和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

消防団員。

2012-03-25 | 短文紹介
産経新聞の産経抄は、石井英夫さんの頃からの読者でした。
そのころから、ああ、ほれぼれするなあ、と思っていたのは、
同じ産経新聞に掲載されたコラムを取り上げる際の、
すっきりとした見識の手際でした。
これは、他紙にはないのじゃないかなあ。
などと石井英夫さんがコラムニストの時に思っておりました。
そういう、よき気風が、いまも散見できるのは、
産経抄を読む喜びです。

さてっと、前置きが長くなりました。
今日3月25日の産経抄は、その半分をつかって
曽野綾子さんの文を紹介しておりました。
その引用です。はじまりから

「曽野綾子さんが一昨日の1面コラム『小さな親切、大きなお世話』で、カトリックの修道院について書かれておられた。かつては『自由がなく、この世の快楽や便利とはおよそ無縁の生き方を選ぶ場所』だった。それでもそこに暮らす人は『充実感をもって生きていた』という。ところが第2バチカン公会議以来『開かれた教会』が叫ばれてきた。その結果修道院も厳しい規則が取り除かれるようになり、個人の希望もかなえられる所が増えた。するとその頃から修道士や修道女を志願する人が減ってきたのだそうだ。目から鱗の思いがした。修道士も修道女も、俗世界の欲求を断ち神からの使命に従ったからこそ、高貴な生き方として尊敬を集めた。それが俗世界と変わらない生活をし、欲求も入れられるようになっては、もう憧れの対象ではなくなりつつあるらしい。現代の日本では自衛隊や警察、消防などがそれに近い存在といえる。・・・・」

話題をかえます。
雑誌WILL5月号の「蒟蒻問答第72回」で堤尭さんが、最初に喋りはじめておりました。

「大震災からちょうど一年の三月十一日、国立劇場で政府主催の追悼式が行われた。天皇がお言葉を述べられたが、その一節に曰く、『一年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ二万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。そのなかには消防団員をはじめ、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません』
俺はこれを聞いて、『自衛隊も出してほしかったなぁ』と思ったよ。震災直後のお言葉では、『自衛隊、警察、消防、海上保安庁をはじめとする・・・』と真っ先に挙げられた。今回もそうしてほしかったなあ、と。・・・」

うん。私の意見はちがいます。
平成23年3月16日の天皇陛下のお言葉は、「現在、国を挙げての救援活動が進められています・・」と語られる中で、そのつぎに
「自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国から救援のために来日した人々、国内のさまざまな救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います。」
とあったのでした。
その3月16日のお言葉のなかには、「消防団員」という固有の言葉はなかった。
今度の追悼式では「救助や防災活動に従事して命を落とされた多くの人々」と語るまっさきに消防団員という言葉を入れられていたことに、私は思い至ります。

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