タケ・タケ・エヴリバディ!

当ブログは「竹と生きる・竹を生かす」をメインテーマに、管理人の田舎暮らしの様子をお届けします。

続「人生は夏休み!」理論

2022年08月24日 | 徒然なるままに

自分の人生を「38日間の夏休み(7/25~8/31)」に当てはめて、今現在の自分を夏休み中の日付に換算して喜んだり焦ったり満足したりするっていう、ボクが20代の頃からやっていた人生ゲームを先日のブログ記事で紹介しました。

前回紹介したのは、「38年間のサラリーマン人生」を「38日間の夏休み」に換算するという、「人生は夏休み!」理論だったわけですが、実はこれには続編があります。「サラリーマン人生」ではなく、「人生すべて」を「38日間の夏休み」に換算する、続「人生は夏休み!」理論です。

ところで、人の人生っていったい何年くらいなんでしょうね?平均寿命とか健康寿命とか言いますが、当然人それぞれ違いますし、平均寿命よりも長生きする可能性だってあるし、明日交通事故で突然命がなくなる可能性だってゼロではありません。

ボクのもっとも身近な人生の先輩である両親は、母は47歳で癌で亡くなりましたし、父は78歳で心筋梗塞で亡くなりました。父方の祖父は70代で祖母は90代、母方の祖父は50代で祖母は70代でそれぞれ亡くなっています。そこでボクは自分の人生を、「とりあえず76歳まで」と設定しました。理由は簡単。「76=38×2」だからです。0歳で生まれてから76歳までの人生を、「38日間の夏休み(7/25~8/31)」に当てはめて換算するというわけです。(なんと乱暴な!笑)

そうすると、人の人生は「14歳で7月を終了して8月に突入し」「38歳でお盆のお墓参りを終え」「60歳の還暦を迎えるのは8月23日」ということになります。現在64歳のボクは8月25日。残りの夏休み期間はあと1週間を切っていますから、そろそろ本気で残った宿題に取り組まなければなりませんね。

それにしても、38年間のサラリーマン人生を夏休みに換算したり、人生そのものを夏休みに換算したり、「どれだけ子ども時代の”夏休み”に思い入れがあるの?」って皆さん思われますよね。当事者のボク自身もそう思っています。なにかトラウマがありますかね?

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「人生は夏休み!」理論

2022年08月23日 | 徒然なるままに

ボクらが子どもの頃は、「夏休みは7月25日から始まり8月31日まで」っていうのが定番でした。よく小中学校の終業式で校長先生が「明日から38日間の夏休みです」って言っていたのを思い出します。今の子どもたちは夏休みが短くて可哀想ですね(夏は暑くなっているのにね)。

その38日間の夏休みって、同じ夏休み中でもその時々にさまざまな「思い」があるわけですよ。「まだ7月。先は長いぞ、うれしいな」「長岡花火(8月2・3日)は楽しまなくっちゃね」「自分の誕生日(13日)がやってきた。残り期間が気になるなぁ…」「あれまぁ楽しいお盆がおわっちゃったよ。宿題がたっぷり残っているぞ。いやまだ大丈夫」「8月25日を過ぎたぞ!まずいよ!まずいよ!」「うわぁ~夏休みもあと2日だ!宿題どうしよう!」まぁ、ボクは毎年こんな感じでした。

大学を卒業して就職した最初の夏、「あ~もうボクの人生に、学生時代のような夏休みは2度と訪れないんだなぁ…」とショックを受けたのを覚えています。「60歳で定年退職するまで38年間か。38年経ったら毎日が夏休みになるのかなぁ…」ナマケモノのボクはそんなことを考えていたことを思い出します。そしてその時に思ったのです。「あれ?大学を卒業してから60歳の定年退職まで38年間か。これって夏休みの38日間と「38つながり」だな」って。

