山形県手をつなぐ育成会 日々徒然なること

育成会の事、関係ないことも勝手につぶやきます

「障害者総合福祉法」(仮称)の成立を目指していた時期

2013年08月31日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第85回目。

 障害者総合支援法が平成25年4月より施行されている。
 その前は、障害者総合福祉法の名称による法制定を民主党政権では考えられていた。
 その経緯が以下に述べられている。
     
*************************************************

【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/doukou.html
   
「障害者自立支援法に関する動向

  2011.1.15作成/ 2013.7更新

 「障害」をどのようにとらえ、
 障害をもつ人の「福祉」をどのように考えるかということが
 基本的には大切なわけですが、

 人の暮らしという視点でいえば、どのように暮らすか、
 どのように暮らせるかということは
 障害の有無には関係なく誰にとっても重要なことだと思います。

 実情を無視した法律を施行すれば当然無理や混乱が生じます。

 障害者自立支援法による新事業体系への移行が
 なぜ順調に行かずに現在に至ったか
 についての思慮ある政策であってほしいと思います。
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◆障害者支援、来夏素案 2010(平成22)年6月23日 朝日新聞

 障害者自らが制度作りを進める政府の
 「障がい者制度改革推進会議」の総合福祉部会は22日、
 障害者自立支援法を廃止した後の新制度についての論点を取りまとめた。
 来夏をメドに素案をまとめ、2012年の通常国会への法案提出を目指す。
 新制度を規定するのは、「障がい者総合福祉法」(仮称)。
 この日は、法の理念・目的や障害の範囲、
 支援体制など9分野に分けて論点を整理した。

※ 障害者自立支援法については、障害当事者等が、
 国を相手取り、サービス利用料の負担を「応益負担」として
 障害者に課すことなどを違憲とする訴訟を起こした。
 これに対して、2010(平成22)年1月に 「速やかに応益負担制度を廃止し、
 遅くとも2013(平成25)年8月までに自立支援法を廃止し、新たな法律を実施する」  「新法の制定には障害者の参画のもとで十分に議論する」
 という和解の基本合意が訴訟団と国(厚労省)との間で結ばれました。

 この方針は、政府による
 「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」において、
 自立支援法は廃止し、
 「障害者総合福祉法」(仮称)の法案を平成24年に国会に提出し、
 平成25年8月までに実施することが、
 2010(平成22)年6月29日に閣議決定されました。

 この実現に向けて、内閣の「障害者制度改革推進本部」の下に、
 平成22年1月に設置された障害当事者の参加により構成される
 「障害者制度改革推進会議」の総合福祉部会で議論が進められてきました。
 現時点では新しい法律「障害者総合福祉法」(仮称)の詳細は不明ですが、
 平成23年8月ごろには素案が示されるということです。

◆改正障害者自立支援法が成立 2010(平成22)年12月3日

  6月の鳩山由紀夫前首相の退陣表明で流れた改正法案が成立しました。

 障害者自立支援法は、平成25年8月までには廃止され、
 廃止後は新しい法律「障害者総合福祉法」(仮称)が
 実施されることになっているわけで、
 この改正法はそれまでのつなぎの法律という位置づけだそうです。
 正式には、「障がい者制度改革推進本部における検討を踏まえて
 障害者福祉施策を見直すまでの間において
 障害者等の地域生活を支援するための関係法律の整備に関する法律」 といいます。

 この改正障害者自立支援法は、新法までのつなぎですから
 当然問題点の抜本的な見直しに基づくものではないということになります。
 しかしこの改正法の内容は、発達障害も法の対象となることを明確にしました。
 発達障害も法の対象にするということは
 法の趣旨である障害種別にかかわらず必要なサービスを利用しやすくするために、
 身近な市町村が責任をもって
 一元的にサービスを提供する仕組みにするということと、
 サービス利用者に対する障害程度区分の認定問題に大きく関係することになります。

 そのことが具体的に今後どのように反映されるかという点は
 大いに注目すべきだと思います。

 なぜなら障害種別に関係なく一元的にサービスを提供するためには
 多様な障害の内容やその程度状態とそのニーズに即した対応が
 できるような基盤整備が必要であることと、
 現在の障害程度区分の審査判定は、
 介護保険制度の要介護認定に用いる調査項目をベースにしたやり方であり、
 それでは解決にならないからです。

【引用終わり】

*************************************************

 以上のように、「障害者自立支援法」「改正障害者自立支援法」「障害者総合福祉法」「障害者総合支援法」と紆余曲折をへて、今がある。
 「障害者制度改革推進会議」の総合福祉部会に障がい当事者も入れて議論したことは画期的であった。
 この変遷の中で、発達障がい、難病もサービス提供の対象になった。
 こうした人たちにとって朗報であった。
 「障害者総合支援法」が平成25年4月より施行している。
 それに対しても、問題点が指摘されている。
 完璧を目指せば、法律の制定はさらに遅れたろう。
 今まで救われなかった人がこの法律で救われる人もいる。
 それであれば、最善策より次善策の方がいい。
 また、見直しが図られることになっている。
 それに期待したい。
 (ケー)

自立支援法改正成立目前の廃案(平成22年6月)

2013年08月30日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第84回目。

改正障害者自立支援法は、鳩山政権の退陣によって一度廃案になった。
 そして、その改正法案は紆余曲折の末、平成22年12月に成立した。
 その経過が以下のとおりである。
     
*************************************************

【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/doukou.html
   
「障害者自立支援法に関する動向

  2011.1.15作成/ 2013.7更新

 「障害」をどのようにとらえ、
 障害をもつ人の「福祉」をどのように考えるかということが
 基本的には大切なわけですが、

 人の暮らしという視点でいえば、どのように暮らすか、
 どのように暮らせるかということは
 障害の有無には関係なく誰にとっても重要なことだと思います。

 実情を無視した法律を施行すれば当然無理や混乱が生じます。

 障害者自立支援法による新事業体系への移行が
 なぜ順調に行かずに現在に至ったか
 についての思慮ある政策であってほしいと思います。
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◆自立支援法改正成立目前の廃案 2010(平成22)年6月17日 朝日新聞

