こだわりの生活

ヒゲオヤジの何でもやってみよう、見てみよう挑戦日記

捨てられない!

2007-03-03 10:07:17 | 日常生活

世の中には要らなくなったものを捨てられないという人が結構いる。

大半がモノのない時代に育ったから捨てられないとか、思い出があるからとか、その内使う予定があるからとかがその理由だ。

つまり、本人にとってみれば”要らないもの”ではなく、”必要なもの”だから捨てられるハズがないというわけだ。

その究極の姿が時々マスコミを賑わすゴミ屋敷の主ということになる。

悪臭漂うゴミ屋敷の主はなぜか男である事が多く、見るからにただのゴミなのに、捨てることを嫌がる。

しかも自分のゴミだけでなく、他所から集めてるから、その量も半端じゃない。

うず高く集めたゴミを眺めては一人悦に入っているのだろうが、近所の人は迷惑なこと限りない。

近隣住民の苦情により、行政が介入して、本人の了承を取り付けた上で一斉撤去となるわけだが、その時ですら、「これはダメ!使えるから。」とゴミ屋敷の主が個別に注文をつけて、すかさず清掃業者に「じゃ、何に使うの?」と切り返されて「・・・・・・・」 と無言になってしまう事があるくらいだ。

そんな光景をテレビで見たことがある。

程度の差こそあれ、捨てられないモノの本質はそのゴミの主と業者との会話に代表されているような気がする。

だが、私は捨て魔で捨てる事に何の躊躇もない。

捨てられないという人の気持ちが逆に理解できない、というより気持ちは理解できるが使わないものをいつまでも所有してられないといった方が正しいかもしれない。

むしろ、要らないと即決して捨てて、後から使うハメになって後悔してしまうようなタイプなのだ。

使わなければ捨てる、極めて簡単な事である。

モノによっては多少の思い出はあるが、使わなくなったものなら、むしろ潔く捨てる事で過去をスパッと断ち切れるような快感さえ覚えるくらいだ。

そうやって家の中をいつでもクリーンにしたいのだが、そうもいかないのが実情だ。

敵は家族にいる、カミさんも息子もなかなか捨てないのだ。

捨てたくてウズウズしている私にとって、ただのゴミにしか見えない家族の所有物を横目でイライラしながら見つめる毎日。

捨てたい捨てたい捨てたーい!

心の中で叫び続ける日々である。

勝手に捨てて、ケンカになったこともあるし、大事な書類を捨てて私が青くなったこともある。

必要なものか、そうでないかは所有している本人にしか分らない。

一々聞きまわって、捨てさせるのも楽じゃないし、嫌だと断られることも多々ある。

納得できない事と折り合いをつけて歩んでいく人生と同じようなものである。

だから、”捨てられない”のだ。