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龍野城と城下散策 in 兵庫県たつの市

2023年10月19日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

たつの市龍野町上霞城(かみかじょう)、江戸時代、脇坂藩5万3000石の城下町として栄えた龍野城下。寛文12年(1672)『脇坂安政(わきざか やすまさ)』によって「鶏籠山(けいろうざん)」の山麓に陣屋形式の城郭:龍野城が再建。脇坂家による治世は脇坂十代、明治四年の廃城年まで続きました。

昭和54年に本丸御殿をはじめ、白亜の城壁などが復元。本丸隅櫓(すみやぐら)の奥には、鶏籠山山頂の龍野古城への登山道もあり、城址ファンには人気のスポットとなっています。

再建された「本丸御殿」。江戸時代も中期になってからの築城であった為、いわゆる天守のあるお城ではなく、大唐破風造りの玄関に、入母屋造平屋建の御殿造り。どちらかと言えば陣屋に近い形式の築城です。

当時を偲ぶ資料や現在残る数点の古図に基づき再建された旨、案内に記されています。

砂紋(さもん)が美しい「枯山水(かれさんすい)」の中庭 。庭園ガイドによれば「枯山水」とは、水を使わずに山水の趣を表した庭園のことで、配置された岩、白砂の表面に描き出された「砂紋」にも、それぞれに意味があるそうです

格天井や欄間などに細工が施された「龍野城本丸御殿上段の間」

本丸御殿の襖絵「龍煌々志」は、たつの市出身の画家 『出口龍憲氏』より昭和59年に寄贈されたものだそうです。背景が素晴らしいと一緒に収まる人物までカッコよく見えるから不思議(爆笑)

【 朧銀の 水のめぐりて 初ざくら 】加藤 三七子

復元された埋(うずみ)門

霞城館前に移築された市指定史跡「家老門」「龍野町上霞城(かみかじょう)に所在するこの門は、龍野藩の家老屋敷の門と伝えられ、高さ約4.9m、屋根幅約5.4m、支柱と控柱の4本からなっている。支柱の上に渡された幅広の冠木(かぶき)は縦に置き、重みのある門の姿を強調しており、当時の面影を残している。たつの市HPより

「霞城館」矢野勘治氏が晩年を過ごした自宅を利用して作られたもので、龍野が生んだ現代の文化人『矢野 勘治・三木 操・内海 信之・三木 清』ら4氏に関する文献や資料が一堂にそろえられています。とは言っても、私が知っているのは「嗚呼玉杯に花うけて」を作詞した『矢野 勘治』と「赤とんぼ」の作詞者『三木 操(三木 露風)』だけ(-_-;)

明治22年に龍野で生まれた三木露風。その生家は現在も残されており、明治の風情が残された屋敷の内部を見学できます。

揖保川の疎水沿いに並ぶ白壁の醤油蔵、石垣、柳・・・。細い路地の両側に立ち並ぶ情緒ある街並みは「播磨の小京都」と呼ばれ、観光客に人気のスポットとして定着しています。

揖保川の疎水に沿って建つ「松龍山:如来寺」は、脇坂家の菩提所として藩主・家中の位牌が安置されています。たまたま参拝の為に立ち寄った境内に見かけた三木露風の筆塚。傍らの「露風筆塚並歌碑由来記」に【 松風の 清きみ山にひびきけり 心澄むらん月明らけく 】の歌。

訪問日:2008年8月14日

 


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