マイペースで行こう

東村山市内のキリスト教会の牧師のブログです。更新も内容もマイペースですが、18年目に入りました。

特別行事のお知らせ

2019-04-16 23:15:11 | 教会の風景
春の訪れとともに、今年もイースターを迎えます。
イースター礼拝をご案内します。 
 
東村山聖書教会 イースター礼拝
日時:2019年4月21日(日) 10:30~11:45
場所:東村山聖書教会
聖書朗読や説教、聖歌隊の合唱や楽器演奏を予定しています。
 
 
 
 
キリストの復活を記念して、神に礼拝をささげる集いにご一緒しませんか? 
キリスト教の教会を訪ねるのは初めてという方でも歓迎します。
聖書や讃美歌は貸出用があります。
 
<アクセス>
西武新宿線 東村山駅 西口より徒歩3分
ビル4階の一室です。Google MAP
 
<お問い合わせ>
東村山聖書教会
牧師 天野孝則
hmbch2016***yahoo.co.jp [***に@]
 

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自分を知る

2019-04-11 16:23:00 | 神学校・講座

先日、池袋の教会を会場にしている講座に出席してきました。キリスト教カウンセリングセンター(C.C.C.)が開いている、交流分析の研究会(全10回)です。

このセンターの講座を受講するのは初めてです。ちょっとした緊張感を味わいつつ、最初のクラスに参加。行ってみれば、ほど良い参加人数で、落ち着いて学べそうなクラスの雰囲気でした。

今回、私がこの講座の受講を決めたのは、まず自分自身を知る助けを得るためです。そして結果的に、他者へのサポートをより適切に果たせるようになればと思っています。

初回はおもに、交流分析の下地となる基本的な概念や用語の解説等を聞きました。私の場合、この分野の専門知識の蓄積があまりありませんので、とても助かりました。

自分の復習がてら、少しだけ内容に触れますと「自我状態」は、CP,NP,A,FC,AC5つに分類されます。CPは批判的親。NPは養育的親。Aは大人。FCは自由な子ども。ACは順応した子ども。

自分の認識では、A > NP > ACという傾向があるかなぁと思っています。今回のクラスでの説明を聞きながら、ACに含まれるRCの傾向もややあるかもと思いました。RCは反抗する子どもです。ちなみに、FCは私にとって「長年の課題」というと大袈裟かもしれませんが、少しは改善されてるかどうか。このブログの記事にもそうですが、実生活にも休息や気晴らしを入れるようにしています。

次回、エゴグラムを扱う予定ですので、その結果はどうなるでしょうか

 

散歩のときに撮った写真を入れておきます。

 

 

 

 


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阿須運動公園

2019-04-05 17:00:00 | ちょっと息抜き
今日も散歩がてら、阿須運動公園へ。今日は妻も一緒でした。
昼頃はそれほど風もなく、暖かでお花見日和。家族連れやお仲間で、お花見を楽しむ方々の姿も多く見られました。天気にもよりますが、週末はかなり混みそうですね。
 
 
 
 
さて、阿須運動公園と入間川沿いでウォーキング中に撮った写真も載せておきます。先週末あたりからのものですが。
先週末は曇り空で、まだ肌寒い感じでした。
 
 
 
 
阿須運動公園からの遊歩道を川沿いに下って行くと…
 
 
 
 
桜並木の下を通ります。立派な桜の木が連なっています。
 
 
そして、下の2枚は入間川の対岸の公園付近です。岩沢運動公園を抜けて、第1区カッパグラウンド公園の辺りです。ちなみに、このカッパグラウンド公園は、ソフトボール愛好家の方々がボランティアで整備しているそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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Footprints 15

2019-04-04 19:15:00 | Footprints

 

牧師として働き始めて、14年目を迎えました。

13年間いろいろなことがありました。東京に来た当初には予想もしなかった状況にありますが、これまで私の経験してきた一つ一つが今につながっているように思います。そして、それは「今に」というだけでなく、「将来に」つながるとも言えます。

 

今日のウォーキングの最中、あるPodcastを聞いていました。

 Beeson Divinity Podcast

John Calvin: A Reformer for Our Time

この講義の中で、ふと私の心に留まったことがありました。

宗教改革の先進的な神学者、カルヴァンの一つの特徴に refugee (亡命者)だったことを挙げています。彼はフランスから、迫害から逃れて、ジュネーヴに身を寄せて、働きの場としました。

当時の状況からそうせざるを得なかったのでしょうが、その状況、その条件で、後々までも残る働きをしました。神のなさることは、人の思いを超えています。

 

途中から脱線して、スケールの大きな話になってしまいましたが

身近な話に戻しますと、私も含めて今の開拓教会に集う方々は、ある意味で「流れ着いた者」同士という見方もできるかなと思います(教会の皆さん、失礼な言い方ですみません)。でも、だからこそ信仰や教会について大切にできる視点や志もあるのではないかと私は思っています。

この時代にあって、聖書に基づく教会のあり方、健全さを共に追い求めていく交わりは、私にとって慰めに満ちたものです。新年度を迎えて、この一年も神のみこころが実現していきますように。


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