goo blog サービス終了のお知らせ 

Goo Blog 美ら島沖縄

個人の趣味で、沖縄の諸々の情報を掲載

Peace to the pacifism world

今日は「鬼餅」の日です。

2014年01月08日 18時24分28秒 | 沖縄の行事
今日はムーチーの日

旧暦12月8日はムーチー(鬼餅)の日です。
沖縄県内では、練った餅粉をサンニン(月桃)やクバの葉などに包んで蒸したムーチーを仏壇や神棚などに供え、厄払いと健康を祈願する習わしがあります。

ムーチー(餅、鬼餅)とは、
「ムーチーと鬼」(ムーチーとは旧暦12月8日子どもたちにもちを作って与える行事のときの餅をいう)。
沖縄県で食される菓子の一種。「餅」の沖縄方言であり、月桃の葉で巻くことから「カーサ(葉)ムーチー」と呼ばれることもある。
餅粉をこね、白糖や黒糖で味付けを行い、月桃の葉で巻き、蒸して作る。
旧暦の12月8日(グレゴリオ暦では概ね1月)に、健康・長寿の祈願のため縁起物として食される。
ムーチーを食べる旧暦の12月8日(新暦の1月下旬から2月上旬)は沖縄では最も寒い時期であり、
この時期を沖縄方言でムーチービーサー(鬼餅寒)と呼んでいます。

由来にはいくつかの説がありますが、中身は大体似たお話です。

★☆★☆ 「鬼餅」の由来、沖縄本島、大里村の民話による。

昔、首里から大里に移り住んだ男が夜な夜な鬼になって人畜を襲うことから、その男の妹が憂いて、鉄釘入りの
ムーチー(鉄の塊とする場合もある)を兄に食べさせ、弱ったところを海に蹴り落として殺したというものである。
このように、鬼退治にムーチーが使われたことから「鬼餅」と呼ばれることとなったようです。

昔、首里金城に妹と兄がいました。
兄はひょんなことから大里村に移り住みました。
その兄が、夜な夜な村を襲いにわとりや山羊、牛を盗み、時には人間までも食べる「大里鬼」になって、洞窟に住みついているという噂が広まり首里金城に住む妹のもとにも聞こえてきました。

妹は噂の実否を確かめようと思い、兄の住む大里の洞窟に行きました。

 「兄さん、妹です」と、妹は洞窟の前で大きな声で叫びました。
どうやら、兄である鬼は外に出ていて留守のようです。
そこで、妹は洞窟の中に入っていきました。

すると、思わず鼻をつく悪臭がプンプンしました。

洞窟の中には、牛や山羊の骨が散乱しており、噂通り兄が鬼となって村の牛や山羊を襲い、食べていると悟り、怖くなって帰ろうと外へ出た所に鬼となった兄が帰ってきました。

見ると、兄は筋肉隆々で、口は裂け牙がむき出し目は爛々と輝き、赤黒い毛に覆われた鬼の姿になっていました。

妹は反射的に逃げようとしましたが、「妹か、何故逃げるのだ、一緒に肉でも食べよう」と鬼となった兄に襟元を捕まえられ、洞窟の中のほうへ引っ張られました。

妹はとっさに、「兄さん、ちょっと待って下さい、外で用をたしてきますから」と言いましたが、鬼は逃げられるのを警戒して 「ここでやれ」と言いました。

しかし、妹はいくら兄妹でも兄の前ではできないというので納得し、鬼はその代わりに妹の手首に縄紐(なわひも)を結びつけました。

妹はすぐ外に出て、用をたすふりをして縄紐をほどき、その縄紐を木に縛り、一生懸命逃げました。

洞窟の中にいた鬼は、「遅いな、何しているのかなあ」と外にでました。

縄紐を解き、妹が逃げていることがわかると、「おい、こらー、待て!」と叫びながら妹の後を追いかけましたが妹はすでに逃げていませんでした。

数日して鬼は、今日は恨みをはらし食べてやろうと、首里金城の妹の家へやってきました。

一方、妹の方は、鬼を退治しようと考えて、
自分の餅はあたりまえの餅をつくり、鬼の兄に食べさせる餅は、
餅の中に鉄を入れ、どんな鬼でも食べられないように作った鉄餅を準備して待っていました。

