【 保護犬:ハッチ日記 】

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吉村 昭『昭和の戦争』全6巻, 読了の感想

2023-11-02 | 本・映画
吉村 昭 『昭和の戦争』全6巻を読了しました。

読み終えるまでに
かなり時間がかかりましたが
「昭和の戦争」で何があったのか、
本を読むことによって
様々な角度から知ることが出来ました。

この本は2015年、戦後70周年記念として
新潮社から出版され、

吉村昭氏がそれまで
文芸誌や新聞、地方雑誌などで発表してきた
様々な戦史小説を
大きく6つのテーマで分類し、まとめた本となっています。

第1巻は「開戦前夜に」というタイトルで、
零式戦闘機が製造される過程から始まります。

“ゼロ・ファイター”と恐れられた戦闘機が、
名古屋から岐阜県の各務原飛行場まで
48㎞の距離を24時間かけて、牛車に乗せて
運んでいたことが書かれ、
そのギャップに驚くとともに

多くの中学生が勤労動員として工場などで
働いていたこと、
アメリカ機の空襲で惨死した、ということに
戦争の悲惨さを思い知らされました。

第2巻は「武蔵と陸奥と」
戦艦武蔵の造船過程が細かく描写され、
その過程で起きた“ 図面の紛失事件 ”や
造船作業を隠すために徹底した工作がなされたという
ことが書かれた『戦艦武蔵』。
この小説は読んでいて身が縮む思いが
何度もしました。

第3巻は「秘められた史実へ」
ここに収められた小説『深海の使者』では、
私が疑問に思っていたことが解決しました。

その疑問というのは
井伏鱒二『徴用中のこと』に書かれていたことで、

井伏鱒二が
陸軍徴用でマレー軍宣伝班にいた時の
昭和17年10月、シーサイドホテルの広間で一服していると
大きな突発事故が目の前で起り、
ドイツから日本へ帰る船が沈没した、と。
しかも
沈没は、シンガポールにいる信号兵が大失態を
犯したことが原因だ、とされていました。

私はこれを読んだ時、本当にゾッとして
その大失態を犯した信号兵はどうなったのだろうか……
と、恐怖に慄(おのの)きました。
でも同時に、
信号兵1人の判断ミスで沈没してしまうなんて
そんなことがあるのだろうか?と疑問にも思ったのです。

そして今回、吉村昭『深海の使者』を読んで
その事故原因が分かりました。

信号兵の失態ではなく、

“ 暗号表の変更 ”による連絡ミスと、
軍令部からの指示と海軍省兵備局からの指示が違った、
ということから起きた事故だったのです。

井伏鱒二本人も『深海への使者』を見て辟易させられた。
と書いていました。(注:深海への使者でなく、深海の使者ですが)

そして、少し話が逸れますが…
井伏鱒二といえば
「芥川賞」選考委員を務めていた時、
吉村昭の作品が4度目の芥川賞候補として挙がっていました。
最終選考に際し
最後、欠席していた井伏鱒二が電話回答で別の人を推薦した為
吉村昭は落選してしまった、という
経緯があったそうです。

吉村昭本人にしてみれば落選は辛い結果ですが
もし、井伏鱒二が推薦し吉村昭が芥川賞を受賞していたならば、
作品は純文学の世界にとどまり
戦史小説を書く
ということには繋がらなかったかもしれません。

そうすると、この『昭和の戦争』も読むことは出来なかった…
ということになります。

となると、これは井伏鱒二の判断が正しかったのか……と
思わざるを得なくなります。
太宰治が慕(した)い、
短編の名手と言われた三浦哲郎(みうらてつお)が師と仰いだ
井伏鱒二のすごさは
もしかしたらこういう所にあるのかもしれないですね。

……と、話が逸れましたが

この戦史小説は読み進めるごとに
これは“ 吉村昭にしか書くことができない ”、と
強く感じさせられます。

徹底した当事者への取材は全国各地へと及び
話を聞いた人の数は数百人にも達し、
史実と照らし合わせて作品は綿密に構成され
しかも、それがただの歴史記録ではなく
人間の感情が随所に表現されているのです。

第4巻「彼らだけの戦場が」
『逃亡』という小説では、戦場ではない戦争が書かれています。

外出先で終電に乗り遅れ、
所属部隊に帰ることが出来なくなった若い兵士が
偶然出会った男に車で送ってもらったことが
きっかけで親しくなり、
そこから男に頼まれ、パラシュートを持ち出し
さらには男にそそのかされて練習用の飛行機を爆破。
その後に続く逃亡では、姓名を変えて身分を隠し
世間から逃れる生活を余儀なくされる…

他にも『動物園』では、
東京上野動物園での猛獣たちの処分について
戦時下での様子とともに書かれており
これはページをめくるのが辛い小説でした。

第5巻「沖縄そして北海道で」
『殉国 陸軍二等兵比嘉真一』この小説では
戦時下に漂っていたであろう緊張感や
切迫した空気が小説を通して伝わってきました。
戦場の怖さだけでなく、住民が犠牲になった
沖縄戦のむごさ、
集団自決、玉砕、と命が軽んじられる戦場での
痛ましさに呆然とさせられました。

第6巻「終戦の後も」では、
『遠い日の戦争』が特に印象に残りました。
戦争裁判を巡って
終戦になってから逃げ回ることになった中尉の
逃亡の様子が綴られています。
戦時中には当然、やむを得ないとされた事が
敗戦と同時に犯罪人とされ
追われる立場になる、という実話に基づく小説です。

全巻を読み、全てにおいて共通して感じたことは
戦争は理不尽だ、ということでした。

そして
吉村昭氏が何度も書いているように
戦争は決して、軍と政府だけで推し進められたものではなく
国民が後押しをしていた、ということを
やっぱり忘れてはならないと、
そう思いました。

まだまだ書き足りないのですが
収拾がつかなくなりそうなのでこれで終わります。

戦争のない世の中でありますように…