ニコチャンマネーメイク

株式売買などのマネーメイク日記。

車の運転ができると会社の仕事で有利なのか? - 高次脳機能障害編

2023-02-09 23:41:06 | 会社員ゲーム

「大学生になった時に、”車の運転が上手いとどこかの上場企業に楽に入社できたりする” とかを知り、運転の練習に励んだと言われますが、その科学的な根拠とかはどうですか?」 と質問される人もいらっしゃいますので、書いてみようと思います。

 

私三之橋の場合は、高校時代にいつも一緒だった友達に、「これからはコンピュータの時代だと思うので俺と一緒にコンピュータの専門学校に行かないか? お前とは一生付き合っても良いと考えている」 と誘われました。

 

高校を卒業するシーズンになった頃に、もしも、「お前とはあくまでも高校が一緒だけだったので、これまで付き合ってくれてありがとうな、じゃあ」 とお別れするような話だったら、それはそれでしんどい気もする。

 

付き合ってみて、やはり嫌なところがあるのでここから先は付き合いたくもない!

 

そう言われればそっちの方がショックだと思う。

 

それで、その友達に進路を合わせようと小ズルい方法ですが、キーボードのキーの位置がわからないので家電量販店に1人で行って、デスクトップPCを一式買ってしまった。

 

でも、私三之橋の場合は大学に受け入れ先があって、推薦状とかあった事もあり、入学が決まり大学生となる事が決まり、友達はスーパー特待生という凄さだったけれど、大学では受け入れ先がみつからないままでした。

 

それで別れる感じとなりまして、1人ぼっちなので、「将来この先どうすれば良いのかなあ~」 と不安を感じ、入学式の日に国産高級4ドアセダンに乗って来ていた子が同じクラスだった事でその日に訊いた。

 

「俺はさ~、4年後にはどこかの企業に就職していて営業車にでも乗るつもりなので、今こうやって普通車に乗って公道を実戦練習しているだけ。 何だお前そんなことも知らずに生きているのか~」 みたいに言われた。

 

受験勉強をして試験で合格して、すぐに自動車学校に通い、免許取得してもう入学式には新車で運転してきているという人は私三之橋にとって衝撃的な人に見えました。

 

よく考えてみたら、当時私は推薦状とかもあるくらいでその子より位は上かなあ~ と思うのですが、上から目線でバカ扱いみたいに言われた。

 

「頭にくるのか?」

 

みたいな部分で怒りの感情とかはなくて、へえ~、15歳くらいの頃にはアルバイトを始めコツコツお金も貯めていたという複数年間積み重ねた努力の結果、高級車を新車で買っているわけで、信ぴょう性の高い話に感じた。

 

1年くらいなら誰でも努力はできると思う。

 

でも、遊びたい年齢の頃に散財せずにお金を貯金するタイプに見えなかったので、それだけ価値がある話かと思った。

 

それで同じクラスの子にもう免許もっていて車も持っているのか? を訊いて廻った。

 

怖いくらいにみんなが同じ事をやっていて、18歳の高校生時代に免許とって、免許は誰でも取得できる仕組みなので、その後に初心者マークを貼って公道で実戦練習する事に価値があるような話だった。

 

今の時代だと軽自動車に乗っている大学生は珍しくもないのですが、当時上場企業の管理職などは普通車に乗っていたので、調べてみてマーケティング調査とかもした上でみんなが普通車に乗っているんだ~ と驚いてしまった。

 

ただ、ブログとかにも何度も書いているので、「そこはもう聞いた」 と思うでしょうから、科学的な面を話していこうと思います。

 

みなさんは、「高次脳機能障害」 という言葉を聞いた事はありますか。

 

例えば、最近テレビで観たのは、高次機能障害というものを扱う病院で検査を受けた人の話が偶然家のリビングで観ていた時に紹介されていました。

 

