きらく堂日記

鍼灸師の喜楽堂が日々の出来事、過去の思い出、趣味にまつわる話などを綴った日記帳(=雑記帳)です

抜き差しならない!?

2008年07月21日 | 居合・日本刀
刀に関連した言葉は沢山あります。
武士の文化が基にあってできた言葉であり、すでにその文化や慣習が廃れてしまった現在でも言葉だけが残っていて、今でも使われています。でもその言葉の起源を認識して使っている人はあまりいないのではないでしょうか。

「彼は社長の懐刀だ」;彼は表にはあまり出ないけれど、さぞ良く切れる人なのでしょうね。

「ここが目貫通りだ」;目貫は刀の柄を飾るアクセサリーです(現在では美術品)。刀をしっかり握るための手がかりとなる実用性もあったようですが、華やかで目立つものです。武士はとてもおしゃれだったのです。彫金の技術の粋がつくされており、家の格式にあったものを使用し、大名家などは金無垢が多いようです。徳川家のお抱え彫工では後藤家が有名で、小判などもここで作っていました、現在の造幣局かな。

「A氏とB氏が市長選で鎬をけずっている」;鎬は刀身の側面にある筋(一番厚くなっている)で、刀の強度を高めるための構造ですが、これが削れるほどはげしく切り結ぶ(刀を打ち合う)ことです。ちなみに相手の刀を受けるのはこの鎬の部分で、刃では受けません(欠けちゃいます)。

「彼女と抜き差しならない関係になる」;鞘と刀身がぴったりあっていて、刀を滑らかに抜いたり納めたりできるのが理想です。刀が曲がったりしてうまく合わないのをムリに鞘に入れようとすると途中で引っかかって、抜くも納めるも出来なくなってしまいます。にっちもさっちもいかなくなります。

「もとの鞘に納まる」;もとの鞘に刀が納まってめでたしめでたし。一旦抜かれた刀が、斬り合いの後、無事に納刀できて一安心。

「土壇場に追い詰められる」;土壇場とは罪人が首を切られる場所です。土壇場に引き出されて、座らされたら、万事窮すと諦めるしかありません。

「彼の優秀さは折り紙付きだ」;折り紙とは刀の鑑定書のことで、代々研ぎ師でもある本阿弥波家がその刀の真贋や価値を判断して保証書として発行しました。名刀「正宗」などは豊臣秀吉と本阿弥家が組んででっち上げた名刀であるともいわれますが、当時は千利休の「ルソン壷」などのようにいわゆる目利きが幅を利かした時代であり、価値観が大きく変わった時代なのでしょうね。

「奴もついに地金がでたね」;日本刀は中心部が軟鉄(硬さが低い粗悪な鉄)で表面が鋼鉄(炭素含有量の多い高級な鉄・玉鋼)で出来ています。折れず・曲がらずと言われるのはこのためです。非常に美しい表面をしていても、研ぎ減ってくると(特にコストダウンするために表面層の厚さが薄くなっている刀は)、下の粗悪な鉄が顔を出してきて、強度が下がりますが、美術的価値も低くなってしまいます。

「切羽つまった結果、とんでもないことをする」;切羽は刀の鍔を両側から挟んで中子(なかご;刀の本で、柄の中に入る部分)に固定するための楕円型の薄い板です。鞘の鯉口と接触していますが、これが詰まると言う表現は、刀が抜けなくなることで、追い詰められた状態かな・・・。

「恋の鞘当」;侍同士がすれ違うときは、相手を左に見ながらとなります。相手から抜き打ちで胴斬りされないようにということですが、これが右側通行の始まりであるらしいが・・・?。相手を左側に見ながらすれ違うと、腰に差している刀の鞘が当たる可能性があります。特に昔のように道幅が無い道路では、お互いに鞘がぶつかり合わないように注意してすれ違ったわけです。ここで、相手に遺恨があってけんかを売る場合(いわゆるガンツケかな)には意識して鞘を当てにいったのでしょうか(まともな侍ではまずありませんが)。

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