2009年12月5日(土)-2010年2月7日(日) 三井記念館美術館
*会期終了
公式サイトはこちら
昨夏Bunkamuraで開催された「だまし絵展」にて、柴田是真(しばたぜしん)の『滝鯉登図』を観ているのだが、その時は作者の凄さを全く理解していなかった。本展も例によって会期最終盤に駆け込んだが、行かなかったら一生後悔したことだろう。何せここで怒涛のごとく次から次に現れて心を奪う素晴らしい作品の7割は、アメリカ人コレクター、エドソンご夫妻の所蔵品の初の里帰りのお披露目であって、普通に考えて「次回」があるかどうかわからないのだから。
ちなみに本展は以下の通り京都と富山を巡回するので、東京展を見逃した方もまだチャンスはなきにしもあらず。しかもご当地限定の出品もあるので、もしご都合が合うようであれば是非!
京都展
相国寺承天閣美術館 2010年4月3日(土)-6月6日(日)
富山展
富山県水墨美術館 2010年6月25日(金)-8月22日(日)
柴田是真(1807-1891)については、是非公式サイトをご覧ください。大雑把に言うと、是真は幕末・明治期に活躍した漆芸家にて絵師。本展では、漆芸の超絶技法を駆使した漆工作品と、和紙に漆を用いて描く漆絵が見どころであります。その孤高の技術に酔いしれ、時にまんまと騙され。。。
いくら画像を取り込んだところで余りその魅力をお伝えできないかもしれないが、記録として自分が印象に残った作品を挙げておこうと思います(作品が絞り切れなくて、ずい分頑張ってしまった):
『竹葉文箱』
一目ぼれ。柔らかい丸みを持った蓋の表面に走る、清々と流れる木目の縦筋が滝の流れのようにも見え、その上に描かれた竹の葉の間合いが何とも絶妙(あたかも竹の葉越しに滝を眺めているような)。観ているだけで心が洗われるような心持にもなり、またそっと触ってみたい衝動にかられ、しばし動けず。
『柳に水車文重箱』
この世にこんな美しいものがあったのかと息を飲む。漆の変塗(かわりぬり)の技巧の一つである青海波塗(せいがいはぬり)で表された波を挟んで、春と秋の風情が盛り込まれた5段の重箱。この作品が収められたケースの周りを、ぐるぐると何周したことだろう。柔らかく下がる柳の若葉、うっすらと紅葉した葉。願わくば、自然光の中で愛でてみたいなぁ。
『砂張塗盆』
縁の不規則な歪み。ちょっぴり錆びた風情を持つ面の凹み。それを反射する光。どう見ても金属にしか見えないが、これが是真の「だまし漆器」。茶道でお菓子を乗せるのに使う盆で、「暗い茶室で盆が回ってきたときにその軽さに驚くという筋書き」との解説があったが、こうしてケースに入って展示されていても、観れば観るほど金属です。他に『瀬戸の意茶入』という、どう見ても瀬戸物の壺にしか見えない作品も出てくる。何だか、是真のお茶目な魂が展示室に漂っていて、そのだましのテクニックに驚嘆する我々鑑賞者をニコニコ見守っていそうな気がした。
『波に千鳥各盆』
画像では真っ黒にしか見えないかもしれないけれど、ゾクゾクした一品。屈んで見上げると銀色に波頭が隆々と立ちあがり、小さな白い千鳥たちが舞いあがる。緩急をつけた青海波塗による波の表現に、感嘆のため息。
『蛇籠に千鳥角盆』
千鳥のアップ
千鳥のフォルムが何とも言えず好きでした。
『流水蝙蝠角盆』
一瞬、花柄の蝙蝠かと思ったら、黒い蝙蝠のボディに描かれているのは片喰(かたばみ)の葉だそうです。いずれにせよ、羽を広げた真っ黒な蝙蝠のシルエットにこの装飾のセンス、ポップでよろしいのではないでしょうか。
『沢瀉と片喰図印籠』
右が表、左が裏
表も裏も、すっきりしたデザインがとても素敵。表に描かれる、細長く尖った葉は沢瀉(おもだか)と言って、水田の脇などに生える多年草だそうだ。多分見たことはあるのだと思うが、今度機会があったらじっくり観察してみたい。
『稲穂に薬缶角盆』
部分
