老人ホームの前で鳴いていた子猫 「住み込みスタッフ」に
2018年7月15日(日) sippo(朝日新聞)
炎天下、捨てられた子猫は鳴き続けた。
3日目、抱き上げられ、入れてもらったのは、大きなおうち。
そこには、おばあちゃんがいっぱいいて、犬も猫もいた。
北房総の「小江戸」と呼ばれ、古い街並みが人気を集める、水郷の町「佐原」。
グループホーム「じゅらく」は、町の賑わいから離れた緑豊かな日当たりのいい場所に建っている。
6月のある朝、出勤してきたスタッフが、ホーム前の植え込みから、子猫の必死な鳴き声がするのを聞きつけた。
生まれてひと月ほどのハチワレの子猫が、そこにいた。
保護直後の福丸(写真提供=じゅらく)
スタッフに拾われて
ふわっとした毛並みだが、抱き上げると、かなり痩せている。
鳴き疲れて声もガラガラに枯れていた。
近所の人の話によると「3日前からどこからか鳴き声がしていた」そうだから、捨てられて鳴きながらさまよっていたに違いない。
見つけてもらわなかったら、脱水で命を落とすところだった。
その子を抱いて出勤したスタッフは、理事長に「ホームで飼えないものか」と相談をした。
返ってきたのは、「いいですよ」という穏やかな声だった。
「じゅらく」は、この町で年を重ねてきた方たちが、少人数で和気あいあいと老後を暮らす、アットホームな施設だ。現在は女性9人が入居している。
入居者の健康が第一だから、子猫はすぐに獣医さんで健康診断を受けた。
ときたまあることではあるが、背骨が1本足りないので胴体がちょっと短いことが判明したが、あとは問題なし。
「福丸」というめでたい名をもらい、ホームの子になった。
ここにはすでに犬1匹、猫1匹の先輩スタッフがいた。
サロンでくつろぐ、モモときらら
先輩のスタッフ2匹
温厚そのものの犬・モモちゃんは、このホームが建った時にもらわれてきたから、もう16歳のおばあちゃん犬だ。
白内障が進み、耳も遠くなっているが、足腰は達者で、毎朝の散歩は欠かさない。
のんびりおっとりと振る舞い、もっぱら癒し担当。サロン片隅での寝姿は、入居者の口元を緩ませている。
三毛猫のきららちゃんは、ちょうど2年前の七夕の次の朝に、生後2か月くらいでやって来た。
スタッフとモモちゃんが裏の林道を散歩中、ニャアニャアとモモちゃんの足にまとわりつき、そのままホームまでついて来た押しかけ猫スタッフである。
このときも、理事長さんの答えは「いいですよ」だった。
きららちゃんは恩返しのつもりなのか、非常に仕事熱心だ。
たいていはサロンに常駐しているが、入居者の起床や就寝時には、介添えをするスタッフと共に部屋を巡回する。
猫は好きではなかったという入居者からも「きららちゃん、おはよう」と声をかけられるようにもなった。
毎朝の林道散歩に必ず同行するほど、モモちゃんとも仲がいい。
入居者に安心して抱かれる福丸
お年寄りの心を癒やす
理事長の石井禎子さんは、市内で代々続く内科医院の院長夫人で、現役の婦長さんでもある。
暮らし慣れたこの町で、よりよい老後を迎えてもらいたいと、福祉医療に心を砕いてきた。
このホームのモットーは、「愛され、尊ばれることのない命は、ひとつもない」である。
ホームに犬や猫がいることの意義を伺った。
「この町で暮らしてきた入居者の方たちにとっては、そばに犬や猫がいるのは、あたり前の日常風景だったと思うんです。ここでの生活がその延長であればいいな、と。動物の柔らかな毛を撫でると心が穏やかになりますし、庇護すべき小さな命がそばにあると張り合いが生まれます。犬や猫と暮らすことは、笑顔や発語が増え、認知症が進むのを抑えるなど、大きなセラピー効果があります。もっともっと、犬や猫のいるホームが増えるといいですね。衛生面などの配慮をしっかりすれば、こうして楽しく家族として暮らせるのですから」
「こっちへおいで」と猫好きから両手を差しのべられる
猫スタッフの素質充分
さて、保護されて2週間め。新入り福丸くんはどうしているかといえば・・・。
おっかなびっくり、みんながくつろぐサロンを初めて訪問中。
「ここにおいで」と、入居者さんたちを喜ばせていた。抱かれてじっとしているので、猫スタッフの素質は充分だ。
モモちゃんは、鷹揚に新入りを迎え入れたが、きららちゃんは、「何なの、この子。どっからきたの」と、気になってたまらない様子。
お互い「シャァ」「シャァ」とけん制し合いながらも、距離を縮めている。
要介護の方たちは、ともすれば無感動・無表情になりがちだ。
だが、ときに愛らしく、ときにずっこけたしぐさをする犬や猫たちは、窓から吹き込むそよ風のように、入居者の方たちの心を毎日楽しく揺らしているようだった。
きらら姉さんに猫スタッフとしての心得を叩きこまれた福丸くんが、姉さんの後をついて各部屋を巡回する日も、そう遠くはないだろう。
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