goo blog サービス終了のお知らせ 

MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

これ以上の失態を防ぐために

2010-05-09 00:05:03 | Weblog

黒澤記念館を断念 財団、伊万里市に「資金難」 スピルバーグ氏ら理事解任(産経新聞) - goo ニュース

それにしてもこの黒澤久雄のバカ息子振りは尋常なものではない。父親の黒澤明が

新作の資金繰りで困っていた時にジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグ、

マーティン・スコセッシが手を差し伸べてくれたおかげで『影武者』や『夢』などが制作

できたはずなのだが、その3氏を黒澤財団理事の解任扱いにしてしまうという非礼

は常識では考えられない。その上父親の記念館建設を断念して仮施設のサテライト

スタジオのリニューアルで済まそうというのである。はっきり言うならば黒澤久雄は

自身の父親の偉大さが全く分かっていないし、黒澤作品というよりも芸術自体に

愛情の欠片さえ持っていないのである。私の勘繰りでは黒澤久雄は父親に対する

秘めた嫉妬による憎悪で意図的にめちゃくちゃにしているのかもしれない。だから

黒澤久雄は一刻も早く黒澤明に関する全ての事から手を引いて欲しい。黒澤作品

を愛している人はいくらでもいるはずなのだから。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『プレシャス』 80点

2010-05-09 00:02:14 | goo映画レビュー

プレシャス

2009年/アメリカ

ネタバレ

映像の受容の仕方

総合★★★★☆ 80

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 キャリー・マリガン主演の『17歳の肖像』が‘教育’に関するものであることは原題から分かっていたのであるが、この『プレシャス』も‘教育映画’であるとは思わなかった。ここでいう‘教育映画’とは‘教育’を描いているというよりも、観客を‘教育する’という実践的な意味を有する。
 主人公のプレシャスの人生は悲惨極まりないものであるが、リー・ダニエルズ監督の演出は観客の涙を誘うようなものではなく、厳しい現実と対峙しなければならなくなった時にいかにして乗り切るかという方法を提示するものである。辛い目に遭った時にプレシャスは自分がスターとしてもてはやされている状況や、映画のワンシーンで演じているような妄想でやり過ごしていた。学校で好きな科目も国語ではなくて数学だった。しかし学校を退学することになり、フリースクールに通うことになったプレシャスに教師のブルー・レインは自ら言葉を紡ぐことを教え諭す。妄想ではなくて現実に根ざしたところから自分の人生の物語を書き始めなければ問題を解決する可能性はありえないからである。
 中日新聞の『プレシャス』評において映画監督の崔洋一氏は「このような映画に出演するマライア・キャリーやレニー・クラヴィッツを日本のスターに見習ってもらいたい」という趣旨のことを書いていたのであるが、この映画の意図が全く理解できていないと思う。勿論マライア・キャリーやレニー・クラヴィッツは‘客寄せパンダ’としてこの作品に出演しているわけではない。スターと呼ばれている彼らはプレシャスの憧れの的であるはずだが、スターと呼ばれている彼らでさえ現実に根ざしたところから人生を組み立てていって、たまたま運と才能に恵まれてスターの立場にいるだけなのであり、普段はプレシャスと同じ‘普通の人間’であるということを示すために出演しているのである。このような演出上のテクニックが理解できないことは一般の観客であるならばともかく、映画監督としては致命的だと思う。大御所になると何でも知っているような気分になってしまうことはやむを得ないのかもしれない。生きることは学ぶことであるということを『プレシャス』は教えてくれているはずなのだが。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

