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元歌手・佐良直美さんと考える「殺処分ゼロ」の裏側

2022-11-29 06:04:43 | 新聞記事・Webニュース・テレビ・書籍・ブログなど

元歌手・佐良直美さんと考える「殺処分ゼロ」の裏側
 過密な保護施設で犬同士の咬傷事故死も

2022年11月14日(月)  

元歌手で日本レコード大賞受賞者の佐良直美さん(77)は栃木県那須塩原市で家庭犬しつけ教室を運営しつつ、動物愛護活動にも取り組んでいる。
このところの日課になっているのが野犬への餌付けだ。
朝と昼の2回、野犬が出没する森に出かけ、犬たちの名前を呼びながらエサを置いてくる。
佐良さんが運営するアニマルファンスィアーズクラブ(AFC)を訪ねて、その理由を聞いてみた。
犬や猫が人間と幸せに暮らすための環境はどうやったら整うのか?
行政の収容施設での「殺処分ゼロ」を実現するだけでは決して解決しない問題に真剣に向き合う時期が来ているようだ。
(ジャーナリスト・樫原弘志)


トレーニングセンターの佐良直美さん(筆者撮影)

◆「保護して、子どもを増やさない」
朝の8時と昼の2時、佐良さんは、スタッフとともにAFCから30分ほど離れた森に向かう。
別荘地として分譲された場所だが、どこにあるかは作業に関わるスタッフ以外には教えない。
いろんな人がやってくると犬が警戒して姿を消してしまう恐れがあるからだ。
現場につくや否や、スタッフがエサを入れる器を回収し、新しいエサを盛り付ける。
佐良さんは大きな声で犬たちの名前を呼ぶ。
現場付近で確認できているのは2021年秋生まれのオス、メスのきょうだい犬2頭と、別家族のもう2頭だ。
佐良さんのチームは今年夏、現場付近で生後間もない子犬8頭を保護した。
母犬の保護には失敗、母犬はそれ以来、姿を消した。
「子どもたちが連れていかれたからさぞ悲しかったのだと思う」と佐良さんは子犬と一緒に保護できなかったことを悔やむ。
昨秋生まれの雌雄2頭のきょうだいは子犬たちのお兄さん、お姉さん犬だ。
「エサをくれる人だとわかっているし、車もわかっている。でも絶対に近くに寄ってこない。タテ社会だから上からの命令には絶対服従ですからね、母親が近寄るなと言ったら近寄らない」
野犬を見つけた人が栃木県に相談すれば、県は捕獲箱くらい設置してくれるだろう。
しかし、それ以上のことは期待できない。
だからだろうか、佐良さんのところにも野犬の目撃者から野犬を捕獲して欲しいという相談が入る。
野犬がいったい何頭いるのかはわからない。
確実につかまるかどうかもわからない。
だからといって手をこまぬいていていい問題ではない。
「やはり、保護して、子どもを増やさないこと。捕獲して(不妊去勢)手術してあげれば、そのぶん繁殖させないで済むわけですから」 佐良さんはそう語る。

◆里親を探すか終生世話をするか
飼い主のいない犬や猫が「かわいそうだ」という気持ちでエサやりを生きがいにする人たちもいるが、エサを与えた犬や猫を保護して、里親探しを含めてその後の世話をしない人が大半だ。
保護して、繁殖させない手術をして、里親を探すか終生世話をするという点で佐良さんの試みは動物愛護の王道を行く試みといってよい。
AFCに保護された8頭の子犬たちは早朝5時過ぎから夜11時過ぎまで当番スタッフたちが入れ替わりで世話をし、順調に育った。
家庭犬しつけ教室として使う広いトレーニングルームにも犬舎から車で運ばれ、毎日1時間程度、先輩犬と遊んだりして犬社会のルールを身に着ける訓練も受けた。
「この犬たちが野犬のまま繁殖を繰り返していたら大変な数の犬に増えていくのは目に見えている。母犬には申し訳ないけど、子犬たちだけでも保護できてよかったと思う」 (佐良さん)
2012年の動物愛護管理法改正で、犬や猫を引き取った都道府県など自治体には返還や譲渡に努力義務が課せられることになって、多くの自治体が「殺処分ゼロ」を目標に掲げ、殺処分が激減する契機になった。
2012年度の犬猫の殺処分数16万1847頭(殺処分率77.3%)は2020年度に同2万3764頭(同32.8%)まで減っている。
特に犬の場合、譲渡適性があるのに里親を探せないなどの理由で殺処分されたケースは保健所を運営する都道府県・政令市など127団体のうち21団体、合計642頭残るものの、東京都、大阪府・市など106団体は狭い意味での殺処分ゼロをすでに実現している。
半面、難しい問題として残っているのが野犬対策で、全国でどのくらいの数が放浪、徘徊しているか狂犬病予防法を所管する厚生労働省や都道府県の保健所もつかんでいない。
野犬の群れが生息する場所として全国的に有名な山口県周南市の周南緑地公園付近では、最近も野犬に自家用車が傷つけられるなどの被害が表面化した。
広島県でも動物愛護センターに収容される犬(2021年度1101頭)のうち1028頭、実に93%は飼い主のいない野良犬で、その多くは野犬化した雑種の犬だ。
動物保護活動に取り組む地元広島や関西のNPO法人が収容犬を大量に引き出していくため、2016年度以降、犬の殺処分ゼロが続いているものの、高水準の野犬の繁殖→捕獲・引き取り→引き出しの循環には終止符を打てないままだ。
引き出すNPOの側も収容施設、スタッフ、運営資金の確保に四苦八苦している。