A4サイズにランダムな角度の一文字みたいな線が書いてあり、「このように線の真中で区切りを入れて」 みたいに言われて、あるゆる線の真中に見える位置に区切る線を書いていると、おかしな結果Tなった。

 

人は、特定の角度、斜めに傾いている線とかを見て、「その半分の位置に区切る線を書いて」 と言われた時に、見え方がおかしなケースがある。

 

理由は、脳に何らかの損傷があるとそうなるという説明でした。

 

例えば、車というのは、前の席に運転席と助手席があり、後ろに後部座席があるじゃないですか。

 

国産車は右ハンドルですので、運転席は中央の線から右側のシートがあり、バイクのように真中に座っているわけではないですよね?

 

車の中央に座っているわけでなくて、右に傾いて座っている。

 

でも、そのズレた位置に座って、俯瞰(ふかんし)視で周りを見ているので、きちんと見えている運転者だと、幹線道路の片側3車線道路の真中の第2通行帯を走っている時に、白線などの引かれた車線の中央をまっすぐに走れるのです。

 

よく女性が旦那と離婚したりした人がいて、「うちの元亭主というのは、車を運転していると左側に寄る癖があって、助手席の私が隣の車の運転席に近づきすぎていて、運転がおじいちゃんみたいな感じだった」 と言ったりするのです。

 

車を運転する男性、あるいは、車の免許は持っているけれど運転しない女性など、他人の運転する車に乗った時に、「あれれ、この車は車線のバランスがおかしくて左に寄り過ぎている」 とか逆に「右に寄り過ぎている」 とか見たりすると思うのです。

 

18歳の大学1年生が免許を取ってすぐに50プリウスを買って、彼女を乗せて海岸線の片側1車線道路をドライブしているとします。

 

想像してみてください。

 

片側1車線道路とか田舎にいけばそんな道しかなかったりして、センターラインと路肩の真中を走るのですが、前のおじいさんの軽自動車が左に寄り過ぎているかと思えば、次のカーブで今度は右により過ぎているとか見えると不安になると思う。

 

道路は傾斜の問題もある。

 

車の運転が得意でない若い女性や、高齢者の男性などが緩やかな下り坂を水平に見えるので、アクセルをそんなに踏んでいないつもりで、でも前の車に追いつきそのまま追突して事故を起こすとかよくあります。

 

失速するのを感じて、「上り坂か」 と感じたり、「ちょっとスピード出てこれは下り坂か」 とか運転していて気付くのは普通かなあ~ と私三之橋はそう思うのですが、そうではない運転者がいたりする。

 

傾斜を見て感じるとかあるので、それでアクセルペダルの調整をしているのですが、それができない人がいる。

 

車で出かけて、どこかのテーマパークとか買い物に行ったショッピングセンターで、前の車が駐車しているのを見た時でも左に傾き過ぎたり、右に傾き過ぎたりする変な駐車を見かけたりする。

 

ある福岡市内のリサイクルショップに1人で出かけた時に、車に傷をつけられるのが嫌で横一列になっているお客様駐車場の1番奥の端に駐車し、お店から出た時に乗り込むと、隣にコンパクトカーが来て隣に駐車しようとしていたので出るのを待っていたら、バック駐車がへたくそな若い男性で、私の車にぶつかりそうにしか見えなかったのでクラクション鳴らしたりした。

 

あくまでも、その人にはきちんと見えているような感じでしかないと思うのですが、ズレている人を車の運転でも良く見かけると思うのです。

 

車の運転免許を持っていなくて、もちろん運転はしない女性がいて、車の助手席に乗せて走っているとします。

 

「うわっ、何あのライト黄ばんでいる。 何であんな汚いまま走れるのかな?」 と言ったりした時に見るとたしかにヘッドライトが黄ばんでいたりして汚い車だった。

 

「うわっ、こんな汚いまま乗っているなんて信じられない」 と駐車場を歩いている時に言われれば、たしかに洗車されていないまま1年とか乗っている感じの汚い車だったりする。