それ以来ボクは、「自分自身の職業人生を夏休みに換算する」ってことをしばしば行ってきました。20代の頃には「まだまだボクの仕事人生は夏休みの7月、思いっきり挑戦だ!」とか、40代になった頃には「夏休みなら誕生日もお盆も過ぎた。そろそろ管理職昇進も考えなければならないよな」とか考えていたし、50代後半の頃なんて「今年は8月28日だよ。まだまだ宿題が終わらない」なんて焦っていた頃もありました。ボクが編み出した「人生は夏休み!」理論です。

ボクはこの考え方を20代前半の頃から行っていたのですが、若い頃は「八百政、お前変わってるね」って言われていたし、ボクが中年を過ぎた頃に後輩の同僚に話したら「どうしてそんな悲しいことをするんですか?」って言われました。定年までカウントダウンになった50代の頃には、もうほとんど「八百政の定番ギャグ」になっていましたけどね。

で、既に予定通り60歳で定年退職して、2学期の9月4日を迎えているボクなんですが、未だに夏休みの宿題が終わっていません(笑)。…ってオチで終わろうと思ったんですが、この「人生は夏休み!」理論には続編があるんですよ。その話題は、またいずれ。

 

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笑わない数学

2022年08月22日 | 読みました!見ました!

現在自宅療養中の身のワタクシ、外出もできず、図書館から本も借りられず、ダラダラと非生産的な生活を過ごしています。こんな時間の過ごし方を10日間もするのは、もしかしたら人生初かもです。コロナ転じて「人生のご褒美タイム」って感じです。

ここ数日は、レコーダーに録りためておいたTV番組を見まくっています。「いつか見たいな」と思って録画しながら、「なかなか時間がなくって見ていない」っていう番組って結構あるじゃないですか。今回はそんな番組をまとめて見まくりです。それらの中で今回ボクが特にはまっているのが、NHKの「笑わない数学」です。

「笑わない数学」は、パンサーの尾形貴弘が、難解な数学の世界を大真面目に解説する異色の知的エンターテインメント番組です。天才数学者をも苦しめてきた数々の難問、そして美しくも不思議な知の世界を、1回30分ワンテーマ、ギャグ封印で、トコトン分かりやすく掘り下げる…というのが番組のコンセプトです。

過去に放送されたテーマは以下の通り。

第1回放送:「素数」
第2回放送:「無限」
第3回放送:「四色問題」
第4回放送:「P対NP問題」
第5回放送:「ポアンカレ予想」
第6回放送:「虚数」

「素数」も「四色問題」も面白かったし、「ポアンカレ予想」って初めてざっくりとした内容を理解できました(詳細はさっぱりわからんけど)。「虚数」は続きをぜひ見たいなと思いました。明後日(24日)の第7回放送「フェルマーの最終定理」も楽しみです。

いやぁ~NHKのこういう番組作りを見ていると、「受信料を払ってもいいかな」って思いますよね。実はもうひとつ、NHKの「漫画家イエナガの複雑社会を超定義」って番組にも、この自宅療養期間中にはまっています。これについては、またいずれ。

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米を洗う

2022年08月21日 | 読みました!見ました!

アルビレックスサポーターのボクとしては、新潟県の米菓メーカーといえばアルビのユニフォームスポンサーの「亀田製菓」を一推ししたいところですが、「亀田製菓」と同じほどアイシテいるのが地元長岡市にある「岩塚製菓」です。旧・越路町に本社があるこの「岩塚製菓」は、ボクが子どもの頃からずっと慣れ親しんできた地元のお菓子メーカーなのです。しかもどの商品も間違いなく「美味しい」です。

今日のタイトル「米を洗う」は、幻冬舎から発刊されたマーケティングプロデューサーの辻中俊樹氏が書いた著書で、岩塚製菓の創業75周年に合わせて刊行された「愚直なまでに真面目な会社(岩塚製菓)の縁と感動のストーリー」です。

ところで岩塚製菓というと、皆さんはどんなイメージをもたれていますか?