 障害者自立支援法の改正案が、成立を目前にして廃案になった。
 改正法案は、原則1割の負担を、
 支払い能力に応じた負担に改めることが柱で、
 民主、自民、公明の各党が合意して議員立法で提案。
 5月末に衆院を通過、参院の厚生労働委員会でも可決して、
 参院本会議での採決を残すのみだった。
 当初は今月2日の参院本会議で成立する予定だったが、
 鳩山由紀夫前首相の退陣表明で流れた。

◆障害者支援、来夏素案 2010(平成22)年6月23日 朝日新聞

 障害者自らが制度作りを進める政府の「障がい者制度改革推進会議」の
 総合福祉部会は22日、障害者自立支援法を廃止した後の
 新制度についての論点を取りまとめた。
 来夏をメドに素案をまとめ、2012年の通常国会への法案提出を目指す。
 新制度を規定するのは、「障がい者総合福祉法」(仮称)。
 この日は、法の理念・目的や障害の範囲、支援体制など
 9分野に分けて論点を整理した。

※ 障害者自立支援法については、障害当事者等が、
 国を相手取り、サービス利用料の負担を「応益負担」として
 障害者に課すことなどを違憲とする訴訟を起こした。
 これに対して、2010(平成22)年1月に 
 「速やかに応益負担制度を廃止し、
 遅くとも2013(平成25)年8月までに自立支援法を廃止し、新たな法律を実施する」  「新法の制定には障害者の参画のもとで十分に議論する」
 という和解の基本合意が訴訟団と国(厚労省)との間で結ばれました。

 この方針は、政府による
 「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」において、
 自立支援法は廃止し、「障害者総合福祉法」(仮称)の法案を
 平成24年に国会に提出し、平成25年8月までに実施することが、
 2010(平成22)年6月29日に閣議決定されました。

 この実現に向けて、内閣の「障害者制度改革推進本部」の下に、
 平成22年1月に設置された障害当事者の参加により構成される
 「障害者制度改革推進会議」の総合福祉部会で議論が進められてきました。
 現時点では新しい法律「障害者総合福祉法」(仮称)の詳細は不明ですが、
 平成23年8月ごろには素案が示されるということです。

◆改正障害者自立支援法が成立 2010(平成22)年12月3日

 6月の鳩山由紀夫前首相の退陣表明で流れた改正法案が成立しました。

 障害者自立支援法は、平成25年8月までには廃止され、
 廃止後は新しい法律「障害者総合福祉法」(仮称)が
 実施されることになっているわけで、
 この改正法はそれまでのつなぎの法律という位置づけだそうです。
 正式には、「障がい者制度改革推進本部における検討を踏まえて
 障害者福祉施策を見直すまでの間において
 障害者等の地域生活を支援するための関係法律の整備に関する法律」 といいます。

 この改正障害者自立支援法は、
 新法までのつなぎですから当然問題点の抜本的な見直しに
 基づくものではないということになります。
 しかしこの改正法の内容は、発達障害も法の対象となることを明確にしました。
 発達障害も法の対象にするということは法の趣旨である
 障害種別にかかわらず必要なサービスを利用しやすくするために、
 身近な市町村が責任をもって一元的にサービスを提供する
 仕組みにするということと、
 サービス利用者に対する障害程度区分の認定問題に大きく関係することになります。

 そのことが具体的に今後どのように反映されるか
 という点は大いに注目すべきだと思います。

 なぜなら障害種別に関係なく
 一元的にサービスを提供するためには
 多様な障害の内容やその程度状態とそのニーズに即した対応ができるような
 基盤整備が必要であることと、
 現在の障害程度区分の審査判定は、
 介護保険制度の要介護認定に用いる調査項目をベースにしたやり方であり、
 それでは解決にならないからです。

【引用終わり】

*************************************************

 障害者総合支援法は、障がいのある人たちが地域で安心して日常生活や社会生活が送ることができることを基本理念としている。
 すなわち、共生社会の実現である。
 次のようなことが改正のポイントである。

 1. 「制度の谷間」を埋めるため、障害者の範囲に難病等を追加
 2. 障害支援区分の創設
 3. 重度訪問介護の対象拡大
 4. 共同生活介護(ケアホーム)の共同生活援助(グループホーム)への一元化
 5. 地域移行支援の対象拡大
 6. 地域生活支援事業の追加
 7. サービス基盤の計画的整備

 こうした改正によって、障がいのある人のより良いサービスが展開されるだろうと期待している。
 早いものは、平成25年4月から実施され、平成26年4月から実施されるものもある。
 (ケー)

障害者自立支援法成立(2010年)の経緯

2013年08月29日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第83回目。

 障害者自立支援法は、障害者の福祉サービスの利用に原則1割負担を課す。
 その改正では、支払い能力に応じて支払う「応能負担」に転換した。
 こうした改正でも、評判は良くなかった。
 その経緯が以下に記されている。
     
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【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/doukou.html
   
「障害者自立支援法に関する動向

  2011.1.15作成/ 2013.7更新

 「障害」をどのようにとらえ、
 障害をもつ人の「福祉」をどのように考えるかということが
 基本的には大切なわけですが、

 人の暮らしという視点でいえば、どのように暮らすか、
 どのように暮らせるかということは
 障害の有無には関係なく誰にとっても重要なことだと思います。

 実情を無視した法律を施行すれば当然無理や混乱が生じます。

 障害者自立支援法による新事業体系への移行が
 なぜ順調に行かずに現在に至ったか
 についての思慮ある政策であってほしいと思います。
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 ◆自立支援法案可決 2010(平成22)年5月29日付 朝日新聞ニュース

 障害者の福祉サービスの利用に原則1割負担を課す
 障害者自立支援法の改正法案が28日、衆院厚生労働委員会で、
 民主と自民、公明など各党の賛成多数で可決した。
 今国会で成立の見通し。
 改正法案では、1割の自己負担を課す原則を、
 支払い能力に応じて支払う「応能負担」に転換し、
 発達障害もサービスの対象とする。
 グループホーム利用への助成制度も盛り込んだ。