 

「うわっ、なんて危ない運転するのかなあ、こっちに寄り過ぎていておじいさんみたい」 と言われれば、たしかに運転が傾いている感じだったりする。

 

つまり、車の運転をしない人でもそれは見て左に寄り過ぎているとかわかる。

 

近所に重度の精神病みたいな人がいて、軽自動車に乗っていてたしかに運転はへたくそにしか見えない。

 

ある日交差点で右折しようとして、「これはイケる」 と思って曲がったら直進してきた乗用車と正面衝突して廃車になったと話していた。

 

あくまでもその重度の精神病の人には、対向車がまだ来ていない遠くにあるように見えた話かなと思う。

 

18歳の大学1年生で自動車学校に通い免許を取得して、普通車サイズの車の中古をローンで買い、車2台しか通れないギリギリの狭い幅(幅員)の道路を離合して走ると、きちんと見えていないと傷が車に着いたりするし、相手に弁償する事故とかになると考えられる。

 

「自分がまだ初心者だから」 とか、「私はあんな道苦手だし」 とか、そういうえり好みをせずに、私三之橋のように彼女とかが行きたい県外のテーマパークとかを目指して走っていれば、「自分がきちんと見えない角度とかの何かがあれば、そこで問題が起こるので気づくと思う」 のです。

 

彼女とか、ガールフレンドとかに出されたお題に対して、秘境の温泉とか他の人がいかないようなところを目指して狭い山道を走るとかした時に、自分の弱点が見えると思うのです。

 

みんなにどのくらい走るつもりか? と訊いたら、バイトもあるし講義もあるので、年間5,000kmくらいと同じ事を言っていた。

 

時間的に暇ではないし、ガソリンは使った分だけ減るので金目の問題もある。

 

ただ、実家を出て生まれて初めて1人暮らしをするという事で実家でお父さんが車の運転を指導してくれたとかそんな話はざらにあったので、「重要そうなので、人の10倍くらいやっておくか」 と私はそう考えた。

 

よく「なぜ、人の10なのか?」 とか訊く人がいるのですが、10倍って時間的にもう限界に近いですし、ガソリン代とか10倍使うわけですので、さすがにそのくらいやっておけば、何か1つくらいできない問題がみつかるのかなあ~ と考えた。

 

検証とかをするわけで、どうしても場数が少ないと意味がない気がした。

 

車は1カ月で5,000kmくらい走ると毎月エンジンオイルの交換もしないといけない。

 

でも、その前に洗車しないといけない。

 

遠出すれば、出発時には晴れていたのに途中で小雨に遭うとかあるわけで、洗車頻度が週に3回くらいやるとかあり、これが不慣れな最初は特にしんどさを感じる。

 

車を持たない時には想像できなくて、テレビドラマで主人公の水谷豊さんがトヨタのソアラとかに自動車電話積んでいたりするシーンでも見れば、楽しそうに見える感じ。

 

でも、自分がいざ車に乗ると、洗車しないと綺麗さを保てないので管理能力がダメであればそこで気づく。

 

GSが苦手。

 

月曜日にガソリンを満タンにしたのに、もう週末には給油しないといけなくなる。

 

給油貧乏というか、「あれれ、もうガソリンがないや」 と残量メーターを見て思うと、GSにも寄らないといけないというノルマみたいなものがあり、深夜に帰ると朝どこかで給油しないといけなくなるので急いで帰るとかある。

 

給油に行くと、「先月エンジンオイル交換したけれどもう1カ月でまた5,000km走っているので、また交換する?」 とか訊かれ、それもしんどく感じる。

 

フルサービスのGSで給油すると異常に時間かかるので、そこにエンジンオイル交換するとさらに待たされる感じ。

 

「クラッチが滑るなあ」 と感じるとそれもディーラーに電話して入庫予約取ったりして、面倒くさい。

 

