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「遺骨 戦没者三一〇万人の戦後史」栗原俊雄

2016年03月19日 21時27分02秒 | 読書(昭和史/平成史)


「遺骨 戦没者三一〇万人の戦後史」栗原俊雄

今でも、遺骨を探し続けている。
先日も、「ミャンマーの遺骨10柱帰還」、とニュースであった。
インパール作戦の日本人遺骨10柱帰還:朝日新聞デジタル 
少数民族との抗争で、立ち入りが出来なかったのだ。
インパール作戦では多くの方が亡くなった。
「白骨街道」と言われるほど。

さて、本作のタイトル、ずばり「遺骨」である。
戦争時の「遺骨」はどうなったのか?
硫黄島で、南洋諸島では、どのように埋葬されたのか?
あるいは、そのままなのか?
日本ではどうだろう?
東京大空襲では、一度に多くの方が亡くなった。
仮埋葬の後、どうなったのか?
(霊感の強い方なら、東京に住めないかも)

まえがき
国家は、未曾有の危機に直面したときその本質をあらわにする。大日本帝国は戦争に負けて瓦解した。国内外の遺骨を収容することはできず、帝国の負債として残った。この負債を、戦後の日本国あるいは日本人がどのように清算し、あるいは積み残してきたのか。

P3-4
戦時中、政府は市民が空襲を避けるために逃げることを原則として禁止した。戦争に必要な生産力が低下するからだ。

現在の硫黄島の話
P42
島駐在の、ある自衛隊幹部が話してくれた。「夜になると、軍靴の音が聞こえたんですよ。『ざっ、ざっ、ざっ、ざっ』。私にはいわゆる霊感はないんですが」。

【参考リンク】
国民公園及び千鳥ケ淵戦没者墓苑[環境省] -

概要:硫黄島 « 小笠原村公式サイト

満蒙開拓平和記念館

【ネット上の紹介】
沖縄で、硫黄島で、南洋諸島で、シベリアで、いまも親族の遺骨を探し続ける人々がいる。空襲や原爆では、身元不明のまま、多くの市民が「仮埋葬」されたが、その後どうなったのか。戦争の結果、遺骨となった三一〇万人の「未完の戦後」を現地に探ったルポ。戦争とは?国家とは?遺骨から日本の戦後が見える。

[目次]
第1章 首都東京・足元の遺骨(のどかな公園で
甘かった被害想定
大空襲の犠牲者はどこへ行ったのか ほか)
第2章 激戦地・硫黄島で(戦略上の要衝
圧倒的戦力差のなかの戦い
菅政権下の「成果」 ほか)
第3章 沖縄・広島・長崎の死者たち(「沖縄戦」戦死者の出身地
残るのは三二〇九柱?
開発の波 ほか)
第4章 遺骨収容の戦後史(日清、日露戦争と戦没者遺骨
戦争まみれの大日本帝国を象徴する墓地
「戦陣訓」―のたれ死にの教え ほか)
第5章 戦没者慰霊の国際比較(骨にこだわるのは日本文化ゆえか
すべて母国に帰還を―アメリカ
関係悪化の北朝鮮でも ほか)
第6章 日本の「戦後」を問い直す(戦後七〇年を前に
「満州国」の墓標
荒野に実るリンゴ ほか)