 ※障害者自立支援法改正法案について、社民党は反対したが、
 民主党は自公両党と妥協して採決を急いだそうだ。

◆政策ウオッチ 2010(平成22)年6月2日 朝日新聞

 (社民党は)5月28日の衆院厚生労働委員会で、
 障害者自立支援法改正案に反対した。
 民主党が自公両党と妥協して採決を急いだ法案だった。
 重い障害の人ほど原則として負担が増える同法の見直しは、
 民主党が昨年の衆院選で政権交代のシンボルの1つに掲げた。
 だが、鳩山内閣が当事者の声を聞くとして設けた
 会議の議論を待たず修正案は可決され、
 もとの与党案にあった同法の「廃止」は姿を消した。 (南彰)


【引用終わり】

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 「障害者自立支援法」は最初から評判が良くなかった。
 民主党政権になってからも、その改正がなされた。
 それでも、その評判はあらたまることがなかった。
 そして、自民党政権になって総合支援法が成立した。
 これがどのように運用されていくか。
 さらなる見直しを図ることが予定されている。
 障がいのある人に対する生活保障がいかなる形になるか。
 そこが一番の肝になる。
 働く場、住まいの場等、どんな障がいのある人も安心安全な生活の願いがかなえられることである。
 (ケー)

不幸な運命を背負った「障害者自立支援法」(2010年当時)

2013年08月28日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第82回目。

 第81回目でふれた「障害者自立支援法」から「障害者総合支援法」へ改正になった詳細について、時系列で以下説明していく。
 民主党政権に移って「障害者自立支援法」を悪法と称しながらも、抜本解決ができなかった。
 そのへんの事情はなぜだったのか。
      
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【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/doukou.html

   
「障害者自立支援法に関する動向

  2011.1.15作成/ 2013.7更新

 「障害」をどのようにとらえ、
 障害をもつ人の「福祉」をどのように考えるかということが
 基本的には大切なわけですが、

 人の暮らしという視点でいえば、どのように暮らすか、
 どのように暮らせるかということは
 障害の有無には関係なく誰にとっても重要なことだと思います。

 実情を無視した法律を施行すれば当然無理や混乱が生じます。

 障害者自立支援法による新事業体系への移行が
 なぜ順調に行かずに現在に至ったか
 についての思慮ある政策であってほしいと思います。
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 2010.3 

 2010(平成22)年3月15日発行の週刊「福祉新聞」によれば、
 厚生労働省は3月4日に障害保健福祉関係主管課長会議を開き、
 2010年度の事業執行方針の説明で、
 障害者自立支援法に基づいて進められている
 サービス事業者の新体系への移行について、
 長妻厚生労働大臣が2月15日の衆議院予算委員会で
 「推進する」と答弁したことを説明し、
 都道府県に対し、移行支援策を積極的に活用して
 新体系への移行促進を要請したという。
 
 さらに移行支援策として、
 ①報酬上の各種加算や手厚いサービス提供に応じた報酬額の設定
 ②移行前の報酬水準との差額の助成
 ③新体系サービスで必要となる改修・増築工事費の助成
 ―などを継続して行う方針を説明。
 特に移行が遅れている知的障害者通勤寮や精神障害者生活訓練施設などに
 対する移行指導の充実を求めたという。

 たしかに障害者自立支援法では、
 障害福祉サービスの事業者は
 2012(平成24)年3月末までに
 法に基づく新事業体系に移行しなければならないことになっている。
 しかし2009(平成21)年10月1日現在の調査では、
 移行率は平均45.4%にとどまっているという。
 当然そうした状況を踏まえた上で要請したのであろうが、
 新政権は、障害者自立支援法は全面的に悪法であると認めたからこそ、
 法律の改正ではなく「廃止」と明言したのではなかったのか??

 自立支援・就労支援・地域移行などのサービスの利用をしやすくするとしながら、
 障害程度区分(この障害程度区分自体にも問題がある)や
 年齢により利用できるサービス内容を制限し、
 就労支援と称するサービスの利用条件にも問題がある。
 それを放置したまま、その取り扱いについての説明もないままに、
 廃止するといいながら廃止にする法律に基づいた
 事業体系への移行を推進するというのは一体どういう考えなのであろうか。

 法律の廃止とは名ばかりで、抜本的見直しもなく、
 新事業体系の事業内容の問題点はそのままに、
 結局はなし崩しにするための方便として、
 サービス利用料の負担軽減や事業者に対する
 新事業体系への移行支援策を掲げることで、
 問題の本質には触れることなく
 新たに制定する法律は名称だけを改めたものにするということなのであろうか。

【引用終わり】

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 新政権だった民主党の政策は、理想を掲げすぎて実態とのギャップが大きかった。
 そのためつじつまの合わない対策に終始してしまった。
 口約束で期待を持たせた分、うまくいかなかったので裏切られた思いが強かった。
 資金や人材や資産を湯水の如く使えるわけでない。
 どこにどう効率よく配分するかが、政治である。
 口先でごまかせるものでない。
 我慢しなければならないことだって多い。
 あまりに野党時代に自民党とは違うと言い過ぎた。
 無駄を省けばなんとかなると幻想を振りまいた。
 政権とってみればその無駄がなかったというのが現実だろう。
 仕分けを大々的にやってみてもたかがしれていた。
 日本の限界をまず認める必要がある。
 そこで何をするか。
 ああすべき、こおーすべきと議論で終始しても始まらない。
 アクションプランばっかりで、アクションがないとテレビで述べていた人があった。
 アクションを起こして、失敗したらやり直す。
 その連続しかない。
 理想だけのべき論では、現実は変わらないと思うべきか。
 ここでも、べき論になってしまった。
 「見る前に跳べ」という言葉が、昔はやったことを思い出した。
 自分は障がい者福祉向上のために何をするか。
 アクションのみが課題解決につながる。
 なんだ、予定調和の結論になってしまった。
 (ケー)

「障害者自立支援法」から「障害者総合支援法」へ

2013年08月27日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第81回目。

 「障害者自立支援法」から「障害者総合支援法」へ、新たな法が制定された。
 その問題点について、以下で指摘している。
      
*************************************************

【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/doukou.html

   
「障害者自立支援法に関する動向

  2011.1.15作成/ 2013.7更新

 障害者自立支援法は改正され、法律名は「障害者総合支援法」に変更し、
 2013(平成25)年4月から施行されることになりました。

 ※障害者総合支援法の正式名称は、
  「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」です。
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「障害者自立支援法」 から 「障害者総合支援法」 へ

