Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

読めない地名

2006-04-25 07:53:00 | 歴史から学ぶ
 長野市の西側から大町市にいたる地域は、長野から西にあるということもあって「西山」といわれている。小川村もその地域に含まれるが、そこの出身の同僚がこんなことを言った。小川村に「成就」という地名があるという。読み方は「じょうじゅう」というらしい。ある試験でこの漢字の読み仮名をつけなさい、という問題があったら、小川村出身の人たちはみんな「じょうじゅう」と書いて間違えたという。そんな笑い話なのだが、地名というものはなかなか読めないものが多い。雰囲気でなんとなく読めて「○○と読むんですか」と聞くこともあるが、その回答を聞いて「なるほど」と思うものもあれば「えっ!」と思うようなものもある。

 長野県でも南信、とりわけ下伊那地方には独特な読み仮名の地名が多い。泰阜村という村が南端に近いところにある。田中康夫が住民票をこの村に移したいといってダダをこねた村だ。この村を含めて近在には、なかなか面白い地名が多い。もちろん「泰阜」(やすおか)という字もなかなか読みにくいかもしれない。

 天竜川と万古(まんご)川の合流地点南、泰阜村から天龍村に入ったところに「為栗」というところがある。JR飯田線にも「為栗」という無人駅があるが、「してぐり」と呼ぶ。「栗」という字には「えぐる」という意味があるらしい。そして「為」は「水」を意味するようで「しと(湿)」の変化だという。ここから水にえぐられた地を意味するようだ。行っていただくとわかるが、そう説明されると、天竜川にえぐられた地だとわかる。その為栗駅の北に「温田」という駅がある。この字もすぐにはなかなか読めない。「ぬくた」という。いかにも温かそうな名前である。

 泰阜村の北側に「鍬不取」というちころがある。意外に簡単に読めるかもしれないが、けっこう「不取」を充てた地名は他にもあるのかもしれない。「くわ」という語源は、「くり」と同様に地形からきたもののようで、崖のようなところを指すといい、「くえ」る(崩)の変化という。漢字の「鍬」は当て字のようだ。「くわとらず」なんていうといかにも桑園がたくさんあったころの時代に相応しているようだが、語源はまったく違うというわけだ。その鍬不取の近くに「怒田」というところがある。仕事で以前よく訪れたが、普通に読めば「ぬた」でよいわけで、それが正しい。しかし、盛んにわたしは呼び方を変えて「おこった」とよく読んでいた。もちろん不正な呼び方なのだが、知らない人に「ぬた」と言っても漢字のイメージがわかないため、「怒る田」と書くんだ、とよく説明したことを覚えている。この地名の語源も地形からきたもののようで、沼田や泥地という意味だという。

 さらに泰阜の北の端に「金野」というところがある。地図にも、そして人の言うにもだいたい「きんの」と普通に呼ぶのだが、たとえば「金野伝承」を語るこの地と関係深い上伊那郡中川村大草では、「オヤカタさまだった金野家は、天竜川を下ったところの金野に行って再興した」という。このときの「金野」を「きんのう」と「う」を付けて伸ばして発音する。けっこう「きんの」と「の」を刻んで発音するよりも「のう」と伸ばして訛りが現れるケースは多い。冒頭の「じょうじゅう」も同じパターンなのだ。

 泰阜の北、飯田市竜江に「雲母」というところがある。普通なら「うんも」なのだろうが、「きらら」という。飯田市へ入ってもなかなか変わった地名は多い。「安戸」と書いて「やすんど」、「朝臣」と書いて「あっそ」などである。

 余談であるが、少し離れて駒ヶ根市に「女体」というところがある。なかなか悩ましい字を充てているが、字を充てる場合にどういう意図があったのかは、なかなか解明できないものが多い。ここで紹介した地名については、松崎岩夫氏の「伊那地方の地名」や「長野県の地名その由来」などを参考にしたが、それらのなかでもこの「女体」に触れてさまざまな視点で説こうと試みているが、納得できる説明はなかなかしずらいようだ。読みと字は必ずしも同一の意味を持っているとは限らないわけで、今伝わっている漢字だけではとうてい判明しがたいことが多いことにも気がつく。

 
 息子が新学年に進んで、新しい先生がやってくると、必ず読みにくい名前の人はいて先生が困るという。息子のクラスでもある姓の女の子と、息子の名前がなかなか読めないという。普通に読むと間違えてしまう女の子の姓と、戸惑う息子の漢字名。「そんな難しい名前を付けるな」と言われそうだが、漢字そのものはまったく難しいものではない。
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