◆過密状態の結果、犬同士の咬傷事故死
佐良さんのAFCがある栃木県の隣、茨城県でも収容される犬はほとんどが雑種、野犬といっていい犬たちだ。
収容数がどんどん膨らんで、県動物指導センターの収容施設が過密状態になり、犬同士の咬傷事故死がこの夏に発生した。
1頭ずつ収容する犬房が不足して、新しく収容した犬を群れの中に入れてしまったことが原因だとみられる。
譲渡に向かない犬であってもできるだけ殺処分を回避するという県動物指導センターの方針が裏目に出た。
中央環境審議会動物愛護部会が2018年12月にまとめた「動物愛護管理をめぐる主な課題への対応について(論点整理)」の中で、環境省は動物の健康保持の観点から「(収容)数が多すぎると殺処分がありえるのではないか」とする見解も示している。
命を救おうと思っていても過密収容が解消できなければ動物にとっても大きなストレスとなる。
動物愛護どころか虐待になりかねないリスクと隣り合わせなのだ。
山口県は譲渡を促進するため、訪問初日であっても免許証などによる身元確認など簡単な手続きで里親に犬猫を引き渡している。
収容動物の健康チェックが不十分なまま西日本地域での感染例が多いとされるバベシア症など感染症を全国にばらまく原因になりかねない。
また、野犬は人間を怖がり、逃げ出すチャンスをうかがっているため、逸走事件が後を絶たない。
野犬の里親になったものの飼い続けることができなくなった人から野犬を引き取る2次保護団体を筆者も訪ねたことがある。
主宰者は「女優たちがSNSで拡散したためか、安易な気持ちで野犬の里親になる人が多い」と嘆いていた。
佐良さんは野犬の譲渡には非常に慎重だ。
まずは自分のスタッフ、そして親しい獣医師からの紹介。
犬猫の扱いにある程度の経験がある人でなければ渡さない。
「3歳になるとどんな犬でも本性が出てきます。私はその本性をみていない。そこが心配なところです。いろんなアドバイスもあげられないし、アドバイスをあげられたとしても、いま見ていることと、先をみていないからこの先どんな感じになるかという話ができないんですよ」
人間とかかわりのないところで生まれ、育ってきた犬の特性は佐良さんにもわからない。
だから一緒に研究してくれるような気持ちの飼い主でなければ安心して引き渡せないというわけだ。
佐良さん自身も飼い主として、家庭犬インストラクターとしての経験の中で、重篤な病気の犬や攻撃的でしつけ困難な犬の安楽死の場面を見てきた。
なにがなんでも「殺処分ゼロ」でなければならないかのような風潮には懐疑的だ。
野犬もそのもとをたどれば、人間が野に放ってしまった犬たちだ。
その責任は人間にある。
だから誰しも救いたいという気持ちにかられる。
佐良さんが野犬の餌付けを試みるのは、だれよりも野犬を救いたい気持ちが強いからだ。
しかし、殺処分ゼロのために譲渡適性の判断を軽視していると、飼い主も犬も不幸になる場合がある。
そのことも動物との共生を考えるとき、頭に入れておく必要があるようだ。

【取材協力】
佐良直美さんプロフィール
1945年東京生まれ、日本大学芸術学部卒。幼少期から動物に囲まれて育ち、小学生時代に乗馬も始める。16歳からジャズを学び、1967年「世界は二人のために」で歌手デビューし、日本レコード大賞新人賞を受賞。69年「いいじゃないの幸せならば」でレコード大賞受賞。1983年に那須に移住し、家庭犬インストラクターに。93年にAFCを設立し、動物と人間の幸せな生き方を広めるため家庭犬しつけ教室の運営など教育、啓発活動に取り組んでいる。

【画像】ホームセンターで社会化訓練

【筆者】樫原弘志
1958年広島県生まれ、日本経済新聞社にて経済部、国際部、地方部などに所属。シンガポール、大分、千葉の各支局長、編集委員、日経グローカル研究員などを歴任し、現在、フリーランス(日本記者クラブ個人会員)経済、金融、地方創生、農漁業、動物愛護などを幅広くカバーしている。

弁護士ドットコムニュース編集部

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