「兄さんこの間はすみません。

今日はお詫びにおいしい餅をたくさん召し上がって下さい。

いっしょに外の景色を見ながら食べましょう」と、妹は言葉巧みに誘い出し、崖の近くまでおびき寄せました。

妹は、「さあ、どうぞ召し上がって下さい」と鉄餅を鬼になった兄に差し出しました。

そして、妹はとてもおいしそうに自分の餅を食べてみせました。

ところが、鉄餅を口に入れた鬼の兄はそれが噛み切れないで困っていました。

鬼の兄でも食べ切れない餅を妹がおいしそうに食べているのを見て、鬼は妹の口の頑丈さにびっくりしていたところ、
餅を食べあぐみながら妹の姿を上から下へと視線を移し見し、股を大開にした妹のホー(陰部)を見つけた鬼はいぶかって、
「お前の下の口は一体なんだ?」と尋ねました。

すると、妹は機転をきかして、「上の口は餅を食べる口、下の口は鬼をかみ殺す口です」と言ったかと思うと、妹は着物をまくりあげて、下をあからさまにして鬼である兄に迫りました。

びっくりした鬼はふいをつかれた思いで飛び上がるや、足を踏み外して崖下に転落して死んでしまいました。

首里金城町の御嶽(ウタキ:拝所)に死んだ鬼の角を葬っており、そこは
「ホーハイウタキ」と呼ばれて鬼餅伝説の拝所と知られているとのことです。

この鬼を退治したのが旧暦の12月8日なので、沖縄ではその日を厄払いの日として鬼餅(ウニムーチー)を作って食べるようになったということです。

また、その年に子供の生まれた家庭では、生まれた子供の健康を願って普通の餅より大きい「力餅(チカラムーチー)」を作って食べる風習もありました。

★☆★☆  「鬼餅」の由来、ムーチー民話(出典:「沖縄の艶笑譚」より全文引用)

