心の旅

やわらぎ住宅(株)の社長によるブログ。

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基本的人権について

2013年02月04日 | 朝礼
朝礼 平成25年2月3日(月)

今日は、一日中雨模様でした。本日は工務業務のヒアリングをしました。朝礼では、県で作成されています「宅地建物取引と人権」の読み合わせが始まりました。

テーマ:基本的人権について

 「宅地建物取引と人権」の冒頭のページに「人権とは」

私たちは「健康で長生きがしたい」「自由に、自分の持っている力を充分に発揮したい」「安定した仕事について、豊かで幸せな家庭を築きたい」など、様々な願いや期待を持って暮らしています。
これらの願いは、一人ひとりが幸せに生きるための権利―「基本的人権」として憲法によってすべての国民に保障されています。
と記されています。
 
ここに書かれてある「一人ひとりが幸せになる」ということはおかしなことでもなんでもないのですが、私は何か、ものすごい違和感を覚えます。なぜなら、一人ひとりが「自分だけの幸せを追求する」という考えのもとに全員が行動したら、一人ひとりの幸せなんて存在するわけがないからです。

なぜなら、自分の幸せのあり方や感じ方が、他人と一致するわけがないからです。このように多様化してきた世界であれば、なおさらで今まで以上に他人の幸せや、社会や組織の秩序を考えなければ、「基本的人権」にあるようなことは、夢物語にすぎません。

 戦後、経済が右肩上がりに成長しているときや、道徳のよる価値観の一致や束縛が強い時代には、「人権とは」にあるような文言は輝いて短所が隠れていましたが、現在のように自由や個人主義が保証される社会では、ほとんど束縛するものがなくなってしまい、自分で考える能力も足らず、他の自由主義の国の基準である競争至上主義による競争がますます激化してきた結果、人びとの心がすさみ、鬱などの病気が多く見られるようになってきました。

これを正すのには、やはり、人のことや社会のことも考えられるようになることが強く求められます。なぜなら、人間は一人では生きられないですし、競争し続け勝ち続けることはできないからです。適度な自由、適度な束縛がバランスしてほどよい社会になるのではないでしょうか?

 それを現代の自由主義、民主主義やグローバル資本主義が阻んでいるのはわかりますが、人間としてどうあるべきかの根本に立ち返れば、答えはおのずと出てくるのではないでしょうか?

皆さまは、いかがお考えでしょうか?

 




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毎日確実に向上しよう!

2013年02月02日 | 朝礼
朝礼 平成25年2月2日(土)

今日は、一日中曇っておりますが、大変暖かくすごせました。来週は雨が多く寒くなるようですので風邪に気をつけたいと思います。家でもインフルエンザが発症しました。

テーマ:毎日確実に向上しよう!

 経営基本方針で示しましたように、今後は、われわれの所属する住宅業界は縮小していきます。これからは、成熟した業界の中での継続性を確保しなければなりません。それためには、参入障壁づくりをする必要があります。すなわち、他社が簡単に真似できない、追いつけないものを企業のなかに持つということです。例えば、顧客感動をハイレベルに実行できる社員、そのお客様に合った提案ができるコーディネーター、滋賀県一の施工品質、滋賀県一の現場5S、常に改善をかさねられる企業風土、明るくさわやかな社風などがそれにあたります。
 このようなことを一つひとつ丁寧に積み上げていくことが、最終的には、我々が目指す「お客様からお願いされる会社」「お客様から感謝される会社」となります。そしてその結果、地域社会は明るく住みやすくなり、働く仲間もやりがいを感じながら仕事をすることができます。

と、読み合わせをおこないました。

 いろいろな会社が、その独自の個性を表し、その得意とするところで社会貢献をしていきますと多様で奥の深い社会ができていくのではないでしょうか?

 ルーチンワークに流されずに仕事を一つずつ向上させていくにはどうしたらよいでしょうか?

