妻のひとり旅

2019年05月22日 | Weblog

 

 5月初めは「10連休」のさなかで、その上「改元」さわぎが重なり落ちつかない日々がつづいていた。

そんな喧騒が過ぎての翌々7日に、妻が大阪に行くこととなった。

妻は三人きょうだいの真ん中で、姉が熊本、弟が大阪に住んでいる。その弟の許にきょうだい三人が久しぶりに集まろうと相談がまとまったようなのだ。

大阪の弟宅に寝泊まりして、きょうだい水入らずの日々を何日か過ごすことが前にもしばしばあった。

とくにきょうだいの母上が弟宅で暮らしていた頃には、ひんぱんだったように思う。

戦後の貧しい中、姉と妻は看護師、弟は一級建築士の国家資格を得ることができたのは、学問好きなこのおかぁさんの存在が大きいのだろう。

わたしもわらび座在住時、営業の帰り道に寄らせてもらい、義母の読みさしの本を貰って帰ったものだ。

 

 今回の妻の大阪行きは、1年ぶりでもあろうか、わたしは行くことに大賛成した。

1年半ほど前から、足腰の不調を訴えはじめた妻は、気の合った友人たちとの旅行にも気乗りしなくなった。

最近では杖が手放せなくなり、その杖をよく忘れる。その度にわたしは捜索隊を仰せつかって、車で方々を駆けめぐる。

見方によっては、妻の行動半径は広いということにもなるだろう。

足腰の不調を訴えてでも、女性たちの会議・絵手紙・ヨガ教室・演劇鑑賞・音楽会などいろんなとこへ出かけている。

出かけてはいるが、このところ遠出はしていない。

今春2月、「信州昼神温泉郷」で息子の朗が座長として1ヶ月間の長丁場、昼夜2回の公演を行っていた「和来座」へ、わたしと共に訪れたのは、久方ぶりの遠出であった。

 

 遠出がおっくうになったのは、乗り換えなどに自信がなくなったのではないだろうか。

「姉も行くし、ひさしぶりに大阪へ行こうかな」と云ったとき、ひとりで出かけることに、杞憂し戸惑いを持つ、そんな気分を一掃するにはいい機会ではないか…と大賛成したのだ。

足腰の不調を訴える以前の妻は、「元気者の和枝さん」として何事にも積極的で、挑戦力旺盛な女性であった。

わらび座を辞め看護職に復帰したが、自分の持っている看護技術ではとうてい追いつけないと、40代半ばで看護学校へ入り直した。

10倍もの競争率だったがみごとに合格、バイトで学費を稼ぎながら、3年間の学業を修めたのだ。

看護師だけでは収まりきれず、「ケアマネージャ」の制度が出来るや、その資格を取得すべく猛勉強を始め、難関だった第一回目の資格をとったのは50代になってからだと思う。

仕事関係のみか、昔からカメラを使いこなし、パソコンが大衆化してくると興味を持つ気持ちの先進性もあった。

1998年、秋葉原へでかけ大枚30万円をはたき最新鋭のノートパソコンを購入、説明書を片手に初期設定に挑む。なかなか繋がらない電話をかけて説明を受け、仕事の休みの日にパソコン教室に通う。

カメラもパソコンも携帯電話も妻がやり始めて、しばらく経ってからわたしが後追いするのがわが家のパターンだったのだ。

 

 妻といっしょに歩くと、どちらかというとわたしが遅れがちになり、歩幅はわたしの方が広いのに「くやしいなぁ」と思っていたのは、はや過去の事になってしまった。

加齢とともに腰椎ヘルニアが、立ち上がり・座る時、歩行に影響し「痛さ」を伴う。

それで好きだった旅行も見送るようになり、内向きに暮らすようになってしまったのだ。

自分のもどかしい部分にこだわり、自己に自信がもてなくなりつつあった。

その最たるものは、「名前がなかなか思い出せない」と云うことだ。

わたしは「それは個性だから気にすることない」と云う。なぜならわたしは、「顔音痴」である。その人がその場で収まっていれば、「なになにさん」と認識できるが、ちがう所で会うとさっぱり分からず失礼をする。

今年の正月、ホームセンターへ行き、出会った女性がなにやら親しげな様子であった。わたしは気になりながら行きすぎ、帰ってからもなんとなく胸にたまっていた。

ある日、町会役員の集まりでその人を目撃した。同じ三役でありしばしば顔を合わせていたのに、ホームセンターで会うと分からない。

だから妻が名前を思い出せないのは、癖であり心配ないのだが妻はこだわる。

一念発起、久しぶりに一人旅をすれば、気分も晴れ自信がよみがえるにちがいない。

 

姉さんと新大阪駅で落ち合う時間を決め、それを元に列車を特定した妻のスケジュールを作成。

松戸駅に向かうバス時間や、松戸駅から東京駅までの乗り替えや到着時間をきめ細かに定めた。

 

妻からメールが入った。

……ただいま静岡県を電車は走っています。いまトンネルからぬけました。ずいぶん久方ぶりの汽車の旅です。田んぼはところどころ水がはってあります。明るい日射しです…

 

 

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