 厚生労働省は、「障害者自立支援法は違憲」とする
 集団訴訟の原告である障害者らとの和解の合意文書で
 自立支援法を廃止して新しい法律を制定するとの確約をしました。
 障害者自立支援法違憲訴訟原告団と国との基本合意文書

 その後、障害当事者等(55名)で構成される
 制度改革推進会議の部会によって、
 和解の合意文書及び障害者権利条約を指針に
 障害者自立支援法に代わる新法の骨格に関する提言が
 平成23年8月末にまとめられました。
 この提言の内容は、政府が障害者権利条約の批准に向けて
 法整備を進めていることとも関連するわけで重要だったはずです。

 ところが新しい法律案として示されたのは提言を尊重したものではなく、
 現在の自立支援法の一部を見直し
 法律名を「障害者自立支援法」から「障害者総合支援法」に変更し、
 制度の本格的見直しは先送りにする法の改正案でしかない
 ということから批判が相次ぎました。

 しかし法案は、2012(平成24)年3月13日に国会に提出され、
 翌月の4月26日に衆議院を通過し、翌々月の6月20日の参議院本会議で、
 民主、自民、公明各党の賛成多数により可決、成立しました。
 成立した法の施行は、一部を除き、2013(平成25)年4月からです。

 報道等によれば、厚生労働大臣は、法案の趣旨について、
 「地域社会での共生の実現に向けて
 新たな障害保健福祉施策を講ずるためである」との説明を行い、
 自立支援法の廃止の約束に関する質問には、
 「法律の名称を自立支援法から総合支援法に変えて、
 基本理念を新たに掲げ、法の根幹を変えたので廃止になる」とし、
 法の問題点の先送りについての質問には
 「一度にはやれないので、計画的に進めたい」と説明したそうです。

 新法だとする法律の内容が提言を尊重したものでなく、
 問題点を先送りにするようなものであれば、
 それは新法の制定ということにはならないわけで、
 国との約束を交わした訴訟団が、
 「国は約束を守らなくてよいのか」と憤慨するのは
 至極当然のことだといってよいでしょう。

【引用終わり】

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 以上のように「障害者自立支援法」から「障害者総合支援法」に変更になった経緯があったことはわかった。
 ただ、「障害者自立支援法は違憲」とする訴訟団にとっては、満足するものでなかった。
 訴訟団が「国と約束を交わした」ものを守ってないとしている。
 その約束とはどんなものか。
 国の説明では「法の問題点の先送りは、一度にはやれないので、計画的に進めたい」と答えている。
 他との利害調整がうまくいかず、見切り発車せざるを得ない部分もあったのだろう。
 規制緩和といっても、その改革に切り込むと反対や問題が必ず生ずる。
 その説得には時間を要する。
 それぞれの立場を尊重すると今までどおりとなってしまう。
 そこが改革の難しさである。
 しかし、時代の要請には応えていく必要がある。
 共生社会という理念が明確になっている。
 その実現に向けて各論の同意形成を地道にやっていくしかない。 
 (ケー)

「障害は個性」 の問題点

2013年08月26日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第80回目。

 障がいは個性といって、その障がいが改善する方向に働けば問題ない。
 しかし、そうした方向が可能だろうか。
 そうした問題点が以下に記されている。
      
*************************************************

【引用始め】
http://www.asai-hiroshi.jp/kosei.html
   
「障害」 は 「個性」 か  2009.12.25

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「障害は個性」 ということの問題点

 ① 一般的に「個性」ととらえられているその内容(人の特徴)は
  生活上の支障になるようなものではないと思います。
  「障害は個性」というとらえ方が、
  障害をもつ人の生活上の支障を軽減あるいは改善する
  ことになるのであればよいと思います。
  しかし現実的には生活上の支障を解決することには
  ならないのではないでしょうか。

 ② 「障害は個性」というとらえ方は、
  生活上の支障を軽減あるいは改善するというよりも、
  むしろその障害に対する適切な支援のための
  大切な視点を曖昧にしてしまう危険性があると思います。
  特に発達段階における教育的支援においては
  その危険性は大きいのではないかと思います。

 ③ 「障害」が個人を特徴づけるということではあっても、
  中途障害者には「障害は個性」というとらえ方は
  そぐわないのではないでしょうか。

 障害を負う可能性は誰にもあり、決して特別なことではない。
 障害を特別視しないということは、
 障害から目をそらすということではないはずです。
 「障害は個性」などというのは短絡的・皮相的で、
 障害から目をそらすということではないでしょうか。

 適切な障害者支援を考えるのであれば、
 障害は個性などというよりも障害と人との関係
 あるいは生活する環境条件等との関係を直視することが大切だと思います。
 そこに世界保健機関(WHO)が2001年に
 承認した国際障害分類の改定版「国際生活機能分類(ICF)」
 の考え方の意味があるのではないかと思います。

【引用終わり】

*************************************************

 「障がいは個性」と言ってみても何かが変わるわけでない。
 安易にそうした言葉の言い換えで満足しても、障がい者問題に益するものでない。
 もっと障がい者に対する支援に真剣に取り組む姿勢が重要である。
 バリアフリーといった障がい者を取り巻く環境の整備。
 合理的配慮によって、障がい者が生活しやすくする。
 それが障がいがあるなしにかかわらず、共に生きる社会づくりにつながる。
 (ケー)

「障がいを伸ばす」といった言い方はしない

2013年08月25日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第79回目。

 「障がいは個性」としたら、「障がいを伸ばす」といった言い方があってもいい。
 でもそんな言い方はしない。
 次にそうした問題が指摘されている。
      
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【引用始め】
http://www.asai-hiroshi.jp/kosei.html
   
「障害」 は 「個性」 か  2009.12.25

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「個性を伸ばす」 とか 「個性を発揮」 などという場合は・・・