ただ、ただ、しんどい。

 

お金の問題ではなくて、18歳の大学1年生になった途端にやるべきことが急に増えた感じでノルマというか時間に追われる。

 

18歳で友達で1番高い車に乗っていたのは、BMWの1番高い7シリーズの高級4ドアセダンで1,000万円くらいの新車だった。

 

「俺はさ、まず運転の上達に集中したいので」 みたいな感じで新車の高級車を選んだと言っていた。

 

でもね、新車を買えば、50,000km走ったところでどこも修理しないとかそんな感じだったりするので、4年間という与えられた時間で修理とかも覚えたいと考えた。

 

ディーラーに「この警告灯が点いたのがあるのですが、どういう内容ですか?」 と点検してもらったりした。

 

現場に出て覚える事だと思うので、ディーラーにも出向いていく。

 

大学の入学式の日に出会った高級車の新車に乗っていた子の話はロジック的に信ぴょう性の高い話だと感じ、それは15歳くらいのスタートなので、抜けるかなと思った。

 

車の免許取ったばかりの初心者だと彼女とかに、「ねえ、今度の週末に新しくできたテーマパークの〇〇〇〇〇に行こうよ」 と言われると、正直な話行きたくもない。

 

土地勘もないようなところにどうやれば走れるのかもわからないし、あまり遠出するとかしたくはない。

 

地図の本を出して、パッと見て「県道〇〇号線からあそこで国道〇〇号線に入って」 とかドライブルートを即興で組み立てる。

 

その計画の進捗具合を管理し、道に迷えば運転しない彼女は助けてはくれないのでさっと車を降りて道を尋ねにいくとかして修正しないといけない。

 

田舎で知らないおばあさんとか話すとかしないといけない。

 

車の運転はそのような会話するというのも多く出てくる。

 

車の免許取ったばかり特に専門知識がないわけで、あまりメカニックスタッフさんと話したいとは思わないので、普通は避けると思う。

 

専門用語バリバリという感じだし、聞いていてよくわからない感じもある。

 

でも、「私は免許取ったばかりでそんな話はよくわからないし」 と避けると次第にそれが習慣となってずっと知らないままになる気がした。

 

失敗もあった。

 

まず走行する距離が多いので、「タイヤとか持っていないか」 とある事業者に問い合わせたら余っていると言われタダでもらってきて、ホイールごと自分でジャッキアップして初めてタイヤ交換したら何かおかしい。

 

それでGSに行って相談したらタイヤサイズが違っていると言われ、そのままタイヤ屋さんを紹介され持って行ったら、古いタイヤのホイールにもらったタイヤを組み込みしてくれて、「これで乗れますが、危ない事していますよ」 と注意された。

 

ホイールにタイヤの着いたものをくれた人も、もらった私三之橋も、あまり車の事は知らなかったので、サイズとかがあるというのは知らない感じで、「とりあえずはめてみるか」 とやったら、きちんとホイールがハマらないとかでふらつくとかあった。

 

凄い勢いで上達したいのを目指していく。

 

走行距離数が多いので、タイヤの溝が無くなると、タイヤを買うお金がないとかでなくて、「早速タイヤ交換するチャンスがきた~、やった~」 と思ってしまい、タイヤというのはホイールにセットしてあるものしかないと思っていて、それを持っていて余っているからあげるよ~ と言われ、「早速タイヤ交換のチャンスが到来した」 と思って全部自分で汗だくになって交換してみた。

 

誰かに詳しくやり方でも教えてもらい、それからやるとかでなくて作業員ではないので自分で考えてまずやってみるか~ みたいな感じ。

 

失敗してはそれを修正しないといけないので、多くの人に助けてもらった。

 

1年もしないうちに、”スピード狂” みたいにまでなった感じで、ヒールトゥでシフトダウンしながらみたいな感じで運転したり、ドリフトしたりしていた感じ。

 

