赤い椅子

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新緑がきれい!

2014-05-12 22:32:00 | ノンジャンル
先日、8日に近所の友人が米原に住む友達を訪ねて行く…というので
一緒に車に乗せてもらって連れてもらうことに~ラッキ―な1日だった!
もう何回か同行させてもらっているので、すっかりお友達である(*^^)v

朝早くに出発し、米原の駅でそのお友達に合流。
予め行きたいところは「蓮華寺」と注文をしていたら案内をしてくれた(^_-)-☆

斎藤茂吉が幼い時から薫陶を受けたという、㝫応和尚が晩年を過ごした寺…
そんな認識しかなくて案内された蓮華寺はすごいお寺であった(^_-)-☆

○ まずは聖徳太子のゆかりの寺…花園天皇より勅願寺院としての命を賜り、
  菊のご紋の立派な勅使門がある。

○ 南北朝古戦場のあと…戦いに敗れた北條仲時以下430余名が、
  この寺にのがれ本堂前庭に於いて自刀をしたらしい。
  時の3代住職同阿上人が深く同情し、その生命と年齢、仮の法名を1巻の
  過去帳に認め、さらに供養の墓碑を建立しその冥福を弔ったという。
  吉川英治の『私本太平記』にも詳しく、広く知れ渡ったそうだ。  

○ 番場の忠太郎の地蔵尊…中山道の宿場町、番場であり、
  街並みにも面影の残る懐かしい通りがある。
  長谷川神の『瞼の母』のお話から地蔵尊が祭られている。



名神高速道路の防壁が興をそいでいるが、立派な勅使門である。
 

12歳という幼子までいたという430名のお墓が木漏れ日を受け痛々しい。

その友人が堺のお寺のお嬢さんだったそうで、よく気がつき志納をしてくれた。
本堂に案内してもらうと、本尊が何と二尊。
本阿弥陀如来像と本尊釈迦如来立像…どちらも鎌倉時代の仏像らしい。

さらに宝物館まで見せていただく。丁寧に説明をしてくれるのは副住職さん?
開山上人である一向上人関係の袈裟や坐像。陸波羅南北過去帳、
茂吉の資料などがさりげなく展示されているのには驚いた。
博物館に行かなければ見れないようなものばかりが…本当にさりげなく(^_-)-☆

晋山式に使われるという珍しい扇のようなものまで聞けば説明をしてくれた。

  

山形県とゆかりが深く、当代の住職も月二回位来られるそうだ。

裏庭の大きな高野槇の木や、一向杉なども座ってゆっくり見せてもらう。
もう少し前なら三つ葉つつじの花がきれいだったそうだが…新緑もよい。



表に出て茂吉の歌碑。「松風の音聞くときは古への聖の如く我は寂しむ」

      

㝫応和尚を訪ねて再三来たという茂吉は、何首も歌を残した。
68歳のお上人は常臥のままはや8年というを見舞ったときの歌である。

「石亀の生める卵をくちなはが待ちわびながらのむとこそ聞け」
この池だろうかと思いながら庭を散策。

「み寺なる朝のいづみに槇の木実青きがあまた落ちしづみけり」

「となり間に常臥しいます上人は茂吉の顔が見えぬといひたまふ」

これらの歌の背景に身を置いて感慨もあり、本当によかった(^-^)

お昼ごはんは米原のローザンベリー多和田でバイキング(^_-)-☆

写真はHPからお借りしました。種類が多くてみんなみんな美味しかった!

 

山の緑がきれいで、ゆっくり散策を楽しんでよい1日を過ごさせてもらった。

コメント (3)
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