むかし、首里に近いある村に兄と妹が住んでいました。
妹は賢い娘で、年頃になると請われて嫁いでいきました。

兄はまだ独り者でした。

妹が嫁いで何年かしたころ、妹の耳に妙な噂が聞こえてきました。

兄が鬼になって、自分の両親を殺して食べたというのです。

妹は心配になって家へ飛んで帰りました。

そして何気ない様子で家にはいり、兄に会いました。

その時の兄の顔はまさに鬼そのものの顔でした。

髪はぼさぼさになり、目は血走ってつり上がり、口もとには何やら油のようなものがついていて、とても人間の顔には見えませんでした。

兄は妹を見ると、「久しぶりだな、元気でいたか、肉汁を炊いてあるから食べて行かんか」と、鍋をあけました。

鍋の中を見て妹はこしを抜かさんばかりにおどろきました。

鍋の中には、人間の手や足のような肉のかたまりがグツグツと煮えていました。

「やはり世間の噂は本当だった。

兄をこのままにしておくと、たくさんの人が食べられてしまう。

どうにかしなければ。

兄は殺さなければいけない。

このままだったら私まで殺されてしまう、妹は、鬼になった兄に体裁よくことわると、急ぎ足で家に帰りました。

帰り道、兄を殺す方法を考えていました。

家に帰りつくと妹は、早速、餅をつくり始めました。

小石、砂、古くぎなども集めてきました、そして、餅の半分は、小石や砂、古くぎをまぜてつくりました。

餅ができると、ふろしきに包んで、兄の家へと急いで行きました。

「兄さん、今日はいい天気だから、あそこの山へでも行ってみましょう、おいしい餅もたくさん作ってきました」と兄を誘いました。

崖っぷちへ着くと兄を崖のほうに座らせて、自分はその向かい側へ着物のすそをたくし上げ足をひろげ大股を広げて座りました。

そして、用意してきた石や砂、くぎのはいった餅を兄に、おいしい餅は自分で食べました。

兄の鬼は妹が餅をおいしそうに食べるのを見て、自分も餅がほしくなりました。

餅を食べようとして一口かんでみました。石や砂、クギを入れた餅ですから簡単に食べられるはずがありません。

とてもかたくて、歯がたちません。

ところが妹を見ると、とてもおいしそうに食べています。

「妹よ、おまえはこんなにかたい餅を平気で食べられるのか?」

「あら、お兄さん、こんなにやわらかいおいしい餅はないですよ、お兄さんは歯が悪いの」と、平気な顔をして言いました。

兄はますますびっくりしてしまい、自分が喰えない餅を妹は平気で食べているのですから。

兄が妹をよく見ると、兄に向かって足をひろげて大股を広げて座っていました。

妹は着物のしたには何もつけてなくホー(陰部)がまる見えでした。

よく見ると足の付け根に何やらたてに開いた口が見えます。

「妹よ、おまえはなんで口が二つもあるのか。」と聞きました。

すると妹は、

「上の口は餅を喰う口、下の口は鬼を喰う口だよ」

といって、着物のすそを広げて兄の顔の前にホー(陰部)をもっていきました。

兄は、下の口に食べられてしまったら大変と、後ずさりして逃げようとしました。

しかし、うしろは急な崖でした。

そして、とうとう足をすべらせてまっさかさまに落ちて死んでしまいました。

ちょうどその日が旧暦の12月8日でした。

沖縄ではその日を厄払いの日として鬼餅(ウニムーチー)を作って食べるようになり、

それから村には鬼もいなくなり、人々は幸せにすごしたということです。

★☆★☆  沖縄市のムーチー(鬼餅)由来

お父さんとお母さんを早く失った、兄と妹の二人の兄弟がいました。
年頃になると、妹ウターの方は久高島に嫁ぎましたが、一人残されたお兄さんの方は、投げやりの気持ちからか、鬼になってよその家の山羊や豚を盗んできては、食べていました。

食べるものがなくなると、人間の子供をさらってきて食べているというウワサが広がり、ウターの住んでいる久高島まで伝わってきました。

ウターは『自分のお兄さんがそんなことをしているとは・・・。家畜なら買うこともできるが、人間の子供はそういうわけにもいかない。なんとかしなければ』と、お兄さんの様子を見にいきました。

すると、お兄さんは、「いいところに来たぞ、ウター。
今、薬を煎じているからおまえも食べていきなさい」と言うので、「ああそうですか、お兄さん、どんなご馳走かみてみよう」と鍋を開けてみると、ウワサ通りに、鍋には人間の子供が入っていました。

ウターは自分も子供を連れてきていたのでビックリして『アヒー(兄さんは)私の子供も殺しかねない』と思い、子供を負ぶって、「ねえ、アヒー、ちょっと便所まで行ってこようね」と言うと、アヒーはウターが逃げたらいけないと思い、ウターの手に縄をかけました。

ウターは賢かったので、手にかけられた縄をはずしフールヤー(豚小屋)の石につないで逃げたが、アヒーは縄を引っ張りながら、「ナーマヤミ、ウター。ナーマヤミ(まだか、ウター、まだなのか)」と言っていました。

ウターが船に乗って行こうとする時、アヒーに追いつかれてしまったので、ウターは急いでサバニをひっくり返し、その下に隠れていました。

するとアヒーはそのサバニの上に立ち、「アイヤー、そこまでウターの姿は見えていたのに残念。
せっかくのご馳走を逃してしまったなぁ」と悔しそうに、足をパンパン踏みならしていました。

ウターは『ああ、やっぱり、私たちを食べようとしていたんだなぁ』と、アヒーがいなくなるのを見計らってから、船に乗り島に帰りました。

何日か経ったある日の事、
ウターはお兄さんの大好きな餅をつくり、出掛けました。

アヒーのものには瓦を入れた餅を作り、自分のものは、本物の餅を作って。
そうして、「アヒー、今日はアヒーの好きな餅を沢山作ってきたから、さあ、金城バンタで景色でも眺めながら食べよう」と、おだてて連れていきました。

アヒーは瓦の入っている餅でもパクパク食べるのでウターは『本当の鬼になってしまったんだねえ、アヒーは』と悲しくなりました。
アヒーは、ウターが着物の裾の前をはだけて座っているのに気付き「おまえの下は何か」と聞くので、「ここは、鬼をたべるところだよ」と答えると同時に、金城バンタから突き落として殺してしまいました。

ウニムーチーは、
この話に由来するもので、ウターは村の人々から、「村人全員でかかっても鬼を退治することが出来ないのに、あなたはすごい」と喜ばれ、鬼を退治した餅のこと

【チカラムーチー、ホーハイムーチー、カリームーチー】と呼ぶようになり、

今でもムーチーを炊いた煮汁は、「ウネーフカ フコーウチ(鬼は外、福は内)」といって屋敷の回りにまき、ムーチーを包んだカーサ(サンニンの葉)は十字に結んで、人の出入りする入口や軒先に吊るし、鬼が家の中に入ってくるのを防ぐようになったんだってさ。

★☆★ 追記 ☆★☆

沖縄の方言で「女性の陰部」を「ホーまたはホーミ」と言います。
女性は昔、着物のしたには何も着けて無かったようです。

ミージュールクニチ(新16日)

2010年03月01日 16時11分05秒 | 沖縄の行事
ミージュールクニチ(新16日)



 今日の、3月1日は旧暦の1月16日に当たります。

 旧暦の1月16日は沖縄県では「新16日祭(ミー ジュウルクニチー)」と言う行事があり、後生(グソー)の正月とも言われるこの日は、沖縄県の各地で墓参りが行われます。
 
