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マイペースで行こう

東京都東久留米市内のキリスト教会の牧師のブログです。更新も内容もマイペースですが、20年目に入りました。

なぜ苦しみをうけたのか?

2007-10-31 16:51:55 | 教会の風景
今日は「イエス・キリストの受難」の第3課を学ぶ。

③従順を学び、全うされた者となるため

「キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び・・・」(へブル5:8)

「神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、原因である方として、ふさわしいことであったのです。」(へブル2:10)


冒頭の聖書箇所によると・・・

完全で罪のないイエス様が様々な試みや十字架の苦しみを経験したのは、従順を学び、全うされた者となるためだったという。


本文の説明は・・・

「試練がやって来るたびに、主イエスは実際の場面で、そして痛みの中で、従うことの真意を学ばれたということです。・・・私たちを救うために達成しなければならない完全な義を達成してゆかれたということです。・・・もし神の子が受肉してから十字架に至るまで、その義と愛を試すような誘惑や痛みと無関係な生涯を送ったとしたら、罪に染まった人類の救い主にはなれなかった、ということです。」

しかも、このように加えられている。
「それによって主は私たちを『兄弟姉妹』とお呼びになることができるようになったのです。」


今晩も祈祷会に集まるみなさんとゆっくり分かち合いながら、理解を深めていきたい。

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さあ、行きなさい

2007-10-31 16:21:40 | 聖書通読
聖書箇所 ルカの福音書 10:2,3
「実りは多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。さあ、行きなさい。」


これは、主が送り出す弟子たちに告げた言葉。

状況:収穫できるようになった実りは多い。でも働き手が少ない。

命令:働き手が与えられるように祈りなさい。
    行きなさい。


今朝聖書を読みながら、私はこの言葉に目を留めた。
ともに福音を伝える奉仕者がさらに起こされるようにと祈りをささげた。

そして、午後からはポスティングへ出かけた。
教会近辺のお宅にクリスチャン新聞11月号とPower For Livingのチラシを配った。
主の働きのために使って頂ける喜びを覚えつつ。


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