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この季節は戦争と平和について考えたい!(NHKの3番組)

2024年08月20日 | 読みました!見ました!

先週の8月15日は終戦記念日でした。毎年この時期には新聞やTVでも、80年前に行われた太平洋戦争について大きく取り扱います。「戦争を知らない子供たち」が既に高齢者となった今、戦争の悲惨さや平和の尊さについて全国民が関心をもって学んでいくことは、歴史を後世に引き継いでいくためにも極めて重要なことだと思います。

ボクもこの夏にいくつかの新聞記事やTVの特別番組(やドラマ)を見て、あらためて「太平洋戦争」や「日本の犯した失敗」について考えさせられました。今回はその中から、特に心に残ったNHKの3つの番組を紹介します。

1つ目は、17日(土)に放送された「NHKスペシャル“一億特攻”への道 ~隊員4000人 生と死の記録~」です。番組では15年に及ぶ取材で、特攻隊員約4000人の本籍地や経歴を徹底調査し、それを日本地図上に表示しました。更に番組内では、隊員がどのように選別されたのか、これまで謎だったその実態に迫る極秘資料も公開されていました。

この番組で初めて公開された「成績順に並んだ特攻隊員志願リスト」の最上段には、志願の程度を表す「熱望」「望」が記され、人物評や搭乗員としての適正や技量についての上官のコメント、さらに詳細な家族構成までが記されていました。

そしてこのリストを基に海軍省が実際に特攻隊員として選んだのは、成績の最上位者を除き、上位から中位までの搭乗員たちでした。そこには「ある程度の技量は必要だが、最優秀な隊員を一回の特攻で死なせるのは勿体無い」という、軍上層部の冷徹な判断が存在していたのです。隊員たちの志願の程度は選抜には関係なかったのです。

さらに衝撃を受けたのは、当時の日本人が「特攻」を「(国の)希望」とみなし、国のすみずみまで熱狂が支配していく様子でした。その背後には軍とメディアによるプロパガンダや、特攻を軍部内の力学に利用しようという思惑も見えました。隊員たちの心情も描きながら「一億特攻」の真相に迫ったこの番組は、見ているボクら視聴者に大きな衝撃を与えました。これまでにも、ある程度はこの時代のことを理解していたつもりだったんですけどね。特に「教育の戦争責任」ということについても、深く考えさせられました。

2つ目は18日(日)に放送された、NHKスペシャル「“最後の1人を殺すまで”〜サイパン戦 発掘・米軍録音記録〜」です。

当時、日本からの移民が多くいた“南洋の楽園”サイパンは、アメリカ軍が太平洋戦争で初めて日本の民間人と対峙した戦場となりました。発掘した音源から浮かび上がるのは、命を投げ捨てて突撃する日本兵と憎悪をかきたてるアメリカ兵の姿でした。そして、軍民混在の中で住民を保護する米軍の方針が崩れていく様子でした。

この戦いで、アメリカ兵の日本人に対する見方は一変することになります。録音記録に元兵士の新たな証言を加え、80年前の戦場を立体的に浮かび上がらせた番組構成は衝撃でした。

当時、戦時国際法であるジュネーブ条約で、民間人の殺害は禁止されてました。したがって、サイパン島上陸作戦に携わるアメリカ軍兵士には民間人保護が厳しく命令されていたのです。しかし、日本人民間人は、日本兵と行動を共にすること、さらに玉砕することを強いられており、そのため日本兵が、保護すべき民間人に紛れてアメリカ兵を殺害することが発生するわけです。これも文民に紛れて敵を攻撃する行為として、ジュネーブ条約が禁止している行為なのですがね。

日本軍による行為によって疑心暗鬼に陥ったアメリカ軍は、民間人も含めて日本人を無差別に攻撃するようになっていきます。さらに東条英機が「生きて虜囚の辱めをうけず」と訓令したことが、玉砕を生み、美化することになります。これが戦争の終結を遅らせ、全国の主要都市への空襲や、広島・長崎への原爆投下の悲劇につながるわけです。まさに悲劇の連鎖です。

番組全体に当時の録音音声が使われているので、そのリアイリティは半端ではありません。衝撃でした。こんな音声データが、アメリカには残されていた(隠されていた?)のですね。ビックリでした。

3つ目は、8月15日に放送されたドラマ「昔はおれと同い年だった田中さんとの友情」です。あらすじはこんな感じです(HPより抜粋)。


小沢拓人(中須翔真)はスケボーが大好きな小学6年生。ある日、いつも遊んでいる公園がスケボー禁止となり、友人2人と近くの神社でスケボーをすることに。そこで、神社の管理人をしている81歳の田中喜市(岸部一徳)と出会う。田中は拓人のスケボーに興味を持ち、試しに乗ろうとしたところ、転んでしまい右手を骨折してしまう。拓人の母親・尚美(木村多江)は、田中の右手のギプスが取れるまで、拓人たち3人で身の回りの世話をするように言う。

拓人たちが田中の部屋に通い出すと、聞き上手で優しい田中にひかれ、自然と仲良くなっていった。拓人は学校で起こったこと、身の回りのこと、日常の不満などを素直に話すことができた。ある日、拓人は田中の部屋で自分と同い年くらいの少年が写った写真を見つける。写真について拓人が田中に尋ねると、それは昔の自分の写真だと言い、当時この地域で空襲に見舞われたということを話し始める。田中の戦争体験を聞いた拓人たちは、学校である提案をすることに・・・。


うん、いいドラマでした。岸部一徳の朴訥とした、しかし芯のある演技が光っていました。戦争の生き証人である田中と子どもたちの交流、交流による子どもたちの変化は見ていて清々しいものでした。現在の子どもたちにもぜひ見てもらいたいですね。「チョコバナナ」のエピソードには、ちょっとウルっときました。

3つの番組を見て、「さすがNHKだ!」「視聴率を度外視して、いい番組を作る!」と感心してしまいました。「受信料を払うのもしょうがないかな?」…って、少し思いました。そして、「終戦記念日を含むこの時期に、国民全体で戦争や平和について考えていくことを、これからも日本の文化として継続していかなければいけないな」と強く思いました。実はもう1本、終戦記念日前後に録画しておいたNHKの戦争報道番組があるのですが、時間を見つけてまた視聴したいと思っています。


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2 コメント

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Unknown (toorumo)
2024-08-21 11:28:40
とんちゃん
私もNHKの3本、見ました。
朝ドラをはじめ今のNHKは深い所まで切り込みますね。
今の常識が戦争の時代には180度違っていました。
ドイツのヒットラー政権が12年も続いていたことも今では信じられません。
未視聴の1本は祖父がアメリカ軍の専属カメラマンをしていたオランダの女性カメラマンの話ですね。
終戦(敗戦)直後の日本政府が設置した慰安所の実態が紹介されるショッキングな内容になっていました。
我々は(八百政さんも?)親から戦争の話を聞いた最後の世代ですね。
NHK の番組を見て、戦争の悲惨さを語り継ぐ重要性を感じました。
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戦争 (八百政)
2024-08-21 22:26:53
>とんちゃん
未視聴の1本は「グランパの戦争〜従軍写真家が遺した1千枚〜」です。おそらくとんちゃんが見られた番組だと思います。これも早急に見たいと思います。
終戦からボクら世代が生まれるまでの時間って、本当に短いんですよね。そんなボクら世代は、戦争や日本の歴史を語り継いでいくことがミッションなんだと思います。「ジジイ、うるせい!」とか言われてもね。
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