 「個性を伸ばす」とか「個性を発揮」などという場合には、
 そこにどのような意味合いがこめられているのでしょうか。
 おそらくその場合は、「個性」を積極的かつ肯定的にとらえて言うのだと思います。

 したがって「障害を個性」というならば、
 「障害を伸ばす」「障害を発揮」という言い方もあってよさそうなものですが、
 それはないでしょう。

 障害も個人を特徴づける要素の1つに含めるにしても、
 「障害は個性」というのは短絡的過ぎると思います。

 やはり「障害」と「個性」とは別に考えたほうがよいように思います。

【引用終わり】

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 障がいを個性といった言い方は、みんなが納得するものでない。
 どっか違和感がある。
 個性となると積極的で肯定的にとらえられるからである。
 しかし、現在の障がいに対するとらえは否定的である。
 障がいを個性ととしても、否定的な要素をふっきれるものでない。
 障がいという問題を個性とすることで、障がいのある人もない人も前向きにとらえることができればいいのだが。
 そうしたことがなかなかできないのが現状である。
 (ケー)

「障がいのあることは、個性」?

2013年08月24日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第78回目。

 「個性的」とはどんなときに言うのか。
 以下に、ただ単なる「背が高い」「背が低い」という特徴だけでは「個性的」とは言わないと述べている。
      
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【引用始め】
http://www.asai-hiroshi.jp/kosei.html
   
「障害」 は 「個性」 か  2009.12.25

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「あの人は個性的」などという場合は・・・

 人には背の高い人も低い人もいます。
 太っている人もやせている人もいます。
 気の強い人も弱い人も、記憶力のよい人も忘れっぽい人も、
 歌のうまい人もへたな人もいます。
 器用な人も不器用な人もいます。

 しかし例えば、背が高い・低い、太っている・やせている、
 気が強い弱い、記憶力がよい悪い、
 あるいは歌がうまい・へた、器用・不器用などという場合、
 それは人を特徴づけることかもしれませんが、
 単にそれだけで「あの人は個性的」「個性が強い」などとは
 いわないのではないでしょうか。

【引用終わり】

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 以上のようなことから、「障がいがある」「障がいがない」という特徴で「障がいのあることは、個性だ」と言って良いのだろうか。
 そうした疑問がある。
 言葉でつくろうだけでは実質的な問題が解決できない。
 世の中の根本的なしくみを変えて、障がい者に対する支援のあり方を充実したものにすることが重要。
 現在、インクルーシブな地域社会に向けて徐々にその方向付けがなされてきている。
 社会のバリアフリー化、合理的配慮等が導入されてきた。
 福祉サービスも確かに向上している。
 こうした観点からすれば、障がいのある人もない人も、共生社会づくりに目指していることは確かだ。
 ただ、「自閉症を安楽死させろ」なんてという例外的な問題は多少発生するが。
 社会的態勢としては良い方向にある。
 (ケー)

個性とは

2013年08月23日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第77回目。

 まず、「個性」とはどう考えるべきか、それについて以下では述べる。
      
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【引用始め】
http://www.asai-hiroshi.jp/kosei.html
   
「障害」 は 「個性」 か  2009.12.25

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個性とは

 個性とは、広辞苑を引用すれば、
 「他人とは違う、その人にしかない性格・性質」のことであり、
 その個人が有する特徴を意味します。

 個人を特徴づけるものには大きく二つの要素が考えられます。
 一つは、人の背格好などのように形として見える有形の要素です。
 もう一つは、その人に特有なものの見方や考え方、
 感情表現、表情や動作(しぐさ)などのような無形の要素です。

 つまり人の個性とは、素質的なものも含め、
 その人の生きる(成長発達する)過程で培われる有形、無形の要素が
 かかわり合い絡み合って形成されるものと考えてよいと思います。

【引用終わり】

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 個性とは、個人の有する特徴である。
 有形のもの、無形のものがある。
 見えやすいもの、見えにくいものと言い換えることができる。
 「障がいは個性」と考えるとすれば、見えやすいものも見えにくいもの含めて考えるべきということになる。
 個性とは、その人全体を捉えての考えかたである。
 そうなると、極端な言い方をすれば、殺人者は個性だともなりうる。
 これでは世の中に受け入れられない。


 ところで、次のようなショックな報道がある。
 自閉症児は迷惑をかけるから「安楽死」をなんて手紙が投函された。
 カナダの話。

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 【引用始め】 

http://www.cnn.co.jp/world/35036263.html?google_editors_picks=true

自閉症児に「安楽死」要求する手紙、送り主の訴追検討 カナダ
2013.08.22 Thu posted at 15:23 JST


自閉症児の家族に対し引っ越しや子どもの安楽死を求める手紙が送りつけられた




自閉症児に「安楽死」要求する手紙 カナダ(CNN) カナダのオンタリオ州で、自閉症児の家族に引っ越しや子どもの安楽死を要求する手紙を送った人物に対し、検察が刑事訴追を検討している。地元警察が22日までに明らかにした。

警察によれば、検察は手紙の内容について「ヘイトクライム(憎悪犯罪)には達していない」と判断したものの、他の罪状での立件を検討しているという。送り主はまだ特定されておらず、警察は情報提供を呼びかけている。

手紙は「いらだつ母」と名乗る人物から送られたもので、自閉症のマックス・ベグリーさん(13)について「あの子が外にいるときに起こす騒音はひどい! うちの正常な子どもたちはとんでもなくおびえている!!!」「あの子の体の発育の遅れていない部分を取って寄付すべきだ」などと書かれていた。

手紙の主はべグリーさん一家に対しても、「お宅の野生動物みたいな子どもと一緒に森の中でトレーラー住まいをしろ」と述べ、「引っ越すか、子どもを安楽死させるかしろ」と要求。そうすれば「私たちはみんな快適に暮らせる」と言い放った。

この手紙はマックスさんの自宅から15分ほど離れた祖母の家に届けられた。父親のジェームズさんによると、マックスさんは週に3~4回、祖母の家を訪れるという。

ジェームズさんは「こんなことを考えるだけでなく、書いて郵送するほど病んでいる人がいるなら、その人こそ危険人物だ。私たちはみんな不安に思っている」と語る。

この手紙は社会の大きな反発を招き、近所の人々は抗議のデモを行った。ジェームズさんによれば、マックスさん本人は何が起きたか正確には分からず、「みんなに注目されて興奮している」という。

