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SLE
※SLEとはステキなレディーがなるエレガントな病気である。

ストローを噛まない子ども

2006-02-03 18:42:00 | ☆日記・随筆☆
ストローを噛むという行為は子どもがよくして大人に怒られる行為の代表みたいなものだが、私はストローを噛まない子どもだった。
もう一つ言えば、爪も噛んだことがない。
別に歯が弱い子どもだったわけではない。
みんなと同じことをするのがイヤだっただけだ。

小学校低学年の給食でみんなが牛乳のストローを噛んでいるのを見て、絶対自分はやらないと心に誓った。
なんでみんなストローを噛むのだろう。
どうせ怒られるし、はっきり言って無駄な労力だ。
やめればいいのに、みんな噛んでいる。
私には不思議で仕方なかった。
「ストローは噛む」という子どもの中の常識に一人で立ち向かって反抗していたのだ。

大人になって「ちっちゃい頃ってストロー噛んでたよね~」という話で盛り上がることがあるが、私にはその話はついていけない。
しかも私が「噛んだことない」というと、誰も信じてもらえず私はなんと嘘つきよばわりされるのだ。
こんな純粋無垢で嘘をつかない私を嘘つきよばわりとはなんて失礼な話だ。
これは「子どもの頃は爪を噛む」という話題でも全く同じ現象が起こり、私は嘘つきよばわりされる。
それほどこの二つの癖は子どもにとって常識的なものらしい。
この癖を二つともしたことがないというのは、私は間違いなくひねくれ者だったといえる。
と、過去形にしてみたが、今もひねくれ者だ。
「三つ子の魂百まで」
子どもの頃からひねくれ者だったからこそ、今の私ありだ。

ひねくれ者だからこそ、難病になっても自分は幸せだと言い張り、子どもが産めなくなるなら結婚なんてめんどくさいものだと思ってしまうのだ。
正直、語学の勉強も「語学をものにするなら留学!」という一つの常識に立ち向かって反抗しているのかもしれない。
それに反抗することに何か利点があるのかといわれると何もないが、ひねくれ者は常識に反抗するのが好きなのだ。
そうか、このお気楽超楽観的闘病&勉強ライフは私がストローを噛まない子どもだったことが原点なのかもしれない。
だからひねくれ者でいいのだ。
さあ、私のことをひねくれ者と呼んでくれ。
ひねくれ者、万歳。
そしてまた自分がひねくれ者であることを万歳と言っていることが非常にひねくれている。