末期的症状

2010-05-08 00:08:16 | Weblog

普天間「生活に影響ない」=沖縄の市議反発し、発言撤回-民主・山岡氏(時事通信) - goo ニュース

 民主党の山岡賢次国会対策委員長のこの発言は鳩山由紀夫首相ののらりくらり

した発言を真似したつもりなのだろうが、完全にしくじってしまっている。アメリカ軍の

普天間飛行場の移設問題について「直接、国民の生活には影響しない」と語って

しまい、沖縄県の市議に抗議された時に山岡は「国会に出ている法案を生活法案と

言うつもりで申し上げた」と釈明したのだが、この釈明も意味がよく分からない。

子ども手当が生活法案ということらしいが、子どものいない家族には何の“影響”も

ないはずである。ようするに政治家の仕事において国民の生活に影響しないもの

などないということが山岡には分かっていないのである。 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

師匠は明石家さんま

2010-05-07 19:28:10 | Weblog

モト冬樹が由美夫人を初披露「ハゲと知らなかった」(スポーツニッポン) - goo ニュース

 モト冬樹がハゲなのかハゲではないのかは以前から議論されていることである。

日本テレビの番組の「ダウンタウンDX」においても浜田雅功はモト冬樹は完全に

ハゲていると主張していたが松本人志はモト冬樹のハゲに関しては完全に否定的

な立場を示していた。つまりハゲの定義の仕方によってはモト冬樹のハゲ方はハゲ

ているとも言えるしハゲていないと言えば言える微妙なハゲ方であるといえる。

しかしそれよりも昨日「ダウンタウンDX」を見て驚いたことは、「Chanko Dining若」

という料理店が破産したというニュースが流れている同じ日に、高級車を購入した

費用としていままで2億円使ってしまったと苦笑いしていた、その店の設立者である

花田勝の能天気さである。さんま仕込みのギャグだったのだろうか


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『17歳の肖像』 80点

2010-05-06 20:43:42 | goo映画レビュー

17歳の肖像

2009年/イギリス

ネタバレ

知識の質

総合★★★★☆ 80

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 この作品のタイトルが「教育(原題)」とされている理由は、結局教育というものが主人公の高校生ジェニー・ミラーだけではなく、生きている限り誰でも必要とするものだということのみならず、教育で得た知識というものが同じであると同時に違うものだという複雑さを強調したかったからだと思う。
 例えばチェロを抱えたまま雨が降る中、バスが来るのを待っているジェニー・ミラーのそばに車でデイヴィッド・ゴールドマンが近づいてきて車に乗るように声をかけ、その時チェロやクラシック音楽に関する知識をジェニーに披露する。ジェニーは同じ知識を共有できるデイヴィッドに心惹かれるが、ジェニーとデイヴィッドが共有している知識は同じものではあっても質が違っている。勿論ジェニーの知識は好奇心でもって学んだものであるが、デイヴィッドの知識はお金になるかならないか確認するために得たものである。
 ジェニー・ミラーの不得意な科目がラテン語であるというのも象徴的である。何故ならラテン語はお金にはならない知識だからである。その知識の質の違いがまだよく分かっていなかったジェニーがデイヴィッドの華麗な教養と生活に魅了されて学校を退学してしまうことは若気の至りとしてやむを得ない。
 だからジェニーが路頭に迷ってスタッブズ先生の家を訪ねた時は驚いたはずである。何故なら‘死んでいる’ように見えていたスタッブズ先生が本に囲まれた、まさにジェニーが理想としていた生活を送っていたからである。
 デイヴィッド・ゴールドマンが車のダッシュ・ボードなどに夫婦の手紙を入れておくことがありうるのか疑問を抱いてしまうのだが、それ以上にこの作品の日本語字幕に疑問を感じた。「Traveling Jew」や「Blindness」などが上手く訳されていなかった。念を押しておくがこの作品のタイトルは「教育」である。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無意味なキャラクター設定

2010-05-06 00:14:38 | Weblog

今だから“バラエティー発” 石橋貴明が語る映画「矢島美容室」(産経新聞) - goo ニュース

 テレビのバラエティー番組の映画化は悪くはないと思う。「日本人の父親は失踪、

アメリカ育ちの娘2人が父親を探して来日し、桜を見て自身に流れる日本人の血を

認識する」という“矢島美容室”の3人のキャラクター作りも悪くはなかった。しかし

実際映画の中で描かれているメインの場面はストロベリーがリーダーとして参加して

いるソフトボールチームの試合であり、父親はワンシーンしか出ていないために、

父親が失踪した理由など観客が知りたいことは全く分からないまま終わっていた。

“しっかりしたベース”があっても、そのベースを活かさなければ意味がないと思う。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

名曲の条件

2010-05-05 21:54:12 | 邦楽

「歌詞サイト」若者に人気 言葉のリアリティー重視(産経新聞) - goo ニュース

 この記事を読んで私が最近の若い世代の楽曲が理解できない理由が分かった。

「長期にわたり閲覧数が多いのは恋愛に関する歌詞や女性の気持ちをつづった

歌詞。共感を得られる歌詞に人気があるようです」と分析されている。ポップスを

聴く時にそれほど歌詞が重要なのか私にはよく分からない。“ポスト宇多田ヒカル”

