目指せ華麗な七十代!

旧mandalaflowerからタイトルを替えました。今から始まる七十代をより華麗に生きる覚悟です。

瓦れきの隙間にヒガンバナ。

2019-09-29 | 日記

おはようございます。

;雲が多めの空模様、日差しもありません。

 

お彼岸もとうにすぎた頃、我が家の彼岸花がさきだしました。

春先にカマドを壊したその後、再生できそうなタイルや瓦れきを放ったままにしてありました。

気がつけばそこは秋になると彼岸花が咲く場所だったのです。

そのせいでお彼岸になっても咲かない花を残念に思っていたら、彼岸を過ぎてからがれきの間さからいつものように真っ赤な花が咲き出しました。

 

植物って本当に生命力が強いですね。

天井が真っ暗でもなんとか隙間を見つけ、光を求めて伸びようとする一途な思いには頭が下がります。

 

植物だって逆境にめげずにこんなに頑張っているのに、

 

いくら辛くても自分で命を絶つなんて言語道断です。

三週間前に自殺した友に対しても、寂しさと怒りの気持ちが半々です。

残される者の事など微塵も考えないその頭の狭さに対しての怒りです。

考えたのかもしれませんが、結局は一人残して行ってしまいました。

仲良しでいつも一緒だったのに、ひとり残された奥さんが不憫です。

仕事をクビになり落ち込んでいた彼を優しく励ましていたのにね。

あれからいっぱいいろんなこと話して、いっぱい笑ったりもしたのに、、、、って。

彼女は寂しそうにそう言いました。

これからは思い出の道をひとり辿って行くのでしょうか。

私だってその知らせを聞いてから彼のことばかり思い出すのです。

それでも◯◯さんがもうこの世に居ないってまだ信じられないくらいです。

 

家族が病気や老衰で亡くなってもこんなに虚しい気持ちには襲われなかったのに、

本当に残念でなりません。

 

もしかしたら彼を助けることだって出来たかもしれない、と思う気持ちがあるからです。

すみません、また彼の話になってしまいました。

なかなか気持ちが切り替えられません。

彼の作ったゴボウや山芋やサトイモを思い出し,涙する私です。

 

デュランタの花、今年が一番花付きがいいようです。

あら、雲の割れめから日が差して来ました。

天気は回復に向かいそうです。

今日も一日良い日になりますように。

 

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秋の日

2019-09-25 | 日記

◯さんが自殺したことを知ってから、彼のことが頭から離れません。

季節はすっかり秋となり、数日で九月も終わりです。

◯◯さんとのお付き合いはそんなに長いものではありません。

短いながらもお互いの正直なモノ言いが気に入って、友達付き合いをしていました。

何度かお宅に伺ったこともあります。

会わない時が長くなると、二人して作った野菜を持参して訪ねて来てくれました。

もう二度とそんな訪問がないと思うと胸が苦しくなります。

 

以前はこんなにも彼の事を思い出さなかったのに、亡くなったと知った今は

心の中で毎日彼にはなしかけています。

秋の日に野菊の花が満開です。

 

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新生◯ちゃん

2019-09-22 | 日記

夜が来るといきなり一人の寂しさに襲われて、胸が苦しくなりました。

家人が突然入院したときのことです。

◯ちゃんは今頃どうしているでしょう。

考えただけで自分の思い出が蘇り切なくなりました。

 

部屋にはまだ真っ白なお位牌がありました。

きっと毎日毎晩◯◯さんに話しかけているに違いありません。

 

姿は見えないけれど、彼女の心の中に◯◯さんはずーっと生きて行くのでしょう。

突然に伴侶を亡くした悲しみを乗り越えて気丈に生きる◯ちゃん.

いざと言う時には自分もそうありたいと、手本を見た気分です。

 

二年前に家人が突然の骨折で入院、それは悪性リンパ腫が原因でした。

当初はあまりに突然の事にショックを受けて、乙女のように悲しみの底に沈んでしまい、毎日涙、涙。

でもしばらくして、それじゃいけないと気がつきました。

それからは今まで眠っていた自分の力を目覚めさせるときが始まったのです。

◯ちゃんはいつも、私と出会うとチョット甲高い声で

◯子さーん、と呼びました。

ぶりっ子のようにね。

でも今日はいつもの様に私のこと呼ばなかったのです。

その時なんとなく変だなって感じました。

多分彼女はもう二度とあの声で私を呼ばないかもしれません。

これからは彼女自身も知らなかった未知の自分の持つ力を頼りに生きていくでしょう。

◯でーす、とまるでアイドルのように自分を名乗る事ももうしないでしょう。

それはみんな◯◯さんに見せたい姿だったのかも知れません。

これからは新生◯ちゃん、ですね。

私の尊敬する◯ちゃん、これからも良き手本でいてください。

 

私にできることならば喜んで手を貸すつもりです。

 

本当にびっくりの一日でした。

今はゆっくり、◯◯さんのご冥福をお祈りします。

 

去年の母との訣れから歯の主治医、春にはGちゃんの友人と、そして

〇〇さん。

年齢的にも、人々との永訣の時がきているのでしょう。

 

 

 

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晴天の霹靂

2019-09-21 | 日記

今朝小さいパンを焼きました。

ちょっと先の街に住む知人の家に寄ろうと思っていたのです。

 

