青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

その姿、言葉もなくて

2019年11月08日 17時00分00秒 | 水郡線

(第六久慈川橋梁@国土地理院地図より)

今回の台風19号による久慈川流域の水害によって破壊された久慈川第六橋梁は、袋田の駅を出て大子方面へ200mほどの場所にあります。その無残な惨状はテレビのニュースなどで既に目にしているところではあるのですけど、改めて自分の目でもその現場を見てみたくて訪れてみました。下小川から大子にかけての久慈川は東の阿武隈山地と西の八溝山地に挟まれた隘路をくねるように久慈川が流れ、奥久慈渓谷を形成しています。その分、水によって橋に架かるエネルギーも相当に大きくなったことは想像に難くありません。

橋の脇にある県道の高台から、久慈川と破壊されてしまった鉄道橋の凄惨な現場を眺める。あまりの有り様にしばし言葉を失う。テレビで見て知ってはいたけれど、何というかリアルに勝るものはないなという事実を改めて。隣にいる子供もさすがにびっくりして「やっばあ~!!」と言ったまんまでいる。袋田駅側の土台から引きちぎられるように崩された橋のガーター部分が、水に押し流されてはるか向こう100mくらい下流の橋に引っかかるようにして止まっていた。おそらく5~6個は立っていたと思われる石積みの橋脚は無残にもボキリと折れ、これも破壊し尽くされて川の中のあちこちに散らばっているような状態でした。

根元の部分からせん断された大子側の橋脚。石積みで巻き立てられた橋脚は、中身を大きめの砂利石で埋めている古風な作りのもの。おそらく昭和初期の開業当時からのものであったろうと推測されますが、建設されて以降90年余、これほどまでの洪水はなかったのでしょう。石積みの橋脚の上に乗っていたガーター桁は水の中に落とされ、くの字に折れ曲がって無残な姿をさらしています。この辺りは久慈川の護岸も崩されてしまったようで、土嚢を積んでの仮復旧と併せて堤防の補修が始まっていました。

線路の袋田側はすでにレールが外されて鉄板が引かれており、河川工事用の取り付け道路になるようです。久慈川第六橋梁は川の流れに蛇行した部分にかかっており、おそらく川の流路の外側で流れを強く受け止めていた袋田側の土台が破壊され、それに引きずられるようにガーター橋と橋脚が川に流されていったように見えます。現在のところ、この久慈川第六橋梁の復旧の見通しは立っていないようですが、これはただ壊れた橋を架け替えるだけではなく、周辺の護岸工事を含め久慈川における治水の在り方をもう一度ゼロベースで見直して、もう二度とこのような災害が起こらないように、河川改修と併せた復旧へのグランドデザインを作り上げる必要があるのだとか。

となると、県の認可や建設省の認可、そしてJRの復旧費用に対する予算付けなど、復旧に向けての段取りがどこまで迅速に出来るか。要するに「ヒト・モノ・カネ」をどこまで投入できるかということなのですが、梶山静六センセでもお元気だったらばドカーンと国の予算が付いたのかしら。常陸太田の奥にある竜神大吊橋は「観光の目玉に!」と静六センセが一生懸命だったみたいだけど、こっちの橋のほうも、あちらの方から何とか一つ後押しを願えないものなのだろうか。そんな浮世離れした話でもしなければやってられないほどの目の前の状況でありました。ようやく今週になって落ちた橋梁部分の撤去が開始されたようですが・・・うーん、どう早く見積もっても1年くらいはかかるのだろうか。

とにかく、月並みですが早い復旧を祈るばかりです。

コメント
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