 よく、「明日からこのようにしていきます」といことを聞きますが、そういう言い方をやめて、「今日は、昨日よりもこの部分でよくなりました」という報告の仕方に変えるといいですね。

 具体的にいいますと、今日の朝のことですが昨日業者さんに来ていただき、「外壁シートの張り方や、後始末や掃除について指導しました」。という報告を受けました。

 一見普通に思われるのですが、われわれの目的は、よい商品、よいサービスを通じて社会をよくすることです。指導することが目的でも、仕事でもありません。指導をした結果、現場が、施工標準通りの施工がほどこされ、現場も整理・整頓ができておれば、OKです。

 口でいうのは簡単ですが、実際現場で実践しようとするとそんなに簡単にはできません。
 頭では、わかっていても、習慣というものは恐ろしく、この壁は簡単に乗り越えることができませんが、一人でその壁を越えていくのではなくて、みんなでやっていくと自然にできてしまします。そういう意味では、集団の力は強いですね。

 経営理念や経営戦略は現場でできてはじめて社会的価値をもつものです。会社に掲げてあるだけでは意味をもちません。

 皆さまは、いかがお考えでしょうか?



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学習型企業 ~視野を広げる~

2013年02月01日 | 朝礼
朝礼 平成25年2月1日(金)

今日も昨日以外の銀行さん2社に確定した決算書をお渡ししました。銀行さんの対応は、いつもよく感謝しております。お話しする中で、私自身が気になるのが、貸借対照表のなかの資産の価値が本当にあるかどうかです。1億円の土地として計上されていても、今売れば本当に1億円で売れるのかということです。表面の裏に隠された数字をみないとなかなか実態はわからないものです。われわれ経営者がもっとも気を付けなければいけないところかもしれません。

テーマ:学習型企業 ~視野を広げる~

 当社の戦略の一つに、「学習型企業」というのがありますが、「学び」のおもしろさを知ると人生は確実に楽しくなります。特に視野を広げる学びは必要です。

 クリエイティブな仕事をしていますとそうでもありませんが、毎日単純な現場の仕事をやっていると仕事は面白くありません。給料をもらうためだけに働くことになってしまいます。そこで視野を広げてみると何か違ったものが見えてきます。

 たとえば、わが社で言いますと、人が生きて暮らすのには家が必要です。家は、家族が一緒にいて助け合うことを実践する場であり、将来の社会のために子育てをする場でもあります。そのようなことに携わっているのです。

 それこそ、いい家を建ててお客様に幸せになっていただくほどやりがいのある仕事は、めったにありません。家を建てられる方も長い間ローンを支払っておられます。

 そのことだけを考えてもわれわれは、社会に大きな影響を与える立派なしごとをしていることがわかります。

 今こそ、視野を広げるために学び、しっかり仕事をしてこの暗い世の中を明るくしましょう!

 そうすると、現場の単純な仕事をしていても、幸せで充実した人生がおくれるのではないでしょうか?

 皆様は、いかがお考えでしょうか?

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仕事を楽しくする

2013年01月31日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月31日(木)

今日はとても天気の良い日でした。午前中は、銀行さんに確定した前期の決算書をお渡ししました。苦しい戦いでしたが、社員の皆さんが頑張ってくれまして何とか少しの利益を出すことができました。社員の皆さま、お疲れ様でした。

テーマ:仕事を楽しくする

 仕事が楽しくできますと、生きること自体が楽しくなります。そういう意味で仕事は、言われてやるのではなく積極的に自らが工夫をしたりアイデアを出したりしてお客様や、働く仲間に喜ばれるとますます仕事は楽しくなります。

 現場での単純労働であまり面白くもないという人もいるかもしれませんが、言われたことだけをするのではなく、毎日、すこしでも改善していくと楽しくなります。

 改善やアイデアといっても簡単に出てくるものじゃないじゃないか、と言われるかもしれませんが、そのポイントは、大きな視野でみるということです。この材料はどこからどういうふうに来て、自分のところでの役割はなになのか、その後、どうのように加工されたり、使われるのか、寿命を終えた時にはどうなっていくのだろうか、などを考える習慣をつけるとよいと思います。必ず、アイデアが浮かんでくるはずです。

 仕事が世間に通用するぐらいできるようになりますと、仕事も楽になり、人生にも幸せを感じられるようになります。

 やはりそこでのポイントは、人を助けている割合が大きい人と、自分が人から助けられている割合が大きい人がいますが、特に、後者の場合には、一所懸命仕事をして、世間に通用することが第一ですし、謙虚に先輩などの指示を受け入れ、期待に応えるということが必要です。

 どれだけ人に貢献できるかで人の値打ちは決まると思いますし、以外と人はみていますので、自分には関係ないと思っていてもよいことわるいこと両方自分のところに返ってきます。

 普段の世界は、因果応報です。ニュートン力学の世界です。必ず、こうすればこうなるという答えが出てきます。

 しかし、世界はそれだけではありません。その上にいきますと確率や偶然性の世界、アインシュタインの世界になり、いつ何が起こり、自分の身に何が降りかかってくるかわからない世界と同居しているのが現実です。そのような世界に生きているのが人間です。

皆さまは、いかがお考えでしょうか?



