やおよろずの神々の棲む国でⅡ

〝世界に貢献する誇りある日本″の実現を願いつつ、生きること、ことば、子育て、政治・経済などについて考えつづけます。

【中学歴史教科書8社を比べる】511 29 日米関係 -76- ⅸ 大東亜(太平洋)戦争直前の状況 -16- <まとめと考察 4/nの2:日本の状況⑶>

2018年05月26日 | 中学歴史教科書8社を比べる(h28-令和2年度使用)

29 日米関係 -76- 

ⅸ 大東亜(太平洋)戦争直前の状況 1930~1941  -16-

※この10年ほどのできごとはすべて関連しているので、かなり長くなるがまとめて調べる。なお、その間の「日中・日朝関係」については調査・報告済なのでここでは省く。
 → <23 日中関係Ⅱ(WWⅠ~1945)313~> <17 日朝関係(戦前) 152181

■まとめと考察 4/nの1  日本の状況 ⑶ ~まとめ表再掲~



 

 大東亜(太平洋)戦争前の10年ほどは、まちがいなく「国家の非常時」「危機存亡のとき」だった。あまりにも 際立ったできごとばかり起きるので、各社、ほぼ同じような表現になっている。ただし…

 

■「大東亜(太平洋)戦争直前の日本国内の状況」の描き方

●当時の日本国全体の政治的特徴を表現するために「軍国主義」や「軍国主義的」という用語を使うのは、妥当ではない。 →△ 5社:東京書籍、帝国書院、教育出版、日本文教、学び舎。

ブリタニカ国際大百科事典の「軍国主義」の定義は、「①戦争を外交の主たる手段と考え、②軍事力を最優先させる考え方ないしイデオロギー」となっている。

<検討1>「①戦争を外交の主たる手段と考える。」の意味内容について 

「主たる」の意味には、《A:中心的な、もっとも頻度の高い》という一般的意味のほかに、《B:最終的な、決定的な、最も有効な》という意味も含まれている。

・Aの場合・・・「軍国主義国家」は、《外交問題を解決するために、積極的・優先的に戦争をしかけたり、戦争を多用する》という意味になる。

 関東軍の中枢はそう考えていたようだが、日本政府はそうではなかった。したがって、当時の日本が「軍国主義国家だった」とは簡単には言えない。

・B:最終的な、決定的な、最も有効な、とする場合・・・当時の有力国家はみんなこう考えていただろう。(中共のように、今でもそんな国はかなりある。)

 したがって、現在の日本国の中学生に教えるときには、(どうしても「軍国主義」という用語を使いたいのならば、)「日本も、他の有力な国々と同じように、軍国主義的な考えをもっていました。」と書くべきだろう。

 

<検討2>「②軍事力を最優先させる考え方ないしイデオロギー」

 上記の「Bの場合」と同じ。

 

 「軍国主義」というレッテル貼りは、「極東国際軍事裁判(東京裁判)」において、GHQおよび「共産主義国家:ソ連」が主導しておこなった悪質なプロパガンダ行為。もう克服しなければ、すでに始まっている「世界の覇権争い(新形態の第3次世界大戦?)」から」脱落するしかないだろう。(※その道もないでもないが、猛獣たちのなかでは危険すぎると思う。)

 

~次回、5/nの1 日米交渉

全リンク⇒1へ <29 日米関係  ⅸ 第二次世界大戦直前の状況 496497498499500501502503504505506507508509510511512513514515516517518519520521522523524525526527(ⅸ:完)>

《著者:松永正紀  教育評論家 /h22年度 唐津市・玄海町:小中学校校長会長》

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