南千住から北千住
かつて、多くの旅人が行き交う宿場町として発展してきた北千住。この街には、その旧街道に沿っていくつもの商店街が延びている。
「北千住」駅西口を出て、最初に見えてくるのが「きたろーど1010」。その少し南側に位置するのが「千住本町商店街」で昔ながらの商店街が
細く長く続いている。
商店街では「くらしに役立つ本町センター」をモットーに、おもてなしの心を大切にした商店街づくりを心がけつつ路地裏文化を育てている。
利用者は、近隣住民や「千住の宿」の史跡巡りの観光客だ。この通りでは、7月の「足立の花火」と連動したイベントなども企画され、当日は大
変賑わう。また、防犯カメラも設置されており、街の安心安全にも取り組んでいる。
この縁日は閻魔大王の御開帳に合わせて催されるもので、赤門寺の正式名称は「三宮神山大鷲院勝専寺」というそうです。
山門が赤いことから赤門寺と呼ばれています。
勝専寺の説明文をざっくりと解説すると京都知恩院を本山とするお寺で、寺伝では文応元年(1260年)に勝蓮社専阿上人を開山、新井正
勝を開基(寺院を創立した僧)とし創建されました。
江戸時代はここに徳川家の御殿が造営され秀忠、家光、家綱の利用もあり、さらには日光門主の本陣(平たくは大名等の宿舎)御用(利用
された)を勤めた等、千住宿の拠点となっていました。
なお勝専寺にある木造千手観音像は千住の地名の起源のひとつとされており、開基新井正勝が荒川から引き上げたものとされています。
アマリリスは花径10~20cmもある鮮やかな色の花を、すっと立ち上がる太い茎に咲かせます。1株でもインパクトがあり、鉢植えや花壇、ある
いは切り花として利用されています。
球根が多く出回るのは2月から3月で、鉢植えで育てれば1か月半~2か月後に花が咲きます。また、オランダ産の鉢植え株が秋に販売され
ることもあり、これを室内で育てれば、2か月後には花を楽しむことができます。
場所は旧日光街道と北千住駅西口駅前通の交差点より北へ約200mの旧日光街道沿いです。旧日光街道に面していることからサンロード
といい、また千住宿本陣があった事から宿場町通りといいます。本陣があった事からもわかるように旧千住宿の中心でした。
商店会が結成されたのは昭和25年5月で、「五の日会商店会」といいました。
昭和52年現在の「北千住サンロード商店街振興組合」となり法人化しました。昭和63年カラー舗装・街路灯・アーチの立替を行いまた平成
25年度に街路灯のLED化に伴う立替を行いました。毎年街道まつりを実施しております。これと夏冬のプレゼントセールが通年行事です。
吉田絵馬屋は現在の吉田晁子さんで8代目にあたります。千住宿内や近郊農村の人びとに絵馬や地口行灯に貼る絵紙、ビラの製作を生業
としてきました。吉田家の絵馬は経木に絵を描き、屋根を付けた小絵馬を得意としています。眼病平癒を願う「薬師(向かい目)」や学業成就
を願う「天神」など図柄は40種類余りあります。地口絵紙は江戸時代に始まった、語呂合わせやダジャレを絵とともに描いたものです。
地口絵紙は購入者が別に用意した直方体に組んだ枠に貼り付けて地口行灯に仕上げられ、祭礼の時に神社や参道などに飾られました。
製作者吉田晁子さんは、昭和57年(1982)に足立区登録無形民俗文化財保持者となり、昭和60年(1985)には吉田家絵馬資料が登録有形文
化財となりました。
北千住駅の北側、サンロード商店街の外れにある。こちらの建物は木造二階建てで、安政2年(1855年)に建てられ、その後改修されたもの
ほぼ建築当初の姿を保っているとのことである。残念ながら内部は見れなかったが、細格子造りなどが素敵でありまた綺麗に保存されている
ことに感心した。お勧めの点は、貴重な江戸時代の建物を実際に見ることができること、入口が地面より下がった位置にあることや格子の窓が
あるなど当時の建築の特徴を理解できること、江戸時代横山家の人々が地漉き紙問屋を営んでいたことを楽しく想像できること、建物横に詳し
い図面入りの説明板などがあり地元の人々が今もこの住宅を大切に思っていることが理解できること、駅から徒歩で行けることである。
(千住ほんちょう商店街~北千住サンロード商店街 : 東京都足立区 2012.05.26 撮影)