昨日に引き続き「手をつなぐ」5月号より
4月号に、札幌・立川などでの「孤立死事件」についての記事があり
それについて、読者からの投稿がありました。
みなさん(私も含め)つらく、悲しく、悔しく・・・
そして、他人事ではない事だと感じています。
自分自身の孤立死を想像します。
ケアホーム入所中の息子のために、外に向け
社会に向け発言しつづけます。
健常者の方にはわからないことが多いのです。
(70代女性)
子どもと2人だけのときに
「お母さんが倒れたり死んだりしたら
叔母ちゃんの家に行って
助けてくれと言うんやよ」と
言っても、聞こえているのかどうか
まったく理解はできておりません。
これが現実ですね。
(70代女性)
つらい、悲しい、悔しい・・・
何故もっと障害のある人が家族にいる事を
周りに知らせなかったの?
ああ、無理かな・・・
私だって娘が10歳頃まで後ろにかくしていたもの。
外で笑い声が聞こえると、
「あ、うちのことで笑っている」と思っていました。
どんな思いで亡くなったのだろう。
ああ、もっと早く手を差し伸べていたら・・・
ああ、プライバシーって何なの?
こんなこともう2度と起きて欲しくない!
(60代女性)
というような感想が投稿されています。
以前にこのブログでも孤立死について何度か取り上げています。
私の友人たちからも個人的に感想や
思いをメールなどでもらったりしていました。
みなさん、最後の60代女性のように、
子どものしょうがいを他人に悟られたくない
というような気持ちは少なからず経験しています。
でも、子どもの障害を受容し、ある意味開き直り
同じ思いを共有できる友人をみつけ
家族や自分だけで、障害を抱え込まず
人に助けてもらう事を恥じず
助けられ上手になることが必要なのだと
分かるようになってきました。
でも、障害を受容し開き直るまでの間にいる人
または札幌の事件のように
最初は、社会との接点を持っていたのにもかかわらず
どんどん社会との接点を失っていったような事件の場合
どんな救いの手を差し伸べてあげられるのか・・・
なかなか難しい問題ですよね(F)

4月号に、札幌・立川などでの「孤立死事件」についての記事があり
それについて、読者からの投稿がありました。
みなさん(私も含め)つらく、悲しく、悔しく・・・
そして、他人事ではない事だと感じています。
自分自身の孤立死を想像します。
ケアホーム入所中の息子のために、外に向け
社会に向け発言しつづけます。
健常者の方にはわからないことが多いのです。
(70代女性)
子どもと2人だけのときに
「お母さんが倒れたり死んだりしたら
叔母ちゃんの家に行って
助けてくれと言うんやよ」と
言っても、聞こえているのかどうか
まったく理解はできておりません。
これが現実ですね。
(70代女性)
つらい、悲しい、悔しい・・・
何故もっと障害のある人が家族にいる事を
周りに知らせなかったの?
ああ、無理かな・・・
私だって娘が10歳頃まで後ろにかくしていたもの。
外で笑い声が聞こえると、
「あ、うちのことで笑っている」と思っていました。
どんな思いで亡くなったのだろう。
ああ、もっと早く手を差し伸べていたら・・・
ああ、プライバシーって何なの?
こんなこともう2度と起きて欲しくない!
(60代女性)
というような感想が投稿されています。
以前にこのブログでも孤立死について何度か取り上げています。
私の友人たちからも個人的に感想や
思いをメールなどでもらったりしていました。
みなさん、最後の60代女性のように、
子どものしょうがいを他人に悟られたくない
というような気持ちは少なからず経験しています。
でも、子どもの障害を受容し、ある意味開き直り
同じ思いを共有できる友人をみつけ
家族や自分だけで、障害を抱え込まず
人に助けてもらう事を恥じず
助けられ上手になることが必要なのだと
分かるようになってきました。
でも、障害を受容し開き直るまでの間にいる人
または札幌の事件のように
最初は、社会との接点を持っていたのにもかかわらず
どんどん社会との接点を失っていったような事件の場合
どんな救いの手を差し伸べてあげられるのか・・・
なかなか難しい問題ですよね(F)