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TypeR日記

愛車ホンダ・インテグラTYPE-Rと、車全般、海外旅行、京都の美味しいものについて綴ってまいります!

日本自動車博物館より(52)トヨタ・クラウン

2009-08-03 | 自動車博物館

Photo_3日本自動車博物館」からの車のご紹介の第52回目。

日産・セドリック」、「プリンス・グロリア」と来れば、次はこの車しかありません。

トヨタの「クラウン」です。

写真は、その初代から4代目(左上→右上の順)。

3代目までは「トヨペット・クラウン」として販売されていました。

そして、4代目は個性的デザイン。

ただ、そのために法人向けの販売が激減したようです。

その手の話は9代目(1991年~)でもあったことが懐かしいですね。

※後期型でビッグマイナーチェンジ。

それにしても、こうやって見ると、初代が一番、デザイン的に凝っているような気がします。

きっと、まだ、外車の影響が大きかったのでしょう。

逆に言えば、その後は日本人向けの国内専用モデルとしての地位を確立していったのだと思いますね。


日本自動車博物館より(51)プリンス・2代目グロリア

2009-08-02 | 自動車博物館

2日本自動車博物館」からの車のご紹介の第51回目。

昨日の「日産・セドリック」から、再び、「プリンス・グロリア」に戻ってきました。

写真の車は2代目のモデルです。

何か、「初代グロリア」よりも、昨日の「日産・セドリック(初代・後期型)」とデザインの共通性が多いように思います。

日本自動車博物館」では、ナンバープレートの数値が製造年を示すようになっていますが、これら両車が同じ年の製造であることから、当時のデザインテイストがこの辺りにあったように思います。

ボディカラーも似ていますが、この色が流行っていたのでしょうね!


日本自動車博物館より(50)日産・セドリック

2009-08-01 | 自動車博物館

Photo_6日本自動車博物館」からの車のご紹介の第50回目。

昨日は「プリンス・グロリア」でしたから、今日は、当然、「日産・セドリック」です。

写真の車は初代(1960~1965年)のもの。

上が前期型で縦型のデュアルライト、下は後期型で横2連のライトと、今でいうビッグマイナーチェンジですね。

当初、用意されたエンジンは、ガソリンが直4の1.5L、1.9L、直6の2.8L、ディーゼルは直4の2L。

この時代に直6を用意しているあたりは、「セドリック」という車の位置付けを表しており、ユーザーも高級車として、受け入れたであろうことが伺えます。

この車の登場までは、日産は英国オースチンの車をノックダウン生産していましたから、国産高級車の幕開けは、この頃ということになるのでしょうね。

ちなみに「フーガ」に引き継ぐまでの間、「グロリア」は11世代、「セドリック」は10世代を経ています。

スタートは別メーカーの車だったので、当然と言えば、その通りですが。。。


日本自動車博物館より(49)プリンス・グロリア

2009-07-31 | 自動車博物館

Photo_4日本自動車博物館」からの車のご紹介の第49回目。

今回は「プリンス・グロリア」。

プリンス自動車は1947年から1966年までは独立したメーカーでしたが、その後、日産自動車と合併しました。

そして、車は「日産・グロリア」として「セドリック」の兄弟車となり、プリンス自動車の流れをくむプリンス店で販売されました。

さらに、その後、店舗名の撤廃や車名の変更があり、今は「フーガ」となっています。

写真の車は、その初代のもの。

1959~1963年に販売され、車体等は、これも当時、プリンス自動車のブランドであった「初代スカイライン」と共通の部分が多いです。

直4の1.9L-OHVエンジンを積み、最高速度は135km/hでした。

上記の通り、この後、「セドリック」の兄弟車ともなりますが、それは4代目から。

※3代目は車名のみ「日産・グロリア」。

私は9代目となる「Y32型」に乗っていましたが、V6-3Lターボで255ps。

豪快なハイパワーセダンでした。

この時期の日産車(シーマ、スカイライン、プリメーラ、シルビア/180SX等々)は、どれもハンドリングに優れており、「グロリア」もリアが流れても、すぐにカウンターを当てれば、とてもコントロールがしやすかったです。

