“「夕やけこやけで日が暮れて 山のお寺の鐘がなる」。長い間途絶えていたお寺の鐘が、今年の四月から再び鳴るようになりました。夕闇迫る午後六時、静かな山里に「ゴーンゴーン」と鳴り響く鐘の音は、郷愁を誘い、何とも懐かしく心に染みてきます。
この鐘のある美濃安国寺は、今をさかのぼること六百五十年、室町時代、足利尊氏が全国の要所に建立した安国寺のうちの一つで、西美濃三十三霊場十五番札所になっている小さな山寺です。三年前、先のご住職が急逝されてからは無住寺になり、鐘の音も途絶えていました。村の衆は由緒ある安国寺を廃寺にはできないと、御堂や庫裏を清掃し、庭の手入れをして、熱心に住職を迎える働きをしてきました。その熱意が報われたのでしょう。このたび、新住職を迎えることができたのです。
六十歳代のお坊さまが、各家を訪ねてくださったときの村人たちの喜びはひとしおでした。そして夕刻の鐘が鳴るようになったのです。村人たちは鐘の音を合図に、野良仕事を終え、一日の無事を感謝しながら家路につくのです。「ゴーンゴーン」。今日も一日の終わりを告げるように、お寺の鐘は村中を包み込んで響き渡っています。”(7月18日付け中日新聞)
岐阜県池田町の主婦・森さん(73)の投稿文です。ボクは近年、お寺さんと縁が深くなり、よく訪れる。そして、お寺さんとは何であろうかと、よく思う。
そして、森さんのこの投稿である。無住になったお寺さんに、新しい住職が入られた。止んでいたお寺の鐘が鳴るようになった。昔の生活に戻られたようである。里山に梵鐘が鳴る風景、冒頭の童謡の風景である。こんなゆったりした時間を持ちたいものである。
かつてお寺さんは村の中心であった。大人には集会場所であった。子供には学ぶ場所も遊ぶ場所もお寺であった。住職にはそれだけのリーダーシップや指導力があった。仏の教えも尊重された。お寺の各種の行事も重要視された。しかし、それらはどちらからともなく軽視されていった。そしてどちらからともなく、お寺との縁が遠くなった。とボクは思っている。仏教関係者はこれをどう捉えているのか、この先どうしようと考えているのか、本音で聞きたいところである。葬式仏教と言われるように、葬儀や法要、お墓は大きな収入源であった。それが今や大きく様変わりをしようとしている。今、多くの寺院に人を引き寄せる魅力はない。でも、不思議なことに有名寺院の納経帳は大流行である。
さて住宅地では梵鐘はまず鳴らない。鳴らす住職も少ないが、鳴らせばやかましいと苦情を言われる。年1回の除夜の鐘でさえ苦情があると聞く。これもお寺との縁の希薄が一因であろう。そして森さんの文である。なくなると欲しくなるであろうか。
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