの指を開くために使われたという、見るからに痛そうな『フィンガー・シュパンナー』、そしてあの狼、『ヒューマンレッスン(ドレス01)』と、私の苦手な分野の作品が並ぶ。

確か入口に、木、金属、樹脂、剥製、毛髪など様々な素材によって、痛み、知覚現象、欲求、恐れ、生死を表現するというような解説があったが、このあたりの作品は文字通り、観た目に「痛い」感覚に襲われる。

この痛みはどこまで続くのかと歩を進めると、向うの部屋で大きな何かがゆっくり回っている。

『ダイイング・スレイブ:ステラ』。まるで鍾乳洞のような複雑な表面を持つ巨大な白い頭骸骨が串刺しになって、ローストチキンのごとくゆっくり回転している。ミケランジェロの『瀕死の奴隷』との関わりも言及されていたが、人間は死に向かって生きる奴隷であるという言葉には何となく共鳴。

まるで重力だけで作られた彫刻のよう、と解説にあった『スケルトン』は、重力の法則に抗えないことを表現した柱形の作品。見上げると、表面は下に向かって下がる鋭利なつららのようなものに覆われている。これにも更に共鳴。年取るごとに、本当に顔も体も肉が下がってくるのだ(ん?)。

ところで会場の奥の方から、ずっとゴォーッという音がしていて、一体どんな作品に使われているのだろうと気になっていたのだが、とうとうその仕掛けのまん前に。『インフェルノ』。八角形の小屋が目の前に現れて、映像作品のように表面を物凄い勢いで滝が流れている。その流れは速くなったり緩んだりしながら、轟音と共に流れ続ける。粘土のように時間を扱う「映像彫刻」という解説に、なるほどね、と暫く眺めていると、実は中に入れるインスタレーション作品。

私もそそくさと靴を脱いで中に入ったが、想像以上の面白さ。天井と床が鏡張りになっていて、周囲に滝が流れる中、上を見上げると体が上昇していき、下を見ると下方に引き込まれていくような感覚に襲われる。視覚の錯覚を利用しただけなのだが、音の迫力もあり、まるで私はブログの新年のご挨拶に載せたウサギ状態。

しかし実はここからが良かった。やっとあの『SP2 “New Born” (Viper A)』にご対面。SPとはSculpture Projectの略で、“New Born”シリーズとは、「運動を彫刻の中に取り組む作品群」のことだそうです。ここにきて、そのプロジェクト名の通り、いわゆる彫刻風作品の登場。

暗い部屋に間隔をもって並べられたケースの中に白く浮かび上がる、複雑な形態をした作品の数々。発光するような純白ではなくアイボリーのような色調のせいか、あたかも博物館の骨の標本室のようでもあるけれど、個々の作品の造形美には深淵さも漂う。空を駆け巡るドラゴンのようにうねっているもの。複雑に絡み合うロープのようなもの。細部の繊細さと全体のバランスが見事。この展示室の入口の壁に嵌め込まれるように展示してあった円形の作品は聖堂のバラ窓を想起させ、床に映る影がまた幻想的だった。

アルミで鋳造した細い釘状のものを無数ボードに打ちつけた『SP1 “Beginning”』シリーズの3点も印象に残った。胎児の産毛や皮膚の表面性がテーマとのことだが、とりわけ珍しい造形法ではないのにやはりそのさざめくように波打つ表面の肌合いが絶妙で、コンポジションの確かさとでもいうのでしょうか、やはり造形のセンスを感じました。

ここで一旦趣向を変え、映像作品『ロンパース』と、作家が映画『悪魔のいけにえ』に登場する殺人鬼に扮して、電気ノコギリで狂ったように木を切り刻むパフォーマンスをする『SP extra レザーフェイス イズ スカルプター』が登場。後者については、緻密な作品ばかり作っているとたまにはこういう遊びもしたくなるのかな、などと思ったけれど、横に展示してあった血糊のついた布やマスクなどは、案外楽しみながら作ったのじゃないかと。

次の部屋は『SP4 the specter』シリーズ。『SP モトヒコ・オダニ イズ スカルプター』に戻ります(?)。

『SP4 ザ・スペクター ―全ての人の脳内で徘徊するもの』



この『Specter』シリーズは、仏像しかなかった日本に西洋彫刻が入ってきたために歪みが生じた日本の近代彫刻に対する、作家の懐疑的な姿勢を表現した作品群であるらしい。部屋には木彫風の大きな立体作品が並んでいるが、画像にあげた『SP4 ザ・スペクター ―全ての人の脳内で徘徊するもの』は馬も騎手も筋肉組織が見えている。私にはデューラーの黙示録を想起させた。



最後の部屋はまた白い作品群、、『Hollow』シリーズ。ユニコーンに跨る少女、幽体離脱のように向かい合って浮遊する少女たち、天井から下がるユリの花など、四方から作品が押し寄せてくる。作品の表面を覆うチリチリしたものは、まるで神経細胞が視覚化されて表出しているよう。

ざっと観てきましたが、個人的にはやはり洗練された造形性が美しい『SP2 ニューボーン』シリーズと『ホロウ』シリーズが好きでした。解説も明瞭で分かりやすく、鑑賞の助けになったと思います。

本展は2月27日(日)まで。お勧めします。


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2 コメント

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今年もよろしくお願いいたします。 (一村雨)
2011-01-13 05:32:22
インフェルノ、昔々、遊園地のビックリハウスに入った頃をふと思い出しました。
小谷さんって、名前に記憶は無かったのですが、ネオトニーの展覧会の狼のドレスで思い出しました。あの時はただのデザインの面白さで見ていたのですが、痛みを感じさせようとする意図は今回の展覧会ではじめて知りました。
この展覧会、私のツボにぴったりとはまりました。
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こちらこそどうぞよろしくお願いいたします! (YC)
2011-01-15 15:17:13
☆一村雨さん

去年の元旦に同じく森美術館で観た『医学と芸術展』の記憶があったので、
新年早々この展覧会は強烈すぎるかなぁ、とちょっと躊躇したのですが、
観終わった頃には気分がとても高揚していました。美しかったです。

こちらこそ、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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