 【引用終わり】

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弱者に対する極端な誹謗中傷である。
 30年前の話だが、私の経験である。
 自閉症学級の畑仕事の学習で住宅地にある空き地をある人より好意によって借りていた。
 月に何回かそこに学級の子どもたちを連れて出かけた。
 時々、子どもがいなくてなって探すこともあった。
 仕事に飽きてふらふらと近所を歩き回っていたりしたことも確かにあった。
 そんなに遠くまで行っているわけでなかった。
 近所で問題を起こしたわけでもない。
 ずっとあとから、聞いた話なのだが、自閉症の子どもたちが畑に来ると、近所の人たちは小さい子どもを外に出さないようにしていたという。
 なにかあったら大変と思っていたのだという。
 確かに、ぴょんぴょんはねまわったり、大声上げる子どももいた。
 なにか奇異なものとしてみていたのだろうなあと思う。
 障害に対する理解啓発といっても簡単でない。
 でも、カナダの手紙による「安楽死」まで求めることは行き過ぎなんて言うものじゃない。
 差別解消法ができた。
 法律が適用されなければならない事例が多いことがいい訳でない。
 極端な事例の予防になればいい。
 (ケー)

「障害」 は 「個性」 か

2013年08月22日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第76回目。

 「障がいは個性」とする障がい観について、どう考えるべきか。
 それについて、以下に記されている。
      
*************************************************

【引用始め】
http://www.asai-hiroshi.jp/kosei.html
   
「障害」 は 「個性」 か  2009.12.25

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 総理府編「障害者白書 平成7年版」 (1995.12)は、
 「バリアフリー社会を目指して」と題して、
 社会環境において障害者の生活上の支障となる障壁の1つに
 “障害(者)観”の問題があるとして、
 「障害は個性」という障害者観が広まっていることを取り上げ、
 次のように記されている。

 「我々の中には、気の強い人もいれば弱い人もいる、
 記憶力のいい人もいれば忘れっぽい人もいる、
 歌の上手な人もいれば下手な人もいる。
 これはそれぞれの人の個性、持ち味で、
 それで世の中の人を2つに分けたりはしない。
 同じように障害も個人がもっている個性の1つと捉えると、
 障害のある人とない人といった一つの尺度で
 世の中を二分する必要はなくなる。」

 この白書をめぐっては、賛否を含めいくつかの意見が
 新聞の投書欄に掲載された。

 「障害は個性」ということばには、一人ひとりの違いを認め、
 障害を特別視しないで受け止めようという意味が
 こめられているのでしょうが、
 その点では、なんとなく納得できるような
 妙に説得力のある言葉のようです。
 しかしそれは障害(者)観にかかわる
 重要な問題を提起していると思います。

 なぜなら、「障害」をどのように理解するか、
 「個性」をどのように理解するか、
 ということは教育的支援あるいは発達支援あるいは発達保障などの
 観点からすればとても大切なことだからです。

【引用終わり】

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 障がいを個性とするとらえ方は、へんに納得する面がある。
 目が見えない、耳が聞こえない、手脚が不自由、言葉が不自由、計算ができない等、こうしたことを単なる人との違い、個性とする考えである。
 また、障がいは不便だが、不幸ではないという言い方もある。
 なんかこうした表現も、当事者から見ればオブラートに包んだ一時的な気休めにしか思えない。
 障がいを理解する上で、一般の人にとってはいいのかもしれない。
 障がい者はいつでも、どこでもいるんだということをわかってもらう手立てとして有効である。
 だからこそ、障がい者に対する適切な支援の必要性もわかってもらうのだ。
(ケー) 

手をつなぐ親の会結成に尽力した三木安正の業績

2013年08月21日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第75回目。

 三木安正は、文部省の視学官として知的障害教育施策に大きな業績を残した。
 また、東大教授として知的障害教育研究を常にリードした人物である。
 以下、その業績が記述されている。 
      
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【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage1.html   

日本の障害児(者)の教育・福祉

作成 2012.7.1/更新2013.6.15

日本の障害児・者教育と福祉の原点

 日本の教育や福祉は今、大きな変革期の中にあり、
 混迷した状況もみられます。
 日本の知的障害に関する教育や福祉の原点ともいえる
 滝乃川学園の創設者である石井亮一(1867~1937年)、
 戦後では、近江学園の創設者である糸賀一雄(1914~1968年)や
 旭出学園の創設者である三木安正(1911~1984年)の
 思想や取り組みをあらためてたどってみることの意義は大きいと思います。
 そこには目指すべき考え方の拠りどころとなるものがあるはずです。

◇三木安正(1911~1984)

 1946(昭和21)年に文部省教育研究所所員となり、
 戦後の教育改革における特殊教育部門の基礎資料の作成にあたる。
 1947(昭和22)年に学校教育法が施行され、
 「六・三制」の実施に伴い
 中学における知的障害児の教育の必要性に着目し、
 教育研究所内に実験学級「大崎中学分教場」を設置し、
 数人の研究所員とともに授業を担当。
 この分教場はのちに、東京都立青鳥養護学校(現在の青鳥特別支援学校)に発展。
 間もなく文部省(現在の文部科学省)に転任し、
 戦後の特殊学級の復活・設置促進のため全国をかけめぐり、
 全日本特殊教育研究連盟(現在の全日本特別支援教育研究連盟)を設置し、
 主導的役割を果たした。
 その間、「養護学校学習指導要領」の編成に尽力。
 「手をつなぐ親の会」の結成にも参加。
 その一方において1950(昭和25)年に「旭出学園」を設立。
 旭出学園は、1960(昭和35)年に学校法人旭出学園(東京都練馬区)、
 1972(昭和47)年に社会福祉法人富士旭出学園(静岡県富士宮市)、
 1974(昭和49)年に社会福祉法人大泉旭出学園(東京都練馬区)の
 三つの法人組織に発展し、
 知的障害児・者の教育と福祉の事業を展開し現在に至っている。
 2000(平成12)年に業績に関連する著書や資料等を集めた
 「三木安正記念館」が開設された。