私三之橋が学生時代に評価されたのは、たぶん技術をマスターする時に伸びしろの上限まで最短でやる方法だったと思う。

 

車の運転というのは、18歳になり免許を取って、そこで欲しかった、乗りたかった車を新車で、中古車で買い、後は友達を乗せて走って、彼女とドライブに行ったりして、「楽しいなあ」 で終わる。

 

それが本来の姿なのかもしれない。

 

でも、この前高齢者が認知症で車の集団に突っ込んだような事故があり、人が亡くなり、近所の人が、「知っちゃな車なのに何度も何度もバック駐車でやり直していて、危ない感じに見えた」 とニュースで流れていたように、本人には気づかないものもあったりして、悲劇になる事もある感じ。

 

大学生になった時に、入学式で高級車の新車に乗っていた子が自信に溢れている顔で語った話を信じて、また周りの子もみんな同じ事をしていた事で、俯瞰視ができるような人を目指そう~ みたいになった感じ。

 

たぶんね、それまでは天才で凄いと思っていた友達がもう受け入れ先も無くなり、失速していくのを見てしまった。

 

辛うじて何とか自分だけは大学生になれた。

 

でも、ウルトラマンのカラータイマーが点滅しているかのように、自分の人生も陰りが見えていた。

 

もしも大学を卒業して、その時に受け入れる企業が無かった時に、自分のお父さんとかお母さんに、「自分なりに頑張ってみましたが、ダメでした」 とは言えないかなあ~ と思ってしまった。

 

後は自分の目の見え方のようなものに、何かズレのような錯視するような障害のような、今では高次脳機能障害とか呼ばれているようなものがあれば、会社に入って何か誤差が生まれ続くようなイメージもあったので、見え方の検証みたいなものもやった感じかなあ~ と思う。

 

私三之橋の場合、高校生時代に受けた職業適性検査で、「あなたは人を見るところが突出しているので、医者、それも精神科の医者になれば大成功する」 みたいに書いてあった。

 

でもそれってね、裏返せば、コンピュータの操作とか、車の運転とか、機械を相手にするのは向いてないよ~ という意味だったりもすると思う。

 

18歳の脳で考えてみて、「もうこの年齢で得意だという対人スキルとかはやったところで伸びしろはそうなかったりすると思う。 だったら、自分の人生の足を引っ張りそうな苦手なコンピュータとかをやった方が良いのではないか」 と思った。

 

ことわざのようなものに、「1+1が2とは限らない」 とか言うじゃないですか。

 

1つの仮説として、職業適性検査で人に強いと書いてあったので、だったらそれは1つの柱として、他にもう1つの柱として自分が苦手意識ある事に時間を費やして車の運転とか、コンピュータをやれば、合計した総合得点として3とか5になるのではないかなあ~ と考えた。

 

人間って変わっているところがあって、負荷がかかる方が良かったりする。

 

医療でも、腰痛の人はどんなに優れたと思う薬を飲むよりも運動療法とかの方が効果は上だとされている。

 

意外に思われるかもしれませんが、私三之橋の場合は、祖父がゼネコンだったりするので、ちびっ子時代から、「おい、建設屋」 とか言われたりする事がある。

 

でも、祖母の家は病院経営だったりするわけで、どちらかと言えばメディカルチームの所属だったりするわけで、父も私も医者を目指したが脱線している感じ。

 

「医者のようなものの見方をするので、医者とかが向いている」 と職業適性検査で書いてあった時に、それってただのDNAなのかなあ~ と思ったりした。

 

そう考えた時に、わざわざその得意かもしれない事に時間やお金を投じてもあまりそこから上を目指せるものでもない気がした。

 

例えば、「私は対人が苦手なのでそれで工場勤務している。 給料が安くてもそれが合うから」 とかリーマンショック後とかにそんな人がテレビで紹介されたりしていた。

 

