和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

澄んだ川水を。

2021-12-20 | 本棚並べ
水をくむ。
ということで、もう一冊思い浮かぶ本がありました。

柳田国男著「故郷七十年」(朝日選書)。
そのはじまりの方に、利根川のことが出てきて
鮮やかな印象が残っておりました。
さっそく、ひらき確認してみる。
途中から引用していきます。

「さて益子から南流する小貝川は泥沼から来るので、
利根に合流すると穢(きたな)くもあるし、臭くもなってしまう。

ただ一つ鬼怒川だけは、実にきれいな水の流れであった。
奥日光から来るその水は、利根川に合流しても濁らなかった。

舟から見ても、ここは鬼怒川の落ち水だという部分が、
実にくっきりと分かれていてよく判る。利根川の真中よりは
千葉県の方へ寄った所に、鬼怒川の流れがある。

布佐の方ではあまり喧しくいわないのに、布川では、
親の日とか先祖の日には、このきれいな鬼怒川の水をくみに行った。

布川は古い町なので、一軒々々小さな舟を持っていて、
普段は使わないで岸に繋いでおくが、こういうものの日には
小舟で行ってくんできて、その水でお茶をのむことにしていた。

普段は我慢して、布川の方へ寄って流れている上州の水を
のんでいるのである。上州の水が豊かに流れているその南側を
小貝川の水が流れ、それを通り越して千葉県によった所に、
鬼怒川の流れが、二間幅か三間幅に流れているのであった。

布川のこの小舟は、向う岸に渡るためのでもなく、
上の村と下の村とをつなぐものでもなかったらしく、
ただ『お茶のお舟』として、澄んだ川水をくむだけにあった。
・・・・」(目次の4番目「布川時代」の最後にあります)


この本は、昭和32年に語られた昔話だそうです。
鎌田久子さんの朝日選書の最後の説明によると、

「・・嘉治氏というこの上ない恵まれた聴き手を得て、
『語り』の真髄を発揮された。氏の巧みな誘い水に導き出されて、
60年前、70年の昔にかえられた先生は、いつも最後には、どうも
今日は私一人喋りすぎてと言いわけめいた挨拶をされたものである。
・・・・」(p409)


うん。『お茶のお舟』というのがいいですね。
お気楽にいえば、今なら、名水を車で遠出して汲んできて、
その水でコーヒーをいれてみるというイメージでしょうか。
利根川が氾濫した際に、使われる舟だったのかもしれないなあ。
などと思ってみたり。

はい。だいぶ前に読んだのですが、

『ただ一つ鬼怒川だけは、実にきれいな水の流れであった。
奥日光から来るその水は、利根川に合流しても濁らなかった。』

という箇所などは、一読忘れがたいものがあります。



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2 コメント

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おはようございます(^^♪ (のり)
2021-12-21 07:57:54
隣町の利根町には柳田国男が一時期住んでいた関係で「柳田国男記念館」があります。 布川、利根川、小貝川など・・・すべて身近なところにあります。
「お茶のお舟」ということは初めて知りました。
返信する
おはようございます。 (和田浦海岸)
2021-12-21 08:32:59
おはようございます。
のりさん。

だいぶ前に読んだ本なのですが、
この箇所は、印象が鮮やかでした。
さて、のりさんにも、この場面が
刻まれるとしたら、引用し甲斐が
あったというものです。
返信する

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