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わが社の経営戦略の考え方

2013年01月30日 | 朝礼
テーマ:経営戦略の考え方

 経営戦略のなかでも重要な項目は、やはり商品であります。まず、「誰にどのような商品を提供するのか」、そして「その商品どのようにして売るのか」、ここのところを決める必要があります。

 経済が右肩上がりに成長しているときには、あまりそのことにとらわれずに、どんな商品をつくっていても、また、お客様から要望のあった商品をデパートみたいに何でもありますよという方針で売っていても十分経営は成り立ちましたが、今は、そこのところは絞り込んだ方がよさそうです。

 お客様の目から見て、この会社は、誰に対してどんな商品を売っているのか、或いは、何を得意にしているのか、ということが明確にわかるようにしたほうがよいと思われます。

 お客様もこのモノ余りの時代に、また、大切なお金を将来に渡ってコツコツと払い続けるわけですから、なるべく失敗したくないと思うのは当然のことです。

 お客様の目からすると、住宅会社は山のようにたくさんあり、どの会社がどうなのか、わかりにくいというのが実情です。だからこそ、企業側からいえば、そこのところを明確にして、お客様にわかりやすくするということは、決定的に重要だといえるでしょう。

 その次に重要なのが、商品の仕様と価格です。どこまで、自由にできるのか。設計の自由度、部材の選択の自由度、また、グレードも気になるところです。要は、どれだけ自分たち好みにできるかですね。そして、その仕様やサービスに対する価格もこれまた、重要な要素となります。

 価格につきましては、建物価格が、支払金額とはなりません。土地から購入する場合も多いと思いますが、土地代はもちろんのこと、登記費用とか、借り入れのための手数料や保証料、火災保険料など今まで聞いたことも考えたこともないような意外と多くのお金がかかります。

 このように、お客様の目線でみますと本当にわからなくて、不安な要素が多いのです。
 こうしますと、家は一生に一度の買い物ですから、よい会社選びをすることが大切ではないかということです。

 よい会社とは、まじめで、誠実、うそをつかない、わかりやすくわかるまで説明してくれる。わからなくても、まかせておいて安心なのがいいですね。

 住宅会社はお客様が思っている以上に多種多様です。自分がこの会社となら長く付き合えるという会社選びをするのが一番良いのではないでしょうか?

 そのようなことを踏まえ、商品やサービスを磨いていくことが経営戦略の基本中の基本となります。

 われわれは、お客様との家づくりを通じて社会をよくしていことも考えております。

皆さまは、どのようにお考えでしょうか?



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過去の経営戦略のレヴュー

2013年01月28日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月28日(月)

テーマ:再度過去の歴史や状況を振り返る 2期前のマクロとらえ方

経営環境は決して好転していません。むしろ今期は、前期よりきびしくなると考えています。世界においては、巨大金融の動向、デフレの進展、先進国での消費の減退、自由主義による我欲の最大化、グローバル資本主義の更なる先鋭化、中国やロシアなどの権力主義国の台頭、北朝鮮のような無法国家のやり放題、そして日本では、民主党政治による、事業仕分け、沖縄基地問題、八ツ場ダムに象徴される公共事業の行方、政治主導、公務員給料の引き下げ、税収不足、子ども手当、高速道路無料化、経済政策は自民党時代のエコカー減税や家電のエコポイントなどをやりましたがこれも日本の産業を長期的に活性化させる手立てになっていませんし、金融や経済では、世界からとりわけアメリカから見放され超円高で国内で生産してもメリットがありません。海外へ逃避するしかない状況に、製造業への派遣禁止や最低賃金を引き上げるなどして、ますます追い込んでいます、また亀井金融相の中小企業金融円滑化法も来年3月で期限が切れます。
 このようにどれをとってもまともに考えられたものはありませんし、予定通りに実行されたものもほとんどありません。この国は一体どこに行くのでしょうか。滋賀県においては、日本で一番製造業の比率の高い県であるので、2008年のリーマンショクで多くの製造業が打撃を受け、「もったいない」、「節約」というエコの面だけが強調され、経済基盤強化策などは見当たりません。海外の動向に左右され、国内の消費も弱るに任せているだけです。こんな状況の中で、われわれの所属する住宅業界もリーマンショック以降、市場が2割縮小しました。2011年は、そのなかで淘汰が行われ、生き残るところと、そうでないところが鮮明になってくるようです。われわれは、この時代の大きな流れのなかで社会をよくするために、今までと違った新しいことをするなどして努力しなければなりません。その努力することもピントを外すことができない様な状況になってきました。
 さあ、全社一丸となってこのような状況に立ち向かって、世の中をよくして、われわれの暮らしもよくなるようにしましょう!!
 そのための、経営戦略です。