 いつもは疎遠になっているお墓をきれいに掃除して先祖を供養する日なのである。

 旧暦の1月16日は、沖縄では「じゅうるくにち」と呼んで、16日祭が行われます。

 16日祭は「後世(グソーヌソーグァチ=あの世の正月、仏の正月)」と言い、盛大に祖先供養を行う行事の一つです。
ここで言う「グソー」とは「あの世」の事です。

 その由来は定かでは有りませんが、一般には
琉球王国の時代に、家来の一人が正月元旦(昔は、正月は旧暦で行っていました。)から15日までの間、王国(城)内の諸行事に追われて、自分の家へ帰る事が出来ませんでしたが、城内の諸行事も片付き、16日には故郷の両親へ年頭の挨拶の為帰郷しましたが、両親は既に亡くなられて帰らぬ人と成っておりました。

 両親のお墓参りをして、墓前で年頭の辞を述べたのが始まりとされております。

 16日祭は沖縄県のほとんどの地域で行われますが、この行事は沖縄県内でも、それぞれの地域により16日祭の祭り方が違います。
沖縄県は離島県で40余の有人島から出来ており、お墓掃除して参りをする所、各家庭で仏壇の前で拝む所と、祭り方はいろいろです。
前年の旧正月以降に亡くなった方の家へ行き霊前で拝む所と地域による祭り方が違いますが、祖先を尊び敬う心は一緒です。

 故郷に帰れない方々は、那覇市の三重城を訪れてごちそう供え、海の向こうの先祖に手を合わせ感謝の祈りを捧げる方がも居られますし、お墓に通ずる道端や原野等で祖先の供養を行う所や有ります。

 沖縄県の北部の一部や宮古島、八重山では、清明祭以上に盛大に16日祭を行う所もあります。

 前年一年間に亡くなった人の家では「ミージュールクニチ」或いは「アラジュールクニチ」又は「ミーサ」と言って、重箱料理を墓前に供え、16日祭を行います。
豚肉やかまぼこなどを詰めた重箱や酒を持って墓参りし、先祖に手を合わせて生きている人たちの健康を祈願します。

 前年一年間に亡くなった親戚や友人知人宅に、お参りに行き、参る日でもあります。
一年間に亡くなった方を沖縄では「ミーグソ」と呼んで居ます。
 
 我が家では、お墓参りし、(お墓の周囲の除草、掃除等)線香をたむけて、感謝の祈りを捧げるのが慣わしです。
我が家の墓の周囲には、沖縄県の離島出身の方々の墓が沢山並んで居り、お墓の掃除のあと、お重を供えた後は、地元の民謡や三味線等を弾いて、手拍子を取り唄い踊る方々も多く見られます。

 処変われば、諸行事の祭り方も違い、地域性丸出しの行事が多いのも沖縄の特徴の一つでは無いでしょうか。
さぞかし、本土のお嬢様が沖縄の人と結ばれ、最初に体験する沖縄の諸行事には、面食らうでしょうね。

カーサムーチーとは?

2010年01月21日 20時47分04秒 | 沖縄の行事
カーサムーチーとは?




旧暦の12/8(2010年度は、1月22日)お正月の厄除けの行事にカーサムーチー(鬼餅)があります。

沖縄の餅は、もともと糯米(もちごめ)を水を加えつつ石臼で碾(ひ)くか、水に浸しておいた糯米(もちごめ)を搗(つ)くかした後、蒸しあげていましたが、近年は糯米粉(もちごめこ)を水で練って作っています。

そんな餅の中でも、旧暦十二月八日に作るのが鬼餅(ムーチー)。

練った糯米粉(もちごめこ)を平たくのばし、細長い長方形をつくってサンニン(月桃(ゲットウ))やクバ(蒲葵(ビロウ))の葉で包んで蒸します。

特に、香りのよいサンニンで包んだものは人気があります。

沖縄では、その日が近づくとどこからともなくサンニンの懐かしい香りがして来ます。

鬼餅(むーちー)には厄払いの意味が込められており、仏壇、かまど、神棚などに供え、家族一同、特に子供の健康を願います。

明日は、旧暦の12月8日に沖縄県では古来から行われている庶民の行事の一つですが、カーサ、ムーチーです。

近年は地域に拠っては、新暦の12月8日に行われる地域も有ります。

昔から厄払いのために作られてきたおもち、カーサ.ムーチー、現在でも旧暦の12月8日には、多くの家庭でカーサ、ムーチー(鬼ムーチーと呼ぶ事もあります)を作り厄払いを行います。