朱色の薬缶が大きく描かれた大胆な構図。本体底部や、注ぎ口などの部品の接合部分には、ぼかした陰影で影が作られ、絵画的。薬缶の上に置かれた稲穂の黄金色の房は蒔絵で施され、取っ手の部分に目を凝らすと、背景の黒に溶け込むようにキリギリスが止まっているのがニクイ。
『烏鷺蒔絵菓子器』
その変わった形状もおもしろいが、遠目に黒と金の装飾模様に見えたものが実は烏と鷺の群れ飛ぶ姿であることに気づく瞬間が楽しい。真黒に見える烏も、顔を近づけて見るとちゃんと羽や尾にも線が入れられ、姿態も様々。少しもくどくないのは、バランスの妙。
『蔓草小禽図戸袋』
唐突に三つの房の先端だけ姿を見せる1枚目。枝は2枚目の画面で下に消え、3枚目でまた姿を現す。そして4枚目には枝のか細い先端と鳥。構図に遊び心があっていいなぁ、と思いつつ、この赤い実は何だろう?と。こんな戸袋がある部屋にいたら、日がな眺めていそうだ。
『瀑布に鷹図』
こちらが全体図
一対の作品だが、始めに右幅にうっすらと浮かび上がる鳥の顔を観て亡霊?と思ってしまった。実は左幅に描かれている鷹の親子の、親鳥の顔が滝の水面に写っている図だそうだ。何から着想を得たのだろう。おもしろいね、是真って。
『盆花に蝶図漆絵』
図録の用語解説によると、色漆の色数は、天然の鉱物性顔料を練り込んだものとしては赤・黄・緑・黒・褐色の5色しかないそうだ。そんな制約を感じさせない画面である以上に、よく漆でこんな瑞々しい花弁が、と思う。以前、「美の巨人たち」で漆絵のデモンストレーションを見たが、漆は粘り気があって上手く伸びず、薄い和紙に描くのは至難の業。そもそも木の上に滑らかに塗り重ねることだって大変な修行がいるそうなのに。是真ってすごいな、と心から思う。
『霊芝に蝙蝠図漆絵』
霊芝も吉祥のモティーフだそうで、繊細な蝙蝠の表現と対照的な、こってりした存在感を放っている。褐色の諧調も独特。表具は弟子の手によるものだそうだが、塗りが何だか弱々しい印象を受けたのは私だけかしら?
『宝貝尽図漆絵』
漆絵で描かれた貝の上に、青貝などが砕かれて貼り付けられている。角度を変えて観ると、貝の模様の中に青い光がキラキラ。
この他、動植物などを描いた漆絵の画帖も何点か展示されていたが、油絵とは異なる漆のマット感、角度によって鈍く放たれる反射光など、観ていて目に楽しかった。それにしても、このように自由自在に漆を操れるようになるまでの是真の努力を改めて思う。
『花瓶梅図漆絵』 (1881)
アップ
「美の巨人たち」で取り上げられていた一品。変塗の一つ、紫檀塗で紫檀の材質を見事に再現した漆絵。84.5x40.4cmあるのに、重さは450gほどと発砲スチロール製のボードくらいしかないという。でもいくらアップで見ても木ですから!
最後にチケット。その頑張りにニッコリしてしまう。単眼鏡を持った人もそうでない人も、つま先立ってみたり、屈んだり、首を左右に動かしたり(ケースにおでこをぶつけたり)と忙しい展覧会であったことを、後々になっても思い出させてくれそう。
余談:帰りの電車内に貼られていた缶コーヒーのROOTSの宣伝広告。画面に流れる褐色の液体が、どうしても是真の漆絵とイメージが重なり。。。
*会期終了
公式サイトはこちら
昨夏Bunkamuraで開催された「だまし絵展」にて、柴田是真(しばたぜしん)の『滝鯉登図』を観ているのだが、その時は作者の凄さを全く理解していなかった。本展も例によって会期最終盤に駆け込んだが、行かなかったら一生後悔したことだろう。何せここで怒涛のごとく次から次に現れて心を奪う素晴らしい作品の7割は、アメリカ人コレクター、エドソンご夫妻の所蔵品の初の里帰りのお披露目であって、普通に考えて「次回」があるかどうかわからないのだから。
ちなみに本展は以下の通り京都と富山を巡回するので、東京展を見逃した方もまだチャンスはなきにしもあらず。しかもご当地限定の出品もあるので、もしご都合が合うようであれば是非!
