tyokutaka

タイトルは、私の名前の音読みで、小さい頃、ある方が見事に間違って発音したところからいただきました。

「豊臣秀吉」の肖像画

2005年04月21日 23時40分42秒 | ニュース
「有名な」お城の一つ、大阪城で「秀吉の貌(かお) 変遷するイメージ」展を行っている。これも新聞で読んだ話だ。

大阪城は10年以上ご無沙汰だ。近くを通ることもあるけど、遠目に眺めるだけ。お城が好きで、時間があったらのぼることもある。東京へ行ったときは、学会の会期中だったけど、これをさぼって江戸城を見てきたこともあった。あそこは皇室の持ち物だから、中に入るには許可証というか、札みたいなものを渡される。帰るときはこれを事務所みたいなところへ返す。本当に建物がなくて、昔の櫓があって、火事で燃えた天守閣の石垣があっただけ。ここにのぼって空を拝んだその結果、
「東京には空がない」
という、どっかで聞いた結論に達した。それはいい。

豊臣秀吉の肖像画は、全部で80点以上あるとか。その全部が全部同じ顔を書いている訳ではない。我々が教科書で見た独特の冠(李氏朝鮮時代の高官位といわれる)をかぶった肖像画から束帯を着た肖像画、普通のチョンマゲの肖像画などがある。やせた老人のような顔が多いのだが、新聞にも書かれていたように野心に満ちた、太った肖像画も存在する。

昨日のブログにも書いたように、絵は、描き手のまなざしの帰結点でもあるから、豊臣秀吉という人物に対する書き手の心情を表しているともいえる。でも、新聞の絵を見るとそれほど悪く描かれているようにも思えない。最後は典型的な大阪のおっちゃんだったのか?

中国の明の創始者、洪武帝の肖像画ほど全く異なった人物を描いているものはない。一つは温厚な老人だが、もう一つは典型的な三白眼であごの尖った、醜悪な人相の人物である。もっとも、彼は幼い頃、天然痘にかかり、その後遺症が顔に出ていたが、それを描いているのが後者の方だから、歴史家のほとんどは、こちらが真実だろうと言っている。写真を参考にしてほしい(出典:藤井千之助『総合世界史図表』第一学習社 1993年)

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