遊民ヤギ爺

俳句と映画のゆうゆう散歩

お彼岸

2023-03-21 16:03:23 | 鶴舞公園へ行って来ました
令和5年3月21日(火)

彼 岸 : 中 日

春分の日・秋分の日を中日として、その前後の三日づつの
七日間をいう。
彼岸は、梵語(古代インドの文語、サンスクリットの波羅
の漢訳である。

仏教語思想に由来し、生死流転に迷うこの世すなわち此岸、
対して煩悩の流れを渡って到達した悟りの境地の意である。
この間を「彼岸会」と呼んで、寺や墓など詣でたり、寺院
等で読経・法話を行う。
この風習は中国やインドには無く、聖徳太子の時代に始ま
ったと云われている。
春の彼岸は単に「彼岸」というが、秋の彼岸は「秋彼岸」
「後の彼岸」などという。


「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、春は草木が萌
え、秋は秋草が盛りという好い陽気となるので、野遊びを
兼ねた墓参をする姿が随所にみられる。

先祖供養、

今日は「彼岸の中日」、カミさんに「お供えのぼたもちを」
と所望する。「ア、おはぎね、お店は殆どオハギとなって
るヨ。オハギとボタモチとどう違うの、、、?」


「おはぎ」も「ぼたもち」も同じものである。
名前の違いはそれぞれの季節に咲く花に喩えて付いた名前
のようである。

春の彼岸に食べるので春に咲く牡丹に準え「ぼたもち」と
呼び、秋の彼岸に食べるのは秋に咲く萩に準え「おはぎ」
と呼ぶ。 因みに夏は「夜舟」、冬は「北窓」という。

その違いを大きさからという説は、
花がぼってりと大きい「牡丹」に喩え「ぼたもち」、小ぶ
りな萩に喩え「おはぎ」という。
また餅の搗き方によるものは、
もち米を確りお餅に為る迄搗いたものを「ぼたもち」と、
粒が残る程度に搗いたものを「おはぎ」という。
あんこが違うという説は、
漉し餡を用いたのを「ぼたもち」で、粒あんは「おはぎ」。
餡の材料の小豆は秋に収穫をする。採れたての小豆は柔ら
かく美味しく食べられる「おはぎ」は粒あんでもよい。
一方、春になると小豆は固くなり漉し餡を「ぼたもち」に。




ま、諸説芬々あるが、、、私はどちらも大好きである。


今日の1句

彼方此方の野球気になる彼岸かな  ヤギ爺


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