和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

一生に。遭えるか遭えんか。

2022-02-13 | 地震
だいぶ前に、古本で買ってあった
笠井一子『京の大工棟梁と七人の職人衆』(草思社・1999年)。
はい。帯付きでカバーもきれいで200円でした。

やっと、読み頃をむかえた感じです。
はじまりが、中村外二(なかむらそとじ)さん。
中村さん(1906年~1997年)は、数寄屋大工。
はい。この中村さんの箇所をパラパラとめくってみました。
はじめに、仕事場で墨付けをする中村さんの写真。
それに経歴があり、その下には、小さい字で、
「自己紹介のときは相手や場所を選ばず『大工の中村です』」。

この中村さんへのインタビューとなっております。
はじまりは『はい、大工の中村です。・・・・・』
これから引用したいのは、台風と大工のことです。

「・・わたしは、もうすぐ90やからね、
この間、米寿の祝いをしてもろたんですわ。
いや、そらもう、大工の人生、七、八十年のうちには
いろんなことがありますよ。今でも笑えませんでぇ・・・」
(p13)

こうして、台風のことを語るのですが、その後に
弟子を怒って、叱るのに、こう指摘するのでした。

「そんなもんね、人の一生にいっぺん遭えるか遭えんかわからん
台風でしょう。そんないい経験はまたとないことですよ。
そうそう、そうや、千載一遇の経験でしょう。」

それでは明治39年生れの中村さんは、
どのような台風に遭遇したのか。

「室戸(むろと)台風ていう関西を襲ったひどい台風があったんですよ。
戦争よりずと前やった。( 昭和9年9月21日、四国、関西を襲い、
 校舎の倒壊が多く、教員・児童の死者が694人にのぼる )。

西陣小学校なんか何十人もいっぺんに死んだんですよ。
先生が体育館へみんな集めたら、そこだけバサッとつぶれよった。

とくに京都はひどかった。そのとき、わたしは、
太閤さんのお土居(どい・土の防壁)のてっぺんに
二階建の建前(たてまえ)をしとったんですよ。
下からの強い風がお土居にぶつかるんです。高いからねぇ、
上に何もあらへんのやから。そのときにこの建物がつぶれたら、
わしはもうこれで一生、大工は終わりやなと思うた。

ぐるりに下小屋(作業場)とか仮設の事務所とか建ってますわな。
それがみんな吹っ飛んでしもたんやから、
お土居の下のほうの建物なんか、いっぱい倒壊しとったからね、
・・それでも、わしがやっとった住宅だけはどうもなかった。
屋根の瓦はパーッと飛んでしもたけど、壁はついとったし・・・

現場にですか。ああ、おった、おった。
若い時分やから朝から晩まで詰めとった。
いや、離れられませんでぇ。・・・・・

もし、これがつぶれたら中村は台なしやと思うて
気が気でないもん。そばに竹藪がちょっとありましてね、
そこに潜んでジーッと見とるよりしょうがないや。

そら大変ですよ。怖うてしがみついとる。
何が飛んでくるかわからんから。・・・・・・・・

それでもまあ、建前していた住宅だけはなんとか残った。
それだけ構造がちゃんとしとったからね。
仕口(しくち)が丈夫にしてあるってことです。
仕口というのは木と木の接合部分です。

木をなるべく傷めんように、一本の木のようにするために、
できるだけ深く強くからめたいんや。
わしは雪国の富山のやり方でやっとったから、そら、ビクともせんもの。

まだ、京都へ来たばかりのころですよ。
やっぱりね、実際にそういう経験がないと、
いくら言うてもなかなかわからんのや。

そんな大きな台風みたいなもん、一生にいっぺん、
あるかないかやから。そやで、そういう経験は大切なことですよ。」
 (p15~16)


はい。こういう引用をしちゃうのは、どうしてか?
『一生にいっぺん、あるかないかやから』を
小説やドラマなら何回も見直すことができるのでした。

幸田露伴著『五重塔』の、クライマックスは
人物の葛藤のあとで天災・大嵐の場面でした。

『其の三十一』から、それははじまっておりました。
塔が出来上がります。

「いで落成の式あらば我偈(げ)を作らむ文を作らむ、
我歌をよみ詩を作(な)して頌(しょう)せむ讃せむ
詠ぜむ記せむと、各々互に語り合ひしは欲のみならぬ
人間の情の、やさしくもまた殊勝なるに引替へ、

測り難きは天の心・・・・
夜半の鐘の音の曇って平日(つね)には似つかず
耳にきたなく聞こえしがそもそも、
漸々(ぜんぜん)あやしき風吹き出(いだ)して・・・
雨戸のがたつく響き烈しくなりまさり、
闇に揉まるる松柏(しょうはく)の梢(こずえ)に
天魔の号(さけ)びものすごく・・・・・」
( 岩波文庫「五重塔」P103~104)

こうして小説『五重塔』は最終の
嵐の描写へ、すすんでおりました。






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