と呼ばれているらしい加藤ミリヤの歌も私にはその良さが分からなかった。ただ

浜崎あゆみが宇多田ヒカルが作ったような楽曲を歌っているような感じは以前から

分かっていたのだが、ようやく「Bye Bye」という傑作を発表してくれたことで彼女の

良さが理解できた有様である。しかし「Bye Bye」の歌詞が特別かというとむしろ

ありふれた歌詞であり、やはりサウンドと歌詞の奇跡的な融合こそが名曲の必須

の条件になるのだと思う。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“美顔”の意味

2010-05-04 00:12:48 | Weblog

長谷川穂積がモンティエルと年内再戦へ(日刊スポーツ) - goo ニュース

 それにしても長谷川穂積があのような形でノックアウトされるシーンを見ることに

なるとは想像もしていなかった。確かにWBO3階級を制覇しておりWBOバンタム級

王者であったフェルナンド・モンティエルの顔がずいぶんときれいだったことがとても

印象に残っていて、かなりの試合数をこなしている割には顔を殴られていないという

ことだからかなりの強敵であることは分かっていたのだが、モンティエルのパンチを

もらった時に長谷川がクリンチにいかなかったのはやはり長谷川も強すぎたために

あのようなパンチを喰らった時の対策が疎かであったことは否めない。スコアの上

では3回までリードしていた訳だから再戦で真の王者をはっきりさせてもらいたい。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ゼブラーマン -ゼブラシティの逆襲-』 30点

2010-05-03 23:39:41 | goo映画レビュー

ゼブラーマン -ゼブラシティの逆襲-

2010年/日本

ネタバレ

ラストのオチについて

総合★☆☆☆☆ 30

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 一般的にヒーローは白黒つけたがるものであり、シマウマは白黒の柄だからという安易な理由で創作されたに違いないゼブラーマンというキャラクターは、『ゼブラーマン』(2004年)においてそのデタラメさを何としてでも補おうとするかのように、例えば鈴木京香が演じた浅野可奈が宇宙人を目の当たりにした時の手を口に当ててする驚き方のように、過去のSF/怪奇映画やテレビドラマの作品からの引用を駆使した結果、生身のヒーローの悲哀が描かれることになり、観賞するに堪えられる以上のものになっていた。『ゼブラーマン』が傑作であるとするのならば、脚本家の宮藤官九郎が自らに‘ゼブラーマン’というお題を与えて、そのお題に見事に答えた結果による。
 『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』において宮藤官九郎は再び自らにお題を出した。「白黒つけるはずのゼブラーマンが最初から白と黒に分かれていたとするならば?」‘白黒つけるぜ’とは勿論善し悪しをはっきりさせるという意味であり、白と黒を分けるという意味ではないことは宮藤官九郎本人は十分に理解した上で自らに試練を与えているのである。
 何故逆襲するのが‘街’なのかは、スターウォーズのエピソード5のタイトルである‘帝国の逆襲’をそのまま踏襲したからである。つまりこの作品においてはゼブラーマンがルーク・スカイウォーカーであり、完全にレディー・ガガのパクリであるゼブラクイーンがダース・ベイダーと思われる。前作では父親と家族の間に漂うペーソスが感じられたのだが、ゼブラーマンとゼブラクイーンの間には父親と娘という関係性はない。近親相姦になってしまうからである。
 その結果白黒つけられなかったゼブラーマンの答えはお寒いものだと思う。宮藤官九郎が意図的に外したという見方もできないことはないが、やっぱり良いアイデアが思いつかないまま苦しまぎれに‘置きにいった’ラストがスベっていると見る方が自然だと思う。前作が良かっただけに残念と言わざるを得ない。Wコロンのねずっちのようには上手くはいかなかったのである。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不可解な報道の仕方

2010-05-03 17:10:03 | Weblog

愛子さま、出席時限増える 雅子さま付き添い3時限ほど(朝日新聞) - goo ニュース

皇太子ご一家が新幹線でJR宇都宮駅に到着した際の愛子内親王の様子をテレビ

で見て驚いた。笑顔が無いことはいつものことなので問題はないが、愛子内親王は

笑顔が無いどころか顔が引きつっていたように見えた。しかし番組のコメンテーター

や司会者は誰もそのことに触れることもない。学校に毎日登校されているといっても

母親が同伴しなければ登校できない状況が続いているのに、そのことに関しても

誰も触れようとしない。そもそも乱暴な児童に対して何故他の女の子は誰も不登校

になっていないのか? とにかく愛子内親王が病気になっていることに対して誰もが

回復傾向と前提してしまう限り、親子の病気が回復する事はありえないと思う。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする