MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『西城家の饗宴』

2017-11-27 00:23:29 | goo映画レビュー

原題:『西城家の饗宴』
監督:鈴木英夫
脚本:新藤兼人
撮影:渡辺公夫
出演:菅井一郎/瀧花久子/千秋実/中北千枝子/三條美紀/荒川さつき/若山セツ子
1951年/日本

映像作家としての新藤兼人の「演出論」について

 作品冒頭において主人公の西城晋作が長男の浩太郎の長男の赤ん坊のヒロシを背負って歩いているのだが、カット割りをしながら晋作が右から左に歩いていく演出に監督のセンスの良さを感じる。
 元海軍大佐の晋作は今は失業中で、家には妻の民江、長男の妻の孝子、戦死した次男の妻の咲枝、次女の敦子と三男で学生の泰三郎が一緒に暮らしており、長男の浩太郎が富士銀行に勤めて家計を支えている。長女の藤子は鯉口駿介と結婚して家を出て、身ごもっている。
 咲枝の酒井三郎との再婚や、藤子の早産による入院費や、敦子が山下芸能社の社長に騙されて借りた5万円などの出費で、晋作はついに敦子の伝で勤め始めたばかりの劇作協会のお金に手をつけてしまうのである。
 追い詰められた晋作が取った行動は意外なものだった。晋作は海軍大佐時代を思い出すような行動を取って気が狂ったような振りをするのであるが、これは突飛な演出なのだろうか。敦子が映画のニューフェイス志願しているのだが、何度も試験に落ちて「天気座」という新劇の研究生であることを鑑みるならば、演技の勉強をしている敦子の芝居はダメで、素人の晋作の芝居が通用することが皮肉として見えなくはないのである。
 しかしそんな晋作の「演技」は晋作が大好きなパイプを持っていることに気がついた民江によって嘘だとバレてしまい、家族を一丸にまとめようとした晋作の目論みは失敗してしまう。ところがラストにおいて劇作協会と富士銀行の十四分会の草野球の試合が行われ、相手が打った球を晋作が見事にキャッチすることで応援に駆け付けた5人の女性たちが一斉に喜ぶシーンで本作は終わるのであるが、「ロール(role)」というものを考えた時、「演劇」の役よりも野球の役割の方が人を魅了して一丸にさせるところがその後の映画監督としての新藤兼人の「演出論」として興味深いのである。
 山下芸能社の出入り口に『地獄への道』(ヘンリー・キング監督 1939年)のポスターが貼られているギャグも面白いのだが、本作と『安城家の舞踏會』(吉村公三郎監督 1947年)の関係を、『カルメン故郷に帰る』(木下惠介監督 1951年)と『カルメン純情す』(木下惠介監督 1952年)の関係と比較してフィクションとメタフィクションを考察してみるのも面白いと思う。


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