今年の春先に夫婦二人で遊びに来た時、長く勤めた会社をクビになり、

ご主人は少し落ち込んでいて、みんなで慰めたものでした。

奥さんは根っからの楽天家であり、ご主人のことをとても大切に考える人ですので、

避難することなく現実を受け入れて新しい人生を構築しようと提言していました。

ご主人の落ち込みがあまりに激しいのでビックリしながらも、

この奥さんがついていれば間違い無いだろうと思っていたのです。

 

それから半年あまり、連絡の行き違いがあり会えずにおりました。

そのうちに一度訪ねていこうと思いながらも日常の些事にかまけてそれっきりになっていたのです。

今日は彼らの家の近くの産直でどうしても欲しいものがあったので久しぶりに出かけて行ったのです。

訪ねて行った時、お家は留守でしたが、玄関も、窓も開いていたので挨拶声をかけていると、ちょうど私の真後ろに軽トラを運転して彼女がやって来るところでした。

 

そう言えば春にあった時、軽トラを買った話をしていたのを思い出し、

ああ、これがその軽トラか、と結構新しいじゃん、などと思ったものです。

後ろからもう一台、軽バンがついていました。

知らない男性が乗っています。

 

何時もなら、あら◯子さんなどと明るい声で私の名前を呼ぶのに

その時は少し緊張した声で、私今からこの男性と話をしなきゃならないの、と

言うのです。

声が何時もと違うので何があったのだろうとちょっと不思議に思いました。

 

一緒に玄関に入ってパンを渡すと、返す言葉で

◯◯さん、なくなったのよ、と言いました。

は?

なくなった?

亡くなったの、と静かにそう言いました。

亡くなったって、一体どうして?

信じられない気持ちで尋ねると、

自殺したの、と淋しそうな声で応えるのです。

え?まさか。。。。。

それがあまりにも予想外のことだったので、俄かには信じられませんでした。

 自分の最愛の夫の自死をタンタンと人に伝える気丈な彼女の姿にもすこし驚きました。

聞けばそれは先々週の月曜日の出来事だったようです。

 

私たちが旅に出発した丁度その日でありました。 

千葉に甚大な被害をもたらしたあの台風が過ぎた後の暑い日でした。

強烈な夏の日差しを浴びながら、彼は自分の愛した畑の作物に別れを告げ、

その隅に立っている小さな道具小屋の中で自ら命を絶ちました。

なんという事でしょう。

私はその小屋をよく覚えています。

畑はとても豊かでした。

家人などは彼を自然農のベテランとしてとても尊敬していたものです。

一目見て作物が彼に愛されていることがわかりました。

 

自分で育てた小麦を食べる直前に石臼で挽くのを常として、

粉にしてからひと月も経った小麦粉なんぞ食べたくは無い、と言って居りました。

 

勝手に一人で死んじゃえば、その贅沢な暮らしを◯ちゃんが継続できなくなるかもしれないって、

 

少しは考えられなかったのでしょうか?

残念です。

 

とても残念です。

この半年、何度も二人のことを考えました。

でも連絡が出来ませんでした。

まさかこんなことになってしまうとは、、、、、

あの人がこんな結末を選ぼうとは誰に想像出来たでしょう。

 

晴天の霹靂とはこんなときにも使えるのでしょうか?

 私たちの無念も知らず、奥さんの悲しみもそのままに、

無情にもいってしまった◯◯さんに今は永遠のサヨウナラ。

サヨナラだけが人生だ、いつか誰かが言ったっけ。

 

 

 

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。初物は西を向いて食べる

2019-09-21 | 日記

雨降りで気温も低いです。

旅行中は前半はまだ夏の陽気、少し動けば汗だくでした。

後半から少し涼しくなったけど、まだ海水浴に行ってたっけ。

でも今は寒い。数日の違いでここまで季節が変わるのはやっぱり九月ですね。

 

暑さ寒さも彼岸まで、昔の人がいいました。

 

さてさて、昨日の栗拾いの件ですが、結果おばさん家の栗はまだでした。

 

おばさん家の少し手前の道筋に大きな栗が落ちていたのでそれを拾っ期待して行ったのです。

 

でもまだでした。

おばさんが

お茶でも飲んで行ってと言いましたが、断ると本当につまらなそうな顔をするので、

つい絆されてお茶を頂いた私です。

このあたりの人はお茶を出すときには食べきれないほどお茶菓子を出してくれます。

漬物類もでます。

野沢菜だったり、沢庵漬けだったり、

昨日は自分の畑で育てた玉ネギスライスと胡瓜パプリカのスライスも混ぜたのに、

青じそドレッシングをかけて出してくれました。

咄嗟にこんなものを出して来るなんて凄ワザです。

菓子鉢には溢れるほどお菓子が盛られています。

その上、いつでも食べられるように冷蔵庫に用意してある梨まで出てきました。

突然のお茶にこれだけのおもてなしが出来るって凄い事。じゃない。?

 

この辺りではこれが常識みたいですが、

 

我が家では真似ができません。

 

まあ、お茶を飲みに寄った人にはお茶だけが普通です。

お茶菓子を買っておくとつい食べてしまうから買わないようにしているのです。

たまにある時はだしますが。。。

 

 

だからおばさんが来てもお茶だけのことが多く、

内心でケチだと思われているかも知れません。

 

結局栗は道で拾った五、六個だけ、でも蒸して食べました。

 

 

大きくてとても美味しい栗でした。今年の初物。

 

西を向いていただきましたよ。

 

 

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