京都展
相国寺承天閣美術館 2010年4月3日(土)-6月6日(日)
富山展
富山県水墨美術館 2010年6月25日(金)-8月22日(日)
柴田是真(1807-1891)については、是非公式サイトをご覧ください。大雑把に言うと、是真は幕末・明治期に活躍した漆芸家にて絵師。本展では、漆芸の超絶技法を駆使した漆工作品と、和紙に漆を用いて描く漆絵が見どころであります。その孤高の技術に酔いしれ、時にまんまと騙され。。。
いくら画像を取り込んだところで余りその魅力をお伝えできないかもしれないが、記録として自分が印象に残った作品を挙げておこうと思います(作品が絞り切れなくて、ずい分頑張ってしまった):
『竹葉文箱』
一目ぼれ。柔らかい丸みを持った蓋の表面に走る、清々と流れる木目の縦筋が滝の流れのようにも見え、その上に描かれた竹の葉の間合いが何とも絶妙(あたかも竹の葉越しに滝を眺めているような)。観ているだけで心が洗われるような心持にもなり、またそっと触ってみたい衝動にかられ、しばし動けず。
『柳に水車文重箱』
この世にこんな美しいものがあったのかと息を飲む。漆の変塗(かわりぬり)の技巧の一つである青海波塗(せいがいはぬり)で表された波を挟んで、春と秋の風情が盛り込まれた5段の重箱。この作品が収められたケースの周りを、ぐるぐると何周したことだろう。柔らかく下がる柳の若葉、うっすらと紅葉した葉。願わくば、自然光の中で愛でてみたいなぁ。
『砂張塗盆』
縁の不規則な歪み。ちょっぴり錆びた風情を持つ面の凹み。それを反射する光。どう見ても金属にしか見えないが、これが是真の「だまし漆器」。茶道でお菓子を乗せるのに使う盆で、「暗い茶室で盆が回ってきたときにその軽さに驚くという筋書き」との解説があったが、こうしてケースに入って展示されていても、観れば観るほど金属です。他に『瀬戸の意茶入』という、どう見ても瀬戸物の壺にしか見えない作品も出てくる。何だか、是真のお茶目な魂が展示室に漂っていて、そのだましのテクニックに驚嘆する我々鑑賞者をニコニコ見守っていそうな気がした。
『波に千鳥各盆』
画像では真っ黒にしか見えないかもしれないけれど、ゾクゾクした一品。屈んで見上げると銀色に波頭が隆々と立ちあがり、小さな白い千鳥たちが舞いあがる。緩急をつけた青海波塗による波の表現に、感嘆のため息。
『蛇籠に千鳥角盆』
千鳥のアップ
千鳥のフォルムが何とも言えず好きでした。
『流水蝙蝠角盆』
一瞬、花柄の蝙蝠かと思ったら、黒い蝙蝠のボディに描かれているのは片喰(かたばみ)の葉だそうです。いずれにせよ、羽を広げた真っ黒な蝙蝠のシルエットにこの装飾のセンス、ポップでよろしいのではないでしょうか。
『沢瀉と片喰図印籠』
右が表、左が裏
表も裏も、すっきりしたデザインがとても素敵。表に描かれる、細長く尖った葉は沢瀉(おもだか)と言って、水田の脇などに生える多年草だそうだ。多分見たことはあるのだと思うが、今度機会があったらじっくり観察してみたい。
『稲穂に薬缶角盆』
部分
朱色の薬缶が大きく描かれた大胆な構図。本体底部や、注ぎ口などの部品の接合部分には、ぼかした陰影で影が作られ、絵画的。薬缶の上に置かれた稲穂の黄金色の房は蒔絵で施され、取っ手の部分に目を凝らすと、背景の黒に溶け込むようにキリギリスが止まっているのがニクイ。
『烏鷺蒔絵菓子器』
その変わった形状もおもしろいが、遠目に黒と金の装飾模様に見えたものが実は烏と鷺の群れ飛ぶ姿であることに気づく瞬間が楽しい。真黒に見える烏も、顔を近づけて見るとちゃんと羽や尾にも線が入れられ、姿態も様々。少しもくどくないのは、バランスの妙。
『蔓草小禽図戸袋』
唐突に三つの房の先端だけ姿を見せる1枚目。枝は2枚目の画面で下に消え、3枚目でまた姿を現す。そして4枚目には枝のか細い先端と鳥。構図に遊び心があっていいなぁ、と思いつつ、この赤い実は何だろう?と。こんな戸袋がある部屋にいたら、日がな眺めていそうだ。
『瀑布に鷹図』
こちらが全体図
一対の作品だが、始めに右幅にうっすらと浮かび上がる鳥の顔を観て亡霊?と思ってしまった。実は左幅に描かれている鷹の親子の、親鳥の顔が滝の水面に写っている図だそうだ。何から着想を得たのだろう。おもしろいね、是真って。
『盆花に蝶図漆絵』
図録の用語解説によると、色漆の色数は、天然の鉱物性顔料を練り込んだものとしては赤・黄・緑・黒・褐色の5色しかないそうだ。そんな制約を感じさせない画面である以上に、よく漆でこんな瑞々しい花弁が、と思う。以前、「美の巨人たち」で漆絵のデモンストレーションを見たが、漆は粘り気があって上手く伸びず、薄い和紙に描くのは至難の業。そもそも木の上に滑らかに塗り重ねることだって大変な修行がいるそうなのに。是真ってすごいな、と心から思う。
『霊芝に蝙蝠図漆絵』
霊芝も吉祥のモティーフだそうで、繊細な蝙蝠の表現と対照的な、こってりした存在感を放っている。褐色の諧調も独特。表具は弟子の手によるものだそうだが、塗りが何だか弱々しい印象を受けたのは私だけかしら?
