発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

選挙にも行かずに社会を憤るな、だわ。

2015年04月14日 | 日記
 今回の統一地方選挙。市民センター近くに用事があるときに、期日前投票に行った。いつものことである。
 昔の「不在者投票」よりもはるかに簡単に投票できる。
 投票してしまうと、窓の外で選挙カーが行き交うたびに思考が中断されるのでちょっと困るが、投票済みの家の前だけまわらないでいてもらう方法などない。
 選挙カーが煩かろうと、○○さんに投票してくれとあちこちで知り合いに言われるたびにニコニコ笑うのが少し辛かろうと、それもまた民主主義だと思えば、がまんできる。
 選挙運動が始まると、1981年の名アルバム「スネークマンショー」に収録されている「正義と真実」というギャグを思い出す。
 当時は、古紙を持って行くとトイレットペーパーやティシュと交換する「ちり紙交換」と呼ばれる古紙回収トラックが町をまわっていた。久方の光のどけき住宅街、選挙カーとちり紙交換車がアナウンスの応酬を行い「正義と真実の人である候補者」の「正義と真実」は、エコな「ちり紙交換」に負けてしまうというギャグである。
 民主主義は機能しているのか。
 投票こそ、誰もに公平に与えられた権利である。大事な財産だ。何も持たない弱い者にとっては、唯一の武器となりうる。
 だが投票率は相変わらず低く、今回も40%くらいだった。つまり、投票に行ったわたくしの1票の価値は投票率が高い場合の2票分くらいあったわけで、なんだか得した気分である。いや違うか。多数の人が選挙に行かなかった結果は、選挙に行った人間も受けるわけである。
 なぜ、投票に行かないのか。誰がやっても同じ、なわけがない。しかも年末の衆院総選挙のような、最大繁忙期しかも大雪、でもないのに投票所に行かないのは、一体何なのだろう。
 さきの戦争が終るまでは、女性に選挙権がなく、つまり軽んじられていた。昭和のはじめまでは、貧乏人には選挙権がなく、軽んじられていた。
 そして今だ。選挙権があるのに、自分から選挙に行かないのだから、軽んじられて当然といえば当然である。
 選挙にも行かずに、社会を憤るな、と思う。
 ちゃんと投票してるのなら、憤っていいよ。

 
コメント (2)
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