発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

あさって人類が滅亡するとしても

2015年03月11日 | 日記
 正直に言おう、4年前、リアルタイムの震災の映像と、その後の作業服姿の首相や官房長官の映像と、原発爆発の映像を見て思ったのは、仕掛かりの仕事である本の用紙は確保できるのか、印刷できるのか、東の方に預けてある本は無事なのか、そもそもこのような状況で本は売れるのか。街道だの歴史だののヴィジュアル本など平和産業の最たるもので、これを持って街道を歩いて旅しよう、という人がこの非常時にいるのか。本を作って売って暮らす家族の生活は成り立つのか。それよりも人類は滅亡してしまうのではないか、ここにさえ住むことができなくなるのではないか。だがどこにも逃げる場所などない。どうする、どうなる? 遠くにいて私は、自分と家族の生活と商売の心配をしていたのである。 
 不謹慎にも?
 しかし、実際自分と家族の生活に影響してきたのである。
 そのうち情勢は表面上は落ち着き、売り上げも元に戻った。とはいえ、たとえば事故後原発はコントロールされていると言われているけど、新聞を読むとどうもそれは違うようである。
 被災地のことに共に思いを寄せてください、ですって?
 いつも考えてる。他人事じゃないから。
 次にこういうことが起こったら、日本経済終了なら僥倖、悪くて人類滅亡である。
 いろいろな天変地異に勝ちながら生きながらえてきた人類である。しかし天変地異と、文明のオウンゴールがセットでやってきたら、このありさまである。これが日本あるいは世界で同時多発に起こる可能性について、4年前の災害は教えてくれたのではなかったのか。
 毎日、それまでと同じに暮らしてはいる。投げやりになるつもりなどないが、それでも時々頭をかすめる。あさって人類が滅亡するとしても不思議ではないと。で、自分はどうするのだ、何ができるのだ、いつも考えてる。
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