というように私自身はこのように考えておりました。

たしかに、リーマンショック(2008年9月15日)で私たちは、マネー経済の恐ろしさを目の当たりにし、実感されられました。
そして、その翌年(2009年)の選挙で何か変わることを期待して政権交代に一票を投じましたが、これまた、まったく期待はずれでした。仕事力並びに人間力共に不足していました。

今私たちは、今期は、積極的な戦略をくり出して、この閉塞感を打ち破ろうとして行動しています。今こそ、利益を上げてお金を活発に流動化することが、社会の善につながることは間違いありません。ますます、多様化するなかで、本当に良い商品、ベンツやBMWのように高くても売れる商品にするために技術を最大限に発揮して、手間をおしまず、見えないところこそ家の場合は重要ですから、心を込めて手間をかけて一品、一品仕上げていく方向でかじをきっています。簡単にはできませんが、一歩ずつ地道にやっていくしかありません。

皆さまは、どのような戦略で経営されますか?

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日本人のルーツ(20)

2013年01月27日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月26日(土)

テーマ:日本人のルーツを知るうえでこれまで以外で学ぶもの その8

本日は、お客様の現場の視察と彦根営業所の改装が完了しましたので、確認に行ってきました。なかなかよいセンスで仕上がっていました。飾りつけもいい感じでした。クロスを一ケ所変えるだけで、センスのいい飾りつけをするだけで部屋全体の雰囲気がよくなります。

本日の朝礼での学びは 

 われわれは、人類がどういう歴史を歩んできたのかを知りました。今の社会は、自分たちの周りだけをみていては、とても生きていけません。ITや科学の発達、そしてグローバル化により世界は小さくなりました。他国で起こったことが即、われわれに影響してきます。国家もその役割を果たすことが難しくなりました。

 まずもって、自己の欲望を最大化する民主主義や市場原理主義を放棄し、各国がその独自・独立性を保ちながら、全体にかかわることについては、積極的に協力する思想を目指すべきでしょう。世界全体の共通する理念を掲げてそれに向かって努力をするということが必要です。

 その理念は、ひとびとが自分のことだけでなく、「社会全体をよくしよう」、「地球全体をよくしよう」というものでなければなりません。

 わがやわらぎ住宅の経営の基本方針をこの位置に定めると共に、社員全員が理念に向かって行動することをここに確認するものです。

 社会全体がよくなって、一人ひとりが真によくなる
 地球全体の自然のバランスを崩さないことで、一人ひとりが生きることを確保することができます。

 他国の個性は認めるが、自国の利益のために他国を侵略してはいけません。
 一人ひとりが、高度に理性と教養を身につけ、その上で理念に対しては協力し合いましょう!

 以上、大きな時代の変化に人として正しい道を歩みましょう!

と読みあわせをしました。(2年前に私が書いたものです)


 今は、「人として正しい生き方」ということをほとんどといってよいほど言わなくなりました。確かに、人を縛る必要はないのですが、われわれは、まわりに違う人たちがいて、心を揺らしながら、或いは、揺らされながら、社会のなかで生きているのが実情です。

 一人ひとりが、自由に自分の個性をのばしていけるように、最低限のルールや価値観(たとえば、暴力を振るってはならない)とか、人の迷惑になることだけはしてはならないとか、迷惑をかける場合には先に断りを入れておくとかをしておく必要があると思います。

 わが社でも、行儀作法の本にもありますように「周囲の人を不快にしない」ということを共通の基盤として、その上で、いろいろな個性を伸ばすことに対しては、一生懸命になり、お互いが切磋琢磨を行えばよい社会になるのではないのかなと思います。