でも、自分が人と話すのが苦手だからと仕事中に誰とも話さないような仕事を選んだりすれば、悪化するだけではないかなあ~ と思うのです。

 

例えば、プロ野球選手が引退する時とかに、「あの人は野球の事しかわからない、それ以外は何も知らない」 みたいに好きな得意な事をやっていたとかの評価で、引退したら人生が詰んでいたとかざらにあったりする。

 

子供の頃にお父さんが大学教授みたいな子がいて、算数が得意だからそれはやるが、苦手な体育とかはやらないみたいな子がいて、大人になるにつれ失速していった。

 

スーパー特待生の子を見ても、第三者から、「君は天才だね」 という待遇を受けたら途端に人生が崩壊に向かったりするのを見てしまった。

 

やはり、”no nne special" みたいな「私は普通の人です」 みたいな姿勢が自分の為に思う。

 

友達を見ても思う事は、偏りが強いのだと思う。

 

友達って、どこか似た者同士だったりするから友達になっていたりするわけなので、自分も偏りが強い気がした。

 

「だったら、180度方向転換してしまえば良いのではないかなあ~」

 

そんな感じ。

 

コンピュータは、本屋さんが近所にあったので、コンピュータプログラムの書籍の分厚いのを買って、「さあ、プログラミングしてみよう」 とかを真似ると、アルファベットの入力なのでキーの位置がわからない。

 

大人になって会社員になった時に、「へえ~、三之橋さんってローマ字入力するんですね」 と隣のOL姉さんに言われたりするのですが、そもそもコンピュータってプログラムは英語だったりするので、日本語がない。

 

ワープロで文書作成する時に多くの人は、かな入力していたりする。

 

かなは、1つのキーを押せば済むのに対してローマ字は2つとか押さないといけないので、「へえ~、変わってるね」 とか言われる。

 

そうではなくて、キーボードのキーの位置がわからないスタートだったので、2つの入力を覚えてもかな入力は使うかなあ~ と思ったりして、アルファベットしか覚えない感じだけだと思う。

 

ちなみに、キーボードのイラストがあり、全部ブランクキーだった場合に、「三之橋さん、ここにキーをAとか書いて」 とか言われたら出来なかったりする。

 

このブログでも長文が多いのですが、GOOブログはテキスト30,000文字までと制限があるのですが、1つの記事が長くできるので気に入っている。

 

読んだ人が、「文字入力の数がメチャ多いので、キーがどこにあるとか全部覚えているんですよね~」 とか言われるのですが、例えば、”わたし” と入力する場合に、いちいち「わはどこにあるのか」 とか考えないし思い出そうともしない。

 

モニターを見て、後はキーは見ずに入力している感じで、「Aの位置はどこかですか」 とか訊かれるとよくわからない。

 

YOUTUBEの30プリウスの燃費向上運転方法での動画でも、「ハイブリッドシステムインジケーターの話ですが、前期型はこうなっていて、後期型は違いますよね?」 というコメントがきたりする、「えっ、そうなの?」 と思ったりして、車を月極駐車場まで行って乗り込み見た時に、「あ~、なるほど」 となる感じ。

 

車の運転をする時に、車の運転に関する頭の中の引き出しが開くような感じで、コンピュータ操作ではその引き出しが開く感じで普段は閉まっている感じでしょうか。

 

私三之橋の自宅前の道路は幅員が広くて、車2台離合できる道路幅ですが一方通行道路です。

 

私自身タバコをよく吸うチェーンスモーカーですので、自宅で窓を開けてタバコを吸います。 そんな喫煙休憩の時に開けた窓を見ていると、軽自動車やコンパクトカーはよく一方通行道路を逆走されているのを見てしまう。

 

乗用車や、SUVだと逆走で入った瞬間に標識に気づいて慌ててバックしたりされる傾向にあります。

 

