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2011.6.1~。大津波、宮古市、鍬ヶ崎復興計画。陸中宮古への硬派のオマージュ。
 藤田幸右 管理人

石巻市は上告か? → 議会は上告可決!

2018年05月09日 | 大川小学校(訴訟)

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<大川小訴訟>石巻市議会、上告議案を賛成多数で可決

  東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審を巡り、市議会(定数30)は8日の臨時会で、仙台高裁判決を不服として市が提出した上告提起の議案を賛成多数で可決した。市は期限の10日までに上告する。県も市の対応に同調する見通し。 


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<大川小訴訟>予見可能「納得できぬ」 石巻市長、不満あらわ

5/8(火) 9:39配信

亀山市長は上告を決断、8日に臨時市議会に同調を求めた。
(記事内容略)

 

 

[関連記事] 石巻市は上告断念か (?)        2018.5.3 

 

 

 


 

亀山石巻市長の中に、二審判決の解釈をめぐって諸事実認定とは別に裁判長(小川浩裁判長)と異なるある喰い違いがあるのではないかと河北新報は伝えている=下記記事=。それは事前に予見すべき津波が東日本大震災の津波であるのか、2004年に想定されていた宮城沖地震の津波かの違いである。石巻市長は判決を前者の津波と(誤解)して「納得できない」と不満である。自らの無作為は大津波でも洗浄されなかったと言うべきである。

沿岸自治体の責任範囲が厳しくなる

この問題が大事なのは今次諸訴訟(「想定外」マター)に大きな影響を与えると同時に、将来の津波が「想定内」「想定外」に拘らずに事前準備・事前対策を問題にする諸行政訴訟に多大な影響をあたえるからである。今は3.11被災自治体の首長は「想定外」にあぐらをかいている。L2津波の無視によって無用な防潮堤建設を無条件で容認し、避難道の位置づけや見える化など避難という事の条件軽視など、津波対策に無反省であるといえる。

上告の可否、判決如何に拘らず、津波防災で今後前提にするべきは東日本大震災津波の現実である事を確認する。 

5/8 ブログ管理人

 


 

 

5/8 [関連記事] = 解説

 

<大川小訴訟>判決解釈広がる誤解 津波予見、高裁は宮城県沖地震で判断

 

 

 

津波の予見可能性に関する判決骨子
 

 石巻市大川小津波訴訟で7日、亀山紘市長が上告方針を表明し、審理の舞台は最高裁に移る可能性が出てきた。8日に開かれる市議会臨時会での関連議案の審議を前に、控訴審で大きな争点となった「震災前に津波の危険を予見できたかどうか」について、高裁判決のポイントを整理する。(大川小事故取材班)

 亀山市長は報道各社の取材に「事前に東日本大震災を本当に予見できたのだろうか。皆さんにも聞きたい。われわれには想定できなかった大災害だ」と強調。主な上告理由についても「東日本大震災は想定外だった」との認識を示した。
 ただ、判決は「大川小校長らが予見すべき対象は東日本大震災の津波ではなく、2004年に想定された『宮城県沖地震』(マグニチュード8.0)で生じる津波」と明言している。予見すべき津波を巡り、亀山市長の認識と判決文には食い違いがあり、インターネット上にも同じような誤解が広がっている。
 判決は、宮城県沖地震が起きた場合、近くの北上川堤防が揺れで沈下したり、遡上(そじょう)津波で壊れたりする危険があったと指摘。地震や津波で堤防が壊れた事例は震災前にも複数あり、さまざまな文献などでこれまでも紹介されていた。
 高裁は「校長らに必要とされる知識や経験は住民の平均よりはるかに高いレベルでなければならない」とした上で、「詳細に検討すれば、大川小が津波浸水予想区域外だとしても、津波の危険を予見することは十分できた」と結論付けた。
 判決は、危険を認識できた以上、校長らには宮城県沖地震に備える安全上の義務があったのに、避難場所さえ決めていなかったことを学校の過失と認定した。
 亀山市長は8日の市議会本会議で上告理由を説明する。司法が判断の大前提とした「予見すべき地震」は東日本大震災ではなく、高い確率で起きると言われ続けてきた宮城県沖地震であることを改めて確認する必要がありそうだ。