『宝貝尽図漆絵』
漆絵で描かれた貝の上に、青貝などが砕かれて貼り付けられている。角度を変えて観ると、貝の模様の中に青い光がキラキラ。
この他、動植物などを描いた漆絵の画帖も何点か展示されていたが、油絵とは異なる漆のマット感、角度によって鈍く放たれる反射光など、観ていて目に楽しかった。それにしても、このように自由自在に漆を操れるようになるまでの是真の努力を改めて思う。
『花瓶梅図漆絵』 (1881)
アップ
「美の巨人たち」で取り上げられていた一品。変塗の一つ、紫檀塗で紫檀の材質を見事に再現した漆絵。84.5x40.4cmあるのに、重さは450gほどと発砲スチロール製のボードくらいしかないという。でもいくらアップで見ても木ですから!
最後にチケット。その頑張りにニッコリしてしまう。単眼鏡を持った人もそうでない人も、つま先立ってみたり、屈んだり、首を左右に動かしたり(ケースにおでこをぶつけたり)と忙しい展覧会であったことを、後々になっても思い出させてくれそう。
余談:帰りの電車内に貼られていた缶コーヒーのROOTSの宣伝広告。画面に流れる褐色の液体が、どうしても是真の漆絵とイメージが重なり。。。
さっぱり記憶がありませんでした。
私は漆絵の重苦しいようであり、美しくもある絵に惹かれました。
「だまし絵」展、私も是真の図録の解説で見て思い出した程度です。改めてあの展覧会の作品リストを見てみると是真の作品は2点出ており、この鯉の絵は2週間しか展示されていませんから、時期が合わずにご覧になってない方も多いかもしれません。
漆絵は他の技法にない、本当に独特な魅力を放っていましたね。
ヨーロッパ在住のYukoです。
いつも素晴らしい写真入りの美術展の記事を
拝見して、いつかはコメントをと思いながら、
これまでできずにおりましたこと、お許しください。
私は漆器がとても好きですが、柴田是真のことは、全く存じませんでしたので、YCさんの記事には感謝しております。公式サイトも拝見いたしました。柴田是真の作品は、目で見て美しいのはもちろん、独特の優れた美的センスや細部にわたる細やかな配慮が感じられますね。
ヨーロッパでは、日本の陶磁器の展覧会はたまにあっても、漆器はなかなか開かれないので、こうした展覧会の情報を拝見すると、日本が恋しくなりますね。今後も面白い美術展の記事を楽しみにしております!
お忙しい中、こんな拙いブログにご丁寧なコメントお寄せ頂き、本当に有難うございます。
確かに欧米の美術館の常設でも、日本のものは陶磁器主体ですよね。漆器は管理が難しいのでしょうか。
是真は本当に驚きでした。是非Yukoさんにもいつか実作品をご覧頂ける機会があればと思います。
こうして励ましのコメントを頂けると、ものすごく励みになります。のらりくらりとしたブログですが、これからもお暇な時にでものぞいて頂けたら嬉しいです!
里帰りされたときにでも、またいろいろお話を伺えるのを楽しみにしています。
今日、京都で見ました。
とても良かったです。満喫しました。
東京ではあまり話題にならなかったのですね。
ポスターのセンスの差が原因のような気がします。
はじめまして。コメントありがとうございます。
京都でしか観られない作品もありますし、雰囲気的にも
素敵でしょうね。余り混雑していると、作品の細部を
観るのがちょっと大変かもしれませんが…。
ポスターは私はちょっとよくわからないのですが、チケットは
なかなか良かったです。同じ展覧会でも、会場によって
チラシ、ポスター、チケットのデザインが異なるのが面白いですね。
今後ともよろしくお願い致します。
植物の名前をご丁寧にお教え下さり、ありがとうございます。
そうですか、是真作品がパリに!きっとどの国の人が観ても、あの超絶技巧には驚くのではないでしょうか。
日本文化と言えば漫画やアニメなどのサブカルチャーという昨今なので、伝統文化は逆に新鮮に映るかもしれませんね。