・亀田製菓とともに県内米菓業界を牽引
・ヨネックス、朝日酒造と共に旧・越路町の基幹産業
・「国産米100%」にこだわる米菓づくりのメーカー
・米粉を購入するのではなく米粉から自社で作る徹底のこだわり
・中国の旺旺集団(ワンワングループ)とも関係の深い優良企業
・豪雪で通行止めとなった関越自動車道で、トラックのドライバーが荷物である自社の米菓を渋滞車に配って有名になった米菓メーカー

こんな感じですかね?

実はボク、昭和の終わりから平成の初めにかけて(ボクが20代後半から30代前半の頃)、勤務していた職場が越路町(当時)だったんですよ。当時の越路町長は平井石金次郎氏であり、何度か直接お話を伺ったことをよく覚えています。あの町長さんが岩塚製菓の創業者の1人であり、当時の会社運営の中枢にいらしたのが後の長岡市商工会議所の会頭となる丸山智氏であったことを、この本を読んで知りました。同じ頃に旺旺集団(ワンワングループ)の蔡衍明(さいえんめい)らへの技術指導や業務提携が始まっていたことなど、当時のボク自身の越路町での仕事や人間関係を思い出しながら、懐かしく読み進めることができました。

1950年代に越路町の岩塚地区に「岩塚農産加工場」としてスタートし、サツマイモから作る「芋飴」を製造していた岩塚製菓の前身が、やがて新潟県そして日本を代表する米菓メーカーとして成長していく創業75年間の社史でもある本書ですが、会社組織としての理念や苦悩や決断の数々もしっかり描かれており、読み物としてもとても面白かったです。

中でも特に、本書に何度か登場する「逆境良薬・順境凶器」という平石金次郎氏の言葉が印象に残りました。「逆境にあるときは、身の回りのものすべてが良薬となり、節操も行動も、知らぬままにみがかれていく」「順境にあるときは、目の前のものすべてが凶器となり、体中骨抜きにされても、まだ気がつかない」ってことですよね。出典は「菜根譚」かな?言い換えると「苦労は買ってでもしろ」ってことです。

この年になっても、身に染みる言葉です。

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パルスオキシメーターを発明したのは長岡人!

2022年08月20日 | ふるさと長岡・嗚呼!田舎暮らし

昨日のブログ記事で、コロナによる自宅療養に伴い新潟県からパルスオキシメーター送られてきたということを話題にしました。今日は妻の分も送られてきたので、現在わが家には医療機器であるパルスオキシメーターが、県から2台貸与されている状態です。既に熱もなく、症状もほとんどない自宅療養者なのにすいません。

今や世界中の医療現場で、さまざままな病気で苦しむ患者さんの容態把握のために、欠かせないのがこのパルスオキシメータです。これは、動脈血中の酸素飽和度(ヘモグロビンがどの程度酸素と結びついているか)を、採血なしで連続的に測定することができる装置です。考えてみれば画期的な発明ですよね。


青柳卓雄さん

あまり世間一般的には認知されていないのですが、今から50年近く前にこのパルスオキシメータの原理を発明したのは、日本光電という会社の青柳卓雄さんという技術者です。実はこの方、新潟県の長岡市(旧・三島町)出身なのですよ。ボクの卒業した高校の先輩でもあります(年齢差は22歳もありますが)。地元の高校を卒業後は新潟大学工学部に進学し、卒業後は島津製作所を経て日本光電で研究を続けられ、後に東大で博士号を取得されています。

青柳さんが世界で初めてパルスオキシメータの原理を発明してから半世紀。今やその技術は世界中の医療現場に普及し、全身麻酔手術の安全性を飛躍的に高め、世界中の多くの患者さんの命を救っています。今回のコロナ禍でも、一気に需要が高まりましたよね。パルスオキシメータの発明は、世界の歴史に残る偉業であることは間違いありませんし、そんな偉大な発明をされたのが地元の方であるというのは、実に誇らしいことです。

関連記事は、こちらこちらでお読みください。

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