標識があって、逆走でハッと我に返る人とそうでない人の差というのは、”老人性縮瞳” ではないかなあ~ と思ったりします。

 

高齢者の介護のテレビ番組、フランスとかだったと思いますが、認知症の高齢者のおばあさんに話しかける時には、かならずフェイストゥフェイスで、顔を突き合わせ、その人の瞳の前に自分が映る姿を見ながら、話しかけると理解できると介護のプロが言ったりします。

 

人間の瞳の視野角というのは、正常な人で160度くらいあるといわれていて、それが脳の萎縮などによってどんどん狭まっていき、最後には瞳の正面のものしか認知できなくなるらしい。

 

ちなみに私三之橋は、とある病院で心停止した事があり、体に着けているセンサーの心拍数がアラーム鳴らしながらグングン下がっていき、最後にピイ~~~と鳴り響き、先生が慌てまくり、「三之橋さん、大丈夫ですか」 と私の瞳にペンライトを当てて見て、「マズイぞ~」 と叫んでいました。

 

その後すぐに心臓がリブートして自然と動き出して元の心拍数に上がっていったのですが、先生に「さっき先生が僕の目をペンライト当てて大丈夫ですかと言った時にちょっと怖かった」 と話すと、それは絶対にないと言われ、瞳孔が開ききった死んだ人の目をしていたので、その状態で目で見たものが記憶できないと言われていました。

 

医者はそんな感じで、目を見て、ペンとかを動かしてきちんと認知できているかとか確認したりするじゃないですか。

 

高齢者を話す時とかには、目を見て、きちんと理解できているか? くらいは考えた会話すると思います。

 

視界の情報は、カメラで動画撮影すると静止画に比べ膨大な量になるじゃないですか。

 

それと同じで、脳が処理しきれなく事があると、自然と視界が狭まっていくとかある。

 

大学1年生の18歳で自動車運転免許証を取得して、初心者マークを貼って県外のテーマパークとかに出かけ、真横から自転車とかが凄い勢いで飛び出した瞬間に一瞬でガツンと急ブレーキを踏むと、隣の助手席の彼女が、「キャ~っ」 と声を出して、「驚いた~、でも三之橋さんてあれが見えたの?」 とか訊くじゃないですか。

 

そんな感じで普通は真横から何かが凄い勢いで突っこんでくるとか気づいて、急ブレーキを踏んだりして事故に遭わずに済むとかある。

 

男友達を乗せて大学に運転していく時とかに、交差点で誰も歩行者がいないのでスピード落とさずに右折しようとした時に頭悪い男性が凄い勢いで車の前に飛び出したりする。

 

急ブレーキを踏んだ時に、男友達が驚き、「おい三之橋、お前あれが見えたの? 俺はまったく見えなかった」 と言ったりする。

 

そんな感じで、18歳で現役の大学生なのに見えないと言う人とかいるのです。

 

俯瞰(ふかん)視ができるようになる為に車の運転したりするのが有効だといわれている感じですが、実際に運転できている人の全員がきちんと俯瞰視できるわけでもないのです。

 

想像してみてください。 あなたはとある企業で部長をしていて、春になって新卒で入社した部下が入ってきたとします。

 

いくら有名な大学を卒業しているからと言って社有車である車のキーを渡すというのは難しいので、自分の仕事に同行させ運転をさせてみる。

 

もしもその時に、助手席で話ながら見ていて、その新入社員が2回に1回はウィンカーを出し忘れているとか、何か運転に気づいたらどうしますか?