現行の「フーガ」は先にレンタカーで乗りましたが、大排気量のエンジンパワーにより余裕の走りを提供してくれます。

この部分、さらに高級感は初代から現代にわたるキーワードなのでしょうね。

フーガ」のインプレッションの記事はこちらのアドレスよりどうぞ。

http://blog.goo.ne.jp/typyr-nikki/d/20090520


日本自動車博物館より(48)ホンダ・1300クーペ

2009-07-30 | 自動車博物館

1300ddac日本自動車博物館」からの車のご紹介の第48回目。

今回は「ホンダ・1300クーペ」、前回の「ホンダ・1300」の派生車です。

ベース車の発売から遅れること1年、1970年に追加されました。

デザインは大幅にスタイリッシュに変更され、遠くから見ても、この車であることがアピール可能。

派生車のあるべき位置付けを明確にしたと思います。

ベース車の事情もあって、1代限りとなりましたが、今のホンダ車とは明らかに異なるデザインは印象的ですね。


日本自動車博物館より(47)ホンダ・1300

2009-07-29 | 自動車博物館

77日本自動車博物館」からの車のご紹介の第47回目。

今日は、「ホンダ・1300」です。

この車は1969年、ホンダ初の4ドアセダンとして発表されました。

最大の特徴は、DDACと呼ばれるエンジン冷却システムを持つこと。

これは、この車の空冷エンジンを冷やすために、エンジン内部に冷却水用通路を備える状態。

ただ、そのおかげでエンジンは肥大化し、ハンドリング等、車全体への影響すらあったため、販売面でも苦労をしました。

後に、クーペが追加されたり、弱点を補強して、次世代型にバトンタッチをしたりと、この車のあたりから、現在の「車づくり」の基本的なルールが決まっていったような気がします。

この車は販売面では振るわなかったとのことですが、そういう点では財産を残してくれたのだと思いますね。


日本自動車博物館より(46)イスズ・ベレル

2009-07-28 | 自動車博物館

Photo日本自動車博物館」からの車のご紹介の第46回目。

今日は、イスズの「ベレル」をご紹介。

当時のトヨタ・クラウン日産・セドリックプリンス・グロリア等をライバルと想定して企画された車です。

が、予定通りの販売結果は得られず、一代限りの車となってしまいました。

販売は1962年から1967年ですが、前期と後期でデザインが大きく異なりますね(写真は上が前期、下が後期)。

また、ディーゼルを搭載した量産乗用車は、この車が日本初となります。

このエンジンは同社の「エルフ」に使用されていたものです。

当時のディーゼルは振動等も多く、乗用車とのマッチングは良くなかったようですね。

ただし、この後の同社の努力がディーゼル・エンジンの発展に寄与したことは言うまでもありません。

この車は、時代に対し、少し早すぎたのかも知れませんね。


日本自動車博物館より(45)イスズ・117クーペ

2009-07-27 | 自動車博物館

117日本自動車博物館」からの車のご紹介の第45回目。

今日は、イスズの「117クーペ」です。

この車は、1968年から1981年にかけて販売されたもので、その間、ビッグマイナーチェンジを2度、行い、商品力をキープしてきました。

その中でも1968~1972年の初期モデルは「昭和の名車」にも数えられます。

写真の車両ですが、1977年生産の再後発モデル。

ライト形状等が、ある意味、無難にまとめられているような気がしますね。

このあたりは、やはり、初代の心意気を示して欲しかったように思います。


日本自動車博物館より(44)イスズ・アスカ

2009-07-26 | 自動車博物館

Photo日本自動車博物館」からの車のご紹介の第44回目。

昨日はイスズの「ジェミニ」でしたから、今日は「アスカ」(初代)です。

こちらの車も初代は世界に兄弟車を持ち、それ以降は国産車のOEM供給。

ただし、「ジェミニ」とは多少、事情が異なっていて、2代目はスバルの「レガシィ」、3代目、4代目はホンダの「アコード」の供給を受けています。

このあたり、それぞれで、「どちらが良かった」といった選択の理由等もあったと思いますが、ここは致し方ないところですね。

あと、この車には「NAVi-5」という機構が初めて搭載されました。

これは、あくまでも通常のMTのクラッチを機械によって切り替えさせるという、クラッチレスMTで、トルクコンバータを持つATとは異なります。

実は友人が乗っていた、「2代目ジェミニ」にも搭載されていたので、実物も知っていますが、何かクラッチも操作せずに、ガチャガチャとギアを変えていたのが印象的です。

当時の技術は制御の緻密さに欠けており、時代的にATがどんどんとよくなってきたので、結局は、そちらに押し切られてしまいましたが、面白い発想であったと思います。

今後も色々な技術が出ては、取捨選択がされるでしょうが、その中でこそ、長きに渡り利用される技術も出てくるのでしょうから、車好きとしても、積極的に経験をしていこうと思います!


日本自動車博物館より(43)イスズ・ジェミニ

2009-07-25 | 自動車博物館

1975日本自動車博物館」からの車のご紹介。

今日からはイスズの車を見ていきましょう。

第43回目ということですが、写真の車は「ジェミニ」(初代・前期型/1974年~)です。

この車は、協力関係のGMグループの「オペル・カデット」をベースに開発されています。

デザインはフロントの「逆スラント・ノーズ+丸目2灯」が有名ですが、これは、1977年に「角目2灯」に、さらに1979年には「スラント・ノーズ+角目2灯」と変更されます。

※1979年より後期型の扱い。

ジェミニ」と言えば、アクロバティックなテレビCMが有名でしたが、それは、この次に発売された2代目(1985年~)。

さらに3代目(1990年~)を経た後、ホンダの「ドマーニ」のOEM車である、4代目(1993年~)、5代目(1997年~)を販売し、現在はイスズが乗用車から撤退しています。

