特にこれと言ったコンセプトのないブログ 2015年10月意識低い系を宣言。

私の辞書に努力と継続と言う文字は無い。
1999年人類滅亡を信じて生きてきたが
その後も惰性で日々を送っている。

仕事がないという意味

2008年09月27日 | フィリピン
三日前のことだった。今の職場で半年過ぎても正社員として採用される見込みがなくなった。あと3ヶ月様子を見たいということだった。半年過ぎても人物評価ができない組織にいても意味がないと思ったので、その翌日区切りよく半年で仕事を辞めると伝えた。

Makatiで過ごした半年間も経済的な意味は皆無に等しかった。経済的に困窮していればお金を稼ぐことに意味を見出せた可能性もあるが、今の自分の資産状況では僅かUS$1,000ちょいの月給のために一日の大半を単調極まりない事務手続きに費やすことに矛盾を感じていたのはある側面から考えると事実である。たしかに、フィリピンの一般労働者に比べればよい給料をもらっていると考えることもできるのだろうが、それは自分を偽っているだけなのだ。おまけに、公的な身分証明書がないと、この街では銀行の口座を開設することもできなかったので、自分の趣味である金融投資に関与できなかったのも、怠惰な生活間を助長させたし、この資本があるのに何もできない状態というのがストレスの要因になっていた。

会社で選んでくれた自分の部屋の環境が最悪だったことも、容易に退職を決意する手助けになった。この国で人に任せるとろくなことにならないということが、ここでも証明された。一日一秒も太陽の光が届かない暗い部屋、昼間でも電気をつけなければならない。おまけに目の前に建築中のコンドがあるため、窓を開けるとセメントの粉が舞い込んでくるので、空気の入れ替えもできない。こんな環境に半年以上居たら神経症や精神病になりそうだ。

とはいえ、この半年間で少なくない人々との接触を通じ意味を感じる出会いもあったで、良い時間を過ごせたとまとめることにしよう。


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