 

私三之橋の想像では、”見えなかった事にして” その後に距離を取ってその人の運転する車に乗らないかなあ~ という選択をする人が多い気がします。

 

次に想像してみてください。 あなたは女性で25歳くらいのOLで働いている。 同じ会社で働く2つ上のイケメンで社内でも人気ある男性と仕事で一緒になる機会とかがあって付き合い始めた。

 

もしも、休日にドライブとかに出かけて、そこで彼の運転が今まで付き合ってきた元彼などに比べて、ちょっとヘタである事に気づく。

 

例えば、車が車線の真中ではなくて、助手席の自分の左側が隣の運転席に近いような、左に寄って走る癖とかがある。 あるいは出会い頭で道を譲ってもらった時に挨拶できていない・・・ まあ、何でも良いわけですが、「あれれ、この人想像と違って意外と出来ていないように見える」 と違和感のようなものを感じた場合、どうしますか?

 

私三之橋の想像では、”見えなかった事にしてそっとフェードアウトする” みたいな女性が多い気がします。

 

最近福岡市の博多駅そばで、ストーカー被害に遭っていた女性がナイフで元彼にメッタ刺しにされて殺害されました。

 

そのちょっと前には福岡県大野城市でも、元彼に首などをメッタ刺しにされて殺人未遂で逮捕された事件があったばかりでした。

 

付き合ってみた時に、何か違和感を感じ、束縛したがるのが異常とかを感じ、その結果別れたりしている。

 

でも、理解してもらえなかったみたいで、最後には元彼が殺害したりしているじゃないですか。

 

ザックリ言えば、理解できない人にその事実をどう受け止めますか? という内容を伝えるとか説明するとかは、そのくらい難しいと思うので、関わらない方が良いというフェードアウトが多いかなあ~ と思うのです。

 

同じアパートや賃貸マンションで、同じ建物に住んでいる人かなあ~ みたいな人を見て、ちょっとおかしな人かな? とか感じれば、わざわざその人に注意するとかまずしないじゃないですか?

 

平成29年東名高速道路夫婦死亡事故でも、パーキングエリアとかで白線とか引かれていない場所に駐車していた車があり、通り過ぎる時に、スライドドアを開けて、「邪魔だ、ボケ」 とか言ったら、そばでタバコ吸って見ていた男性が怒って追いかけてしまった事で死亡していたりする。

 

それ以外でも電車に乗っていた高校生が、電車内でタバコを吸っている半グレにわざわざ注意して、10分以上に渡り殴る蹴るとか暴行を受けたという事件もあったりしました。

 

わざわざその人の目に前で、顔と顔を突き合わせて、その人の育ちが悪いという指摘をズバリしてしまい、それで何の得があるのかわからないように見える事をやってしまった結果、報復された感じの結果となるケースがあるじゃないですか。

 

だったら車の運転とかでも、最初からそういう指摘を受けないようにしておいた方が得ではないかなあ~ と思うのです。

 

私三之橋の自宅前にデカい屋根付き月極駐車場があるのですが、誰かの話をしたりする時に、「あの〇〇さんの運転を見て、ちょっとおかしな人かなあ~ と思った」 みたいに言う人って少なくない。

 

でも、本人にはそのことは言わず、第三者の隣人に話したりするので、本人は気づかない。

 

18歳の大学1年生になった時に、みんなが、「車の運転できないと将来困る事になり、それは自分で自分の首を絞める結果を招くという因果応報だよ」 みたいに言っていた。

 

実際社会人になって、会社の中でもそういった運転できないというか、下手な人とかが人生詰んでいる傾向にあるように見えたりする感じだったりする。

 

じゃあ、会社の中に、「あの人空気読めないよね~」 みたいな人がいた時に、本人を呼んで、脳をMRIでみてもらえ~ とかは言わないわけですよ。

 

テレビ番組の警察24時とかで、警察官が、「コウカク」 と呼んだりするような ”行動確認” みたいなものですよ。

 

特定の人の行動から、「この人はこんな人ではないか」 と観察していれば見えてくるわけで、それは科学的根拠とまでは言わない気がします。

 

統計確率論のようなものだと思うので、「車の運転はまったくダメだけど、空気は読める」 みたいな人も稀にいると思うのです。

 

 

 

 

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