月桃(サンニン)とは、亜熱帯に自生する生命力旺盛なショウガ科の多年草で、赤い「実」は、健胃整腸や咳止めなどに優れた効果があるので、漢方薬として使用されまた、独特な香りを持つ「葉」には防虫、防菌、防カビの効果があるので、このようにお餅などを保存するために使用されたり、昔は防虫剤・芳香剤としても使用されていたようです。毎年カーサムーチーの日が来る頃沖縄では、なぜか必ず「寒くなった」もので、この寒さのことをこちら沖縄では「ムーチービーサ」と言っていますが、今日は23度まで上がりましたが、今夜から寒くなる様で、正に「ムーチービーサ」が来るようです。 ムーチーはサンニン(月桃)の葉に包んで蒸すのが一般的で、カーサ(月桃の葉⇒沖縄ではサンニガーサと言う)を用いるので「カーサムーチー」とも呼ばれています。

普通の白餅に黒砂糖入れた黒い餅も有りますが、最近はや紅芋(桃色)やカボチャ(黄色)を入れたり、よもぎを入れたヨモギ餅等、色取りどりの餅も見られます。
近年はさらに研究が進み。化粧品も作られていますし、畑の病害虫予防で、使われたりしています。
 
サンニン(月桃:げっとう)の葉で包んで蒸して出来上がった「カーサ、ムーチー」を仏壇や神棚、火の神(ひぬかん)などにそなえて、子供の健康祈願家内安全祈願をする行事です。

自分の子供の頃は何処の家庭でも野山などでサンニンの葉を取って来て、各家庭でムーチーを作って居りました。

新たに子どもが生まれた家庭では、生まれた子の健康を祈願し、いつもより多めに作り、隣近所や親戚等へ、出来立てのお餅を「ハチムーチー」(初餅)と言い ふるまって廻る習慣が今でも残っております。

その時ばかりは年長者の兄や姉をとても羨ましく思ったような気がします。

今ではスパー等でも売られており、家庭で作る事が少なくなった様な気もします。
この時期に成ると、NETでも販売されておりますが、何と言っても家庭で作るのが一番美味しいと思う。

沖縄県の民話には幾つかの物語がありますが、一般的に語り継がれている「鬼餅の民話」の民話を紹介します。

「ムーチー(鬼餅)の由来」沖縄の民話より

 昔、首里の金城に兄と妹が住んでいました。
 兄は大里に移り住んから,どうした事か、洞窟にこもり、動物や人を捕まえて食う鬼になってしまいました。
 兄の悪業はいつしか妹の知る事となり、兄の悪行を見逃さない妹は、一計を案じて、鬼になった兄の所へ行きました。
 妹は鬼を退治するために、ふつうの餅と中に石の入った餅を用意しました。
「お兄さん、今日はおいしいムーチーを作ったので一緒に食べましょう。」
と言って妹は中に石の入ったムーチーを兄に差出、妹はわざと着物のすそをひらいてすわり、普通の餅を食べ始めました。
兄は石の入ったムーチーを食べようとするのだが、歯がたちません。
 石の入った餅が食べられず困った兄は、平気でムーチーを食べている妹へ視線をやり、妹の頭から下へと目で観察をし股を大きく開いた妹の下の方に目をとめて、「お前その下の口は何だ」とたずねました。 
妹はすかさず平然と「上の口は餅を食べるための口、下の口は鬼を食べるための口」と答えると、兄はびっくりして、逃げようとして足を踏み外し、崖下に落ちて死んでしまった。
 この日が旧暦の12月8日だったので、鬼退治をしたこの日を厄払いの日として、ムーチーを作って食べる様になた・・・というお話ですが、話に出てくる餅の中に入れられている物が「石」や「鉄」単に「硬いもの」と書かれている民話も有り、ここでは「石を入れた物語を」紹介しました。

沖縄県の諸行事の殆どが「民話」と連動しており、調べて見るのも又楽しいのではないでしょうか?
皆さんも色々と調べて見て下さいね。

新しい沖縄が発見出来るかも知れませんよ。



僕が子どもの頃は皆自分の歳の数だけムーチーをもらい壁に吊るしてサギムーチーにしていました。

子供の年の数っだけ壁などに縄で吊るしてましたが(サギムーチー)、最近はあまり見られません。
強い繊維質をもつ「茎」で縄を結い、さとうきびを束ねたりするのに使われていましたが最近では和紙(月桃紙)の原料になり、ハガキ、便箋、名刺、壁紙などの製品としても利用され、月桃エキス(精油)には活性酸素を除去するポリフェノールが赤ワインの30倍以上も含まれていることが明らかになり健康茶や健康補助食品としの販売されております。