5代目は以前、写真付きで記事を書いておりますので、下記アドレスよりどうぞ。

http://blog.goo.ne.jp/typyr-nikki/d/20090202


日本自動車博物館より(42)マツダ・コスモ

2009-07-24 | 自動車博物館

L1日本自動車博物館」からの車のご紹介。

第42回目はマツダのラストということで「コスモ」です。

コスモ」と言えば、初代が有名。

近未来的なデザインで多くの人の心をとらえ、「名車」として数えられます。

また、私の世代だと、4代目である「ユーノス・コスモ」に馴染みがあります。

で、写真の車ですが、2代目のもの。

このモデルは1975年から販売され、2種類のロータリーエンジン(12A、13B)の他、レシプロエンジン(1800cc、2000cc)の搭載車も設定されていたため、ボンネットも高く、初代で見られたスタイリッシュな雰囲気は失われました。

歴代の中では、最も質実剛健なデザイン。

しかしながら、ロータリーを積んだモデルは存在した訳で、「羊の皮を被った狼」的な楽しみ方が出来たのではないかと想像します。

今は販売がストップしている「コスモ」ですが、「RX-7」と共に復活を願いたいと思います。


日本自動車博物館より(41)マツダ・初代キャロル

2009-07-23 | 自動車博物館

1967日本自動車博物館」からの車のご紹介。

第41回目は前回からの流れで「初代キャロル」を。

この車は当時、東洋工業という社名であった現マツダが開発したもので、初のセダンタイプの軽自動車でもあります。

エンジンは360cc。

これをリアに置き、後輪を駆動するRR方式を採用しています。

また、排気量を600ccまでアップした小型車扱いの「キャロル600」もあります。

※当時の軽自動車規格は360cc以下。

この車は1962年~1970年まで発売され、その後はスズキとの関係から生じた後継車が跡を継ぎました。

2代目(1989年~)、3代目(1995年~)は、スズキの技術を利用したオリジナルモデル、

4代目(1998年~)、5代目(2004年~)は、スズキの「アルト」のOEM供給車です。

コストを考えれば仕方のないところですが、デザインに何かマツダのオリジナル要素を盛り込んでもらえると嬉しいですね!


日本自動車博物館より(40)マツダ・シャンテ

2009-07-22 | 自動車博物館

Photo日本自動車博物館」からの車のご紹介。

第40回目もマツダ車を。

マツダ・シャンテ」です。

1972年より発売された車で、「初代キャロル」の後継車との位置付け。

エンジンは水冷2気筒2サイクルエンジン(35ps/6500rpm)です。

当初はシングルローターのロータリーエンジンを積む計画もあったそうですが、実現はしなかったようです。

車重は490kg。

3m未満のコンパクトなボディにロングホイールベースを組み合わせ、サイズの割に広い室内を実現しました。

この考え方は現代風ですね!


日本自動車博物館より(39)マツダ・ルーチェ・ロータリークーペ

2009-07-21 | 自動車博物館

Photo日本自動車博物館」からの車のご紹介。

第39回目は「マツダ・ルーチェ・ロータリークーペ」。

昨日と同様、マツダのロータリーエンジン搭載車です。

エンジンは12A(655cc×2ローター)と呼ばれるタイプのもので、126psを発生します。

また、トピックスとしては、マツダ初のFF車ということもあります。

「ロータリー+前輪駆動」というと、凄く珍しい組み合わせのように感じますが、当時のマツダが模索していた「ロータリーの可能性」ということを感じずにはいられませんね。

ちなみにこの車、開発コードは「RX87」となります。


日本自動車博物館より(38)マツダ・カペラ・ロータリー

2009-07-20 | 自動車博物館

1_2日本自動車博物館」からの車のご紹介。

第38回目は「マツダ・カペラ・ロータリー」です。

今でこそ、「RX-8」にしか搭載されないロータリーエンジンですが、かつては、複数の車種に設定されていました。

この車は「カペラ」の初代モデルであり、エンジンはロータリー(12A)の他、通常のレシプロエンジン(直4-1.6L)も設定されました。

ロータリーの性能は、120ps/6500rpm、16.0kgm/3500rpm と、当時の日本車の中では高性能で、最高速度は190km/hに達したそうです。

カペラ」は、この後、2代目モデルでも、ロータリーとレシプロエンジンを共に設定した後、3代目以降はレシプロのみとなりました。

そして、紆余曲折を経て、「アテンザ」にバトンタッチをする訳ですが、「カペラ・ロータリー」というのは、ある意味、「アテンザ」にロータリーを積んだようなもの、とも考えられ、ちょっと楽しそうな気もします。

一方で、現代の車の車重やコストのことを考えれば、「アテンザ」には直4ターボが合っているような気がしますので、「ロードスター+ロータリー」なんかに期待をしてしまいますね。