鷹泊 昭和30年代

いまは超過疎地になった北海道深川市鷹泊 自然にめぐまれたその地で昭和30年代を過ごした自分がその当時を思い出してみた

ダムをめざして道道693線を進行。

2024年05月13日 | Weblog

道端の田畑の風景は11月で、刈り入れも済んだ後でもあり水田なのかソバ畑なのかわからない。

この写真は竜水地区の田畑である。ソバ畑だと思うが、作つけを止めてしまっているのかもしれない。

昭和30年代は荒れ地を整備して水田を造る動きが活発だった。竜水・ヌップ地域は、山に近い方でも造田が進められていた。しかしあの頃の米はまずかった。等級に入らない、いわゆるくず米に選別された米を食べていた記憶もある。今だと北海道米はおいしいのだが。せっかく水田を増やして、米づくりにはげんでいても、国の減反政策で一気に米作がだめになり、ソバに転作せざるを得なくなった。さらにその後の人口減で、この先どうなるのだろう。

一度鷹泊橋付近まで戻り、道道693号線(鷹泊鷹泊停車場線)をダムへ向かうことにした。

下の写真は鷹泊橋を渡った付近。正面奥がダム方向へ向かう道。

発電所職員の公宅が4軒ほどあった場所を通りかかった。今は廃墟となり、土台部分のコンクリートだけが残っている。級友が住んでいたのでよく遊びに来た。川の氾濫を考えて土台が高い家屋だった。おそらく昭和30年の川の氾濫の時にも大丈夫だったと思う。

昔を知らぬ人が見ても気づかないと思われる、廃墟。