皆さまは、いかがお考えでしょうか? 個と全体の問題。


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日本人のルーツ(19)

2013年01月25日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月25日(金)

テーマ:日本人のルーツを知るうえでこれまで以外で学ぶもの その7

本日は、当社の株主であります大阪中小企業投資育成会社さまへ、決算面談に行ってまいりました。マクロの話やシンガポールの話をしていましたら、あっという間に1時間が過ぎていました。

本日の朝礼での学びは 

1. 結論的に言えば、迂遠ではあるがやはり教育しかないのでしょう。戦後のいわゆる「民主化教育」を受け「洗脳された」人たちがいま現在、教育界の中核にいるわけですから、彼ら から教わっている若者たちが価値観を転換するのはほとんど不可能とも考えられます。「国家百年の計は教育にあり」と言う通り、国を変えるには100年、どんなに少なく見積もって も50年はかかります。それを考えたら、いますぐにでも教育改革に本気で取りかかる必要があるでしょう。

2. 日本には昔から「裏勝り」という言葉があります。着物の表地は地味でこれといって目立たないのだが、何かの拍子に裏地が見えると、そこには見事な刺繍がしてあって実に美しい のです。「裏勝り」とは、人から見える表側は地味だが、人からは容易には見えない裏側にこそ力を入れ、配慮するという心意気、美意識なのです。

3. バンパーの裏側まで磨くことの合理的な意味は、「部分最適ではなく、全体最適」「短期的なコスト削減よりも長期的な信頼感の獲得」に極めて大きな役割を果たしているというこ とです。

4. 西洋的価値観と日本的価値観の相対化、つまりどちらが正しいのかということではなく、世界と日本を相対化して物事をみる力を身につけることができるようになりましょう。

5. 具体的な知識を学ぶのではなく、いかに生きるべきか、日本人としていかなるたち位置で世界と向き合えばよいのか、といった知恵を学ぶのです。「日本文化の真髄とは何か」「日 本は中国とどう付き合うべきか」「日本の自画像をどう描くか」「日本の国体とは何か」「西洋文明の原点」などについて学ぶことが今必要とされています。

と中谷 巌氏は述べられています。

ここで重要なことは、誰がよいとか、何が悪いとかではなく、世界を知るためにいろいろなことを学び、「自分が今から、どう考え、どう生きるのか」だと思います。

自分がここで変わることによって次の世代を担う人たちによい世界をバトンタッチしなければいけないですし、世界をできる限り次の世代の人たちに伝えて、またその次の世代の人たちが次の次の世代のためにちゃんとした世界で生きられるようにしなければなりません。

これが、われわれ人間の義務であり責任であります。またそれは、人間社会だけではありません。自然に対してもその頂点に立っているのですから、地球と人類の継続性を果たすことが人間としての務めだと考えます。

このような話は、きれいごとかもしれませんが、これをやらないと人類は、甚大な被害を自らがこうむることになると思います。

皆さまは、いかかがお考えでしょうか?



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日本人のルーツ(18)

2013年01月24日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月24日(木)

テーマ:日本人のルーツを知るうえでこれまで以外で学ぶもの その6

今日は、朝から近江八幡のG-NETで、当社の子育てセミナーを開催いたしました。「しあわせ母さんのための個性心理學」ということで、一人ひとりの性格を知り人間関係をうまくいくようにするものです。大変面白かったです。
午後からは、同友会の新春例会で、吉田敬一先生のお話を聞かせていただきました。
頭が整理され、やることがより鮮明になりました。

本日の朝礼での学びは

1. 2009年8月の衆議院議員選挙で民主党が大勝したのは、まさにそういう危機意識の表れであったとも考えられる。このまま自由主義路線で突っ走ったら日本社会の良さがなくなる、ということに日本人が危機感を持った結果でありました。もっともその後の民主党内閣の迷走ぶりを見て多くの有権者が失望しているので、いまだ国の方向が定まってはおらず、今後も何度か試行錯誤が続くことになるでしょうが、日本人が新しい時代のあるべき姿を真剣に模索し始めたことは間違いないのではないでしょうか。時代の様相を正しく理解し、日本のあるべき姿を明瞭に指し示すことのできる政治リーダーが現れると、日本は大きく変わる可能性が高いのです