2018年05月08日火曜日
 

 

 

 

 

5/9 大解説

 

この問題はだれもが未来の事を思って考えている。早く事案の過去から足を洗って未来のステージに立ちたいと考えている。

待っていただきたい。そうはいかないのだ。問題は未来にも影を落とす深刻この上ない問題としてわれわれみんなの前に提起されているのである。ちょっとしばらく過去の舞台に留まっていただきたい。

まず市長の憤りの理由。判決の対象津波が東日本大震災だと誤解している。論外である。「事前に東日本大震災を本当に予見できたのだろうか。皆さんにも聞きたい。われわれには想定できなかった大災害だ」と平気でウソをついている。誤解ではなかった。出来ればこの「想定外」の東日本大震災を慮って世論の同情をを得たいと思っているのだ。裁判枠外での確信的世論操作を狙っている。

天災のほとんどは予見不可能だ。3.11の時点で東日本大震災とその規模を想定していた人はほとんどいない。裁判は手触りの無いもの手触りの不十分なものは対象にしない、また判断の媒介(手段、証拠)にもしない。3.11時点以前では共通認識のあった宮城県沖地震の津波を対象にし、媒介にする事は当然とはいえ明敏な事であった。社会がそこを中心にして津波の規模を予見し、準備・対策がとられていた事は明らかであるからである。自治体にとっては神明の義務でさえあった。もし(例えば岩手県沿岸のように)宮城沖地震がまだ共通認識になっていない地域では当然にも昭和津波、明治津波の実績が認識の対象であり媒介になる津波となる。そこが裁判の前提的基準といえる。

で、石巻市、宮城県、国などが本当にずるいのは、その想定津波の予見や対策や準備を徹底させないで、東日本大震災を自分らの無作為の結果合理化する手段や口実に導入してくるところである。今回の石巻市の上告がそれである。

過去の判断(判決)は、事態がその通りに進んだのだから仕方がない、宮城県沖津波や、昭和津波、明治の津波の対策を徹底させるところ、つまりその対策が、大川小学校、教育委員会を含めて石巻市で出来ていたかどうかというところである。出来ていればこのような惨事は起こらなかった。怠っていたのである。今急いで具体的な事はいわないが、沿岸自治体のほとんどの首長、教育長、校長など自治体行政経営者はこの件で肝を冷やし冷汗をかくべきなのである。

ちょっと過去を振り返る裁判でこうである。一般に、宮城県沖地震、昭和津波、明治津波、その後の最新気象現象や予知や知見やデータを(バカにしないで使命感をもって)徹底させていれば東日本の災禍も大幅に削減されていた事である。その事が如何程だったかを問うばかりである。その責任を問うばかりである。

 

 

そして、過去ではなく白日の今後の事を思えば「東日本大震災」の一連の規模、被災、波及、知見、データ、個々の議論まで、全てが、全ての「予見」の根拠になるのである。さあ、ステージは大きく変わっている。まさに「東日本大震災」がこれからの全ての前提になる!!という事である。これはあたりまえにして革新的な事である。徹底した調査、データ、検証の素材になるのは「東日本大震災」であり、自然災害の組織的防災の巨大な存在理由がそこに移っている。その広がりが未来復興の出発点となる。

忘れないうちに結論の1〜2だけを言っておくが、L1津波/L2津波の区別だては虚妄であり、防潮堤は復興のまやかしであるということだ。前者は津波発生間隔と津波規模を分かりにくくごちゃごちゃにして人々を思考停止させ津波の健全な知識を阻害している。後者の防潮堤は、海を見えなくするだけでなく、肝心の防災効果も検証されていない。3.11以前の設計思想、技術、施工ノウハウが無反省のまま震災後に再現されているからである。これらの虚偽・停滞を「東日本大震災」の現実は受けつけない。石巻市のように意識の転換を出来ずに旧態依然に留まろうとする勢力はこうしてまだはびこっている。まずは言訳の言辞に惑わされない事だ。

 

5/9 ブログ管理人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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