鷹泊 昭和30年代

いまは超過疎地になった北海道深川市鷹泊 自然にめぐまれたその地で昭和30年代を過ごした自分がその当時を思い出してみた

 鷹泊小中学校での昭和30年代の遠い日の思い出。その2 5月

2020年12月08日 | Weblog

写真は解体中の鷹泊校舎(鷹泊小学校記念誌より。)これは昭和50年4月の写真であるが、鷹泊小·中学校の校庭の積雪量の多さにあらためて驚く。

5月は桜の季節であるが、鷹泊の開花は他地域より遅いようだ。10年前の5月に鷹泊を訪れた時には、途中の多度志までは桜の満開を確認したが鷹泊では開花しておらず、1週間後に再度訪れてやっとリフレッシュプラザ鷹泊の千本桜がきれいに咲いているのを見た経緯がある。

昭和39年は5月15日が春の遠足日であったが、鷹泊小中学校の遠足は秋の遠足を含めて、鷹泊ダムが主たる遠足先だった。小学4年の時は、遠足先がペンケ神社であったが、ちょうど神社境内の桜が満開でありその美しさは記憶は今も脳裏に焼き付いている。

5月17日-21日  中学校修学旅行。青函連絡船に乗り、弘前・十和田湖まで行き、函館を通って戻るコースで、今とそれほど変わっていないのかもしれない。深川よりも遠くにでかけたことがない当時の生徒にとって見聞を広げる修学旅行の原点たる機会であった。

5月28日-6月1 日 農繁休暇。農業が主体だった当時の鷹泊では、苗植え時期と稲刈りに合わせたと思われる日程で農繁休暇があった。今はこのようなことで学校が休みになったりしないはずである。農業が機械化される前の時代で、田植えには猫の手も借りたいということで、カッコウの声を聞きながら田植えを手伝ったことを思い出す。


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