【引用終わり】

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 以上の他に、三木安正は、手をつなぐ親の会結成にも大きな役割を果たした。
 知的障がい児の育児にかかわる母親の役割を分析した研究もある。
 さらに、「養護学校学習指導要領」の編成にも尽力している。
 (ケー) 

この子らを世の光に=糸賀一雄の福祉理念

2013年08月20日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第74回目。

 糸賀一雄は、戦後直ぐ、知的障害児施設「近江学園」(滋賀県)を創設した。
 日本の知的障がい者教育・福祉の先駆者の一人である。
 糸賀について、以下に述べている。
      
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【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage1.html   

日本の障害児(者)の教育・福祉

作成 2012.7.1/更新2013.6.15

日本の障害児・者教育と福祉の原点

 日本の教育や福祉は今、大きな変革期の中にあり、
 混迷した状況もみられます。
 日本の知的障害に関する教育や福祉の原点ともいえる
 滝乃川学園の創設者である石井亮一(1867~1937年)、
 戦後では、近江学園の創設者である糸賀一雄(1914~1968年)や
 旭出学園の創設者である三木安正(1911~1984年)の
 思想や取り組みをあらためてたどってみることの意義は大きいと思います。
 そこには目指すべき考え方の拠りどころとなるものがあるはずです。

◇糸賀一雄 (1914~1968)

 戦後日本の障害児教育・福祉の先駆者として業績を残す。
 1946(昭和21)年、戦後の混乱期の中で、
 知的障害児等の施設「近江学園」(滋賀県)を創設。
 近江学園は、1948(昭和23)年の児童福祉法の施行に伴い
 県立の児童福祉施設となり現在に至る。
 重度の障害児であってもその成長発達は
 保障されなければならないとして
 重症心身障害児・者を単に保護の対象としてではなく、
 発達の主体としてとらえることが大切である
 という思いを「この子らを世の光に」ということばにこめて、
 重症心身障害児の療育に尽力した。
 その精神は現在に受け継がれている。
 著書に「福祉の思想」(NHKブックス67)

【引用終わり】

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 糸賀一雄は、「近江学園」を創設してから、落穂寮、信楽寮、あざみ寮、日向弘済学園などの施設を設立していった。
 さらに、「びわこ学園」(1963年)という重症心身障害児施設を創設している。
 糸賀は次のような言葉を残している。
 「この子らはどんな重い障害をもっていても、
 だれと取り替えることもできない個性的な自己実現をしているものである。
 人間と生まれて、その人なりに人間となっていくのである。
 その自己実現こそが創造であり、生産である。
 私たちの願いは、重症な障害をもったこの子たちも
 立派な生産者であるということを、認め合える社会をつくろうということである。
 『この子らに世の光を』あててやろうという
 哀れみの政策を求めているのではなく、
 この子らが自ら輝く素材そのものであるから、
 いよいよ磨きをかけて輝かそうというのである。
 『この子らを世の光に』である。
 この子らが、生まれながらにしてもっている
 人格発達の権利を徹底的に保障せねばならぬということなのである」
 (「糸賀一雄著作集Ⅲ」より)
 知的障がい者が自ら輝く「世の光に」なることを目指した。
 
 さらに、糸賀は
 「人間と人間が助け合い、受け入れ合う、理解と愛情で結ばれる社会、
 すなわち共感の考え方に支えられた社会」という、理想社会の実現に力を注いだ。
 
 共生社会づくりに一生を捧げた。
 (ケー) 

日本の知的障害に関する教育や福祉の原点=石井亮一

2013年08月19日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第73回目。

 日本の知的障がい教育や福祉は、ごくわずかとはいえ戦前より試みられている。
 その先駆け、滝乃川学園創設者石井亮一の実践は貴重である。
 次を参照。 
      
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【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage1.html   

日本の障害児(者)の教育・福祉

作成 2012.7.1/更新2013.6.15

日本の障害児・者教育と福祉の原点

 日本の教育や福祉は今、大きな変革期の中にあり、
 混迷した状況もみられます。
 日本の知的障害に関する教育や福祉の原点ともいえる
 滝乃川学園の創設者である石井亮一(1867~1937年)、
 戦後では、近江学園の創設者である糸賀一雄(1914~1968年)や
 旭出学園の創設者である三木安正(1911~1984年)の
 思想や取り組みをあらためてたどってみることの意義は大きいと思います。
 そこには目指すべき考え方の拠りどころとなるものがあるはずです。

◇石井亮一 (1867~1937)

 社会事業家であり、日本の障害児(者)教育・福祉の創始者。
 二度にわたり渡米し、故セガンの未亡人からセガンの教育論等を学び、
 滝乃川学園(東京都国立市)を創設し、
 第二次世界大戦以前における知的障害児(者)の教育・福祉の先駆けとなった。
 なお亮一の夫人筆子も滝乃川学園の運営に尽力したことが、
 最近になって映画化されたことで知られるようになった。
 筆子は華族の令嬢で、日本初の海外留学生で、
 津田梅子らとともに日本の近代的女子教育の先駆者でもある。
 結婚して三女を儲けるが、次女を病弱のため生後間もなく亡くし、
 三女と夫も病気で亡くし、長女が知的障害であったことから亮一と出会い再婚、
 滝乃川学園の経営にかかわることになったということである。

【引用終わり】

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 石井亮一は知的障がい者の教育・福祉に大きな貢献をした。
 最初は人身売買で被害を受けた孤児たちの女子教育から始まっている。
 孤児たちの中に知的障がいのある女児がいたことがきっかけで、知的障がいのある人への教育を研究したという。
 米国に渡ってその研究に勤しんだということからその熱心さははかりしれない。
 また、夫人の筆子の助力を得て、当時一流の人たちの援助があったからこそなし得た事業でもあった。
 それだけ清廉潔白、情熱に燃えた人柄であったから多くの人から信頼された。
 石井が創設した滝乃川学園は、教育機能はもちろん、農場、印刷所、さらに研究所や保母養成所などを設置した。
 石井の有名な言葉に次のようなものがある。
 「人は、誰かを支えている時には、自分のことばかり考えるけれど、実は相手からどれだけ恵みをもらっているかは、気づかないものだよ。」
 自分も人から支えられて生きていることを、常に自覚した生き方をしていたのである。
 滝乃川学園の運営は常に財政的に大変だったようだ。
 (ケー) 

近年の障がい児(者)教育及び福祉の改革

2013年08月18日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第72回目。
 
 近年の障がい児教育の改革、福祉施策の改革は著しい。
 特殊教育が特別支援教育となり、福祉分野では措置制度から契約制度に大転換した。
 以下ではその改革が、いかなるものかについて述べている。
      
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【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage1.html   

日本の障害児(者)の教育・福祉

作成 2012.7.1/更新2013.6.15

日本の障害児(者)の教育・福祉の施策 

 戦後に制定された教育基本法と学校教育法により、
 障害児に対する教育は 「特殊教育諸学校」 で行う
「特殊教育」と称されてきましたが、
 平成19年4月1日施行の「学校教育法等の一部を改正する法律」により、
 特殊教育諸学校は 「特別支援学校」 に改められ、
 特殊教育は 「特別支援教育」 に改められて現在に至っています。

 戦後に制定された社会福祉事業法により、
 障害者の生活にかかわる福祉サービスは、
 いわゆる「措置制度」という行政主導の
 「措置」として提供される仕組みが続いてきましたが、
 社会福祉事業法は「社会福祉法」に改正され、
 措置制度はサービスの利用者主体の「契約」により
 提供される仕組みへの転換が図られ現在に至っています。

 しかし障害児(者)の教育や福祉をめぐる問題、
 課題は依然として変わらずに現在に至っています。

 障害児教育の義務制が実施され、そのための学校がつくられ、
 その卒業後をなんとかしたいという親の願いが施設をつくってきたと思います。

 そしてさらに “親亡き後” のことを含めた
 老後への道筋を確保したいという願いが
 施設へのニーズの高まりとなって施設の整備充実が図られてきました。

 したがってその教育・福祉の施策は、
 障害をもつ人を支援するというだけではなく、
 その親・兄弟姉妹等の家族を支援することでもあったわけです。

 障害者の支援においては障害をもつ本人だけでなく、
 その家族等の願いを受け止めることも大切です。
 そこに古くて新しい課題があると思います。

 日本の、これからの障害児・者の教育や福祉を考えるには、
 もう一度、原点に立ち返ってみることが大切ではないかと思います。

 1960年代以降、アメリカや北欧諸国では施設の縮小や解体へと進みますが、
 日本の場合はそれとは逆行して施設中心の施策が進められてきました。
 しかしそれは日本の実情に応える施策だったのです。

 日本には日本の実情を踏まえた日本流の取り組みがあってよいわけです。

【引用終わり】

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 特別支援教育の実施によって、最重度から軽度の障がいのある人まで含めて、個に即した教育の対象となった。
 さらに、特別支援学校の設置によって障がい種別を超えた学校制度ができた。
 どんな障がいがあっても、必要に応じた特別な支援を行うことが制度上できあがったということだ。
 あとは、実際一人ひとりがこうした仕組みをうまく活用しているか。
 あるいは活用しやすくなっているかが問われる。
 
 また、福祉サービスも利用者中心の制度になった。
 利用者が主体的に選択できるようになった。
 でも、福祉サービスのメニューが地域ごと満足いくように準備されているわけでない。
 そうなれば、不本意な福祉サービスで我慢せざるを得ないといった現状もある。
 財政も人材も不足している。
 制度改革が急なためにそれについていけない現状も見られる。
 地域の現状をよく踏まえての前向きな対策を、関係者が一丸となってつくりあげる必要がある。
 うちのところでは、今まで実績がないから、あれもできないこれもできないと利用者に対して平気で言う経営責任者がいる。そんなのは理由にもならないと思わないらしい。
 現状維持で財産を食いつぶしながら、じり貧になっている危機感がない。
 利用者のニーズを踏まえてのサービスづくりが使命なはずだが。
 そういうことができる時代になった認識に欠けている。
 (ケー) 

これからの障がい児(者)の教育や福祉を考える

2013年08月17日 | 福祉用語
 浅井浩氏の以下のホームページに掲載している「福祉」にかかる論述を、ずっと連続して引用している。
 その第71回目。

 戦後、障がいのある人に対する教育と福祉の充実は明らかである。
 教育及び福祉の充実を図る法整備がなされ、個々の対策にも目配りが行き届くようになった。
 しかし、だからこそより一層の充実を図るため、もう一度原点に立ち返って振り返る必要性を、以下で訴えている。
      
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【引用始め】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage1.html   

日本の障害児(者)の教育・福祉

作成 2012.7.1/更新2013.6.15

 日本の障害児(者)の教育・福祉の基盤が整うのは
 戦後になってからです。

 戦後に制定された新しい日本国憲法により
 基本的人権及び国民の生存権、
 国の保障義務、
 教育を受ける権利と受けさせる義務などが定められ、
 教育も福祉もそれなりに充実してきました。

 しかし障害児(者)の教育や福祉をめぐる問題、課題は、
 なぜかあまり変わらないまま現在に至っているのではないでしょうか。

 日本のこれからの障害児(者)の教育や福祉を考えるには、
 もう一度、原点に立ち返ってみることが大切だと思います。

【引用終わり】

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 以上、「障害児(者)の教育や福祉をめぐる問題、課題は、なぜかあまり変わらないまま現在に至っている」というのは、どういうことか。
 障がいある人たちにとって抱える悩みは、時代が変わろうとほとんど変わらない。
 障がいを告知されたときのショック。
 学校を選ぶときの悩み。
 学校の送迎にかかる負担。
 卒業後、適切な働く場や生活の場をどうすべきか悩む。
 GH・CH建設に対する言われなき反対にあう。
 本人たちに対する虐待や差別の事例もなくならない。
 親亡き後、本人の生活保障。
 こうした問題解決にいかに取り組んでいくか、あるいはいかに取り組んできたか。
 それこそ、育成会運動に問われることである。
 個々のケースにきめ細かな対応がなされる必要がある。
 (ケー)