goo blog サービス終了のお知らせ 

マイペースで行こう

東京都東久留米市内のキリスト教会の牧師のブログです。更新も内容もマイペースですが、20年目に入りました。

解禁

2007-04-26 14:15:40 | ちょっと息抜き
昨日まで妻のいとこのSちゃんと妻の妹NがA荘に滞在していた。


滞在中のこと。
事前に妻がSちゃんのためにと、あるお昼のTV番組の観覧希望に応募した。
実はそれが当たっていた。


それで火曜日に3人は新宿に出かけた。
私は当然知っていたので、神学校の講義から帰り、しっかり録画もしてTVも見ていた。
結構目立つ位置だったので何度か映ったのは私にも分かった。


そして、ブログの記事にしたい衝動に駆られたけれど、グッと我慢した。
妻のことだから「やめて~」というのは確実。
しかも教会の方々には誰にも言っていないと思っていた。


が、しかし!!
どうやら妻は教会の青年たち数人に言っていたらしい。
しかもそこから広まっていたみたい。
昨日の祈祷会でも、思わぬ方から「見ましたよ~」という声をかけられたり、予想外の方からメールが届いたり。
こちらとしては「な~んだぁ」という感じで笑ってしまった。


おまけにY君はさらに詳細に番組をチェックしていた。
妻の声も聞き分けていた!
我が家のビデオでY君の指摘を確認。
確かにあの声はそうだと思う。
姿は見えなくても存在感あり。
みんなで笑ってしまった。
それにしても、Y君がよく声だけで気がついたなぁと感心。


というわけで、もう解禁かなと判断して記事にしてしまった。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ギャップにどう向き合うか

2007-04-26 13:49:47 | 教会の風景
今、祈祷会の学びの時間は「いてくれてありがとう」という本を読んでいる。
参加者の方々と輪読して、それぞれが感じたこと思うことを分かち合う形式を取っている。
昨日で3回目。


できる/できないで人を見る「機能論的人間観」。
その人の存在そのものを尊重する「存在論的人間観」。
著者である牧師さんのエピソードを交えながら分かりやすく説明してある。
準備のために読みながら、また集まりでみなさんの話を聞きながら、私自身毎回考えさせられる。


職場や学校では、常に競争が付きまとう。
成績や評価が離れない。
いつのまにか、その成績や評価が、その人の価値に置き換えられてしまうことも。


聖書に基づく「存在論的人間観」「いてくれてありがとう」の心は、空しい理想なのか・・・。
ここにクリスチャンが経験する葛藤があると思う。
価値観の違う社会の中で、いかに自分たちの価値観を保っていくか。
単なる理想としてではなく、ライフスタイルとして「いてくれてありがとう」のメッセージを発信していきたい。


教会を訪れる人々が「ここなら安心できる」「素の自分を出せる」と感じて元気になれること、それが教会のあり方だと思う。
教会に集まることが「楽しい」「ホッとできる」「いやされる」「仲間との一体感を感じる」ものでありたい。
聖書で言う「キリストのからだ」としての「教会」のオリジナリティは大切。
神様の温かい眼差しを知っている教会には大きな使命が託されている。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする