ぼけヴォケ!

認知症患者と介護家族はいかにしてボケツッコミスキルを入手したか。
慢性骨髄性白血病発症。目指せ分子遺伝子学的寛解維持。

散髪。

2009-03-21 | Weblog
家の桜がほころび始めた。
五月下旬のような陽気というが、あたたかいというよりはむしろ暑い。
加齢と共に減少する脳細胞を死滅から少しでも救おうと。
髪の毛を切ることにした。
二月にすってんころりんとこけた時にどたまをぶつけずにすんだ髪ではあるが。


店の人「どのくらい切りますか?」


ワタクシメ「おまかせします。似合う髪にしてください」


……我ながら、ヤな客である。


とはいえ、店の人も結構剛胆であった。
悩んだわりには、大胆にレザーを使い、春らしい軽さに仕上げてもらった。
周囲にもなかなか好評である。


だがしかし。
ショートにすると、五月人形みたいな顔になるのはどうなんだ自分。

猿。

2009-03-20 | Weblog
ワタクシメの現在の職場は、動物に関する事柄も扱っている。
だからといって、猿を扱うというのは珍しすぎる。

突然、一匹の猿が住宅地で発見されたのがことの起こりである。
近くには小学校もある。
動物とみれば手出しをするのが子どもの習性だが、下手に手を出すのは危険だ。
猿の牙は結構太い。野生であれば、どんな細菌が付着しているかもわからぬ。
ひっかかれたり、噛みつかれたりしたらどんなことになるやら。

一時は、児童を集団下校させる騒ぎとなった。

追われる猿はその後も防風林を突破し、海岸伝いに一日で10㎞以上移動したが、とうとう捕獲された。
三連休返上で走り回らねばならぬのを覚悟していた職場の人も、ほっと一息ついたのは五時をまわったころであった。

わんこ……?

2009-03-19 | Weblog
食事時のBooじーちゃ。ときたら。
味噌汁椀でも、ご飯の皿でも一度持ったら離そうとしない。
しかたがないので、おかずのたぐいは、ご飯の上に盛りつけておく。
おとんさまは、ごていねいにご飯とおかずをほっくりほっくり混ぜてあげることもあるが、それもゆえないことではない。
Booじーちゃ。は、上から食べ始めるため、最後にはおかずも味噌汁もなしで、ご飯だけをすすりこむことも多いからだ。

だが、そんなまだるっこしいことはしてらんないとばかりにおかんさま。
単品のおかずだけを乗せておくことにしたらしい。


例によって例のごとく、食器を掴んだら離さないBooじーちゃ。
乗せられたおかずを全部食べ終わり。ご飯にとりかかったところで。

おかんさま、別のおかずをBooじーちゃ。のお皿に再度投入。

これをくりかえすことで、おかず→ごはん→おかず→ごはん、のサイクルになる。らしい。
考えましたな、おかんさま。


しかし。この風景、どっかで見たことあるよなーと思っていたら。
わんこそばによく似ていることに気がついた。
無理矢理風味に食べさせようとしているところとか。

困惑。

2009-03-18 | Weblog
Booじーちゃ。は、認知症治療のため、月に一回ほど通院している。
Booじーちゃ。が、大好きなのはデイサービスだけでない。
認知症については県内でも屈指の名医と言われる(らしい)、I先生も大好きなのである。

嬉々として診察を受けるBooじーちゃ。

I先生「最近どうですか。何か困ったことはありませんか?」

認知症の症状が悪化すると、日常生活を送るのが格段に難しくなる。
このような問診により、症状の進行具合を測り、治療にフィードバックするのだが。

Booじーちゃ。「はぁ、お金のないのに困っとります!」

I先生「そうですか。それは困りましたね。どのくらいお金が必要ですか?」

Booじーちゃ。「はあ、五万ほど」

I先生「五万ですか。それを何に使いますか?」

Booじーちゃ。「は。まんじゅうを買います!」


笑い話のようだが実話である。
おかんさまなどは、「何一つ不自由させていることもないのに、食べるものも食べさせていないようなことを言って」とせつながるのだが。


笑えない認知症の症状例は、病院の待合室にいるだけで、いやというほど聞こえてくるものだ。
「お財布がない!お金がない!」と、家族を泥棒扱いしたり。
使用済みのオムツを自分で外してしまい、見えないようにしようとしてか、炊飯ジャーのなかに入れてしまったり。
そんな、なんともいいがたい、重篤な例に比べたら、実害なぞないに等しいじゃござんせんか。


……それにしても。
なぜにまんじゅうなのか、Booじーちゃ。

洗髪。

2009-03-17 | Weblog
あねうえどのの片手にイボができた。
Booじーちゃ。かかりつけの、例の外科医のせんせーに治療してもらうことに。
イボに薬を塗り、きっちりと防水絆創膏で覆ったのち。
「しばらく、濡らさないようにね」

片手が濡らせないというのを口実に、洗い物をしなくなったのは、まあしかたがない。
問題はお風呂である。
片手では、身体を洗うことも、髪の毛を洗うこともままならぬ。


仕方がないので手を貸すことにした。
やってみてわかったことだが、他人の頭というものは酷く洗いにくいものだ。
自分の頭なら、手の力にあわせて無意識にでも首に力を入れ、頭を自然と固定しているものなのだが。
首が手の力に負けると、頭がふらふらして洗いにくいことこの上ない。


あねうえどの「おかんさまなみの腕力だね♪」

やかましい。


球体というのはそれだけでもひどく固定しにくいものである。
片手に乗せる格好になれば一応は固定できるが、めちゃくちゃ不安定なことには変わりない。


そういえば、ボーリングの球は、指三本できちんと固定できるよな…。
穴に指でもつっこんどけばいいのか。


……鼻の穴にでも?


体験しないと物事の大変さというのは実感できない。
世の中の母親と介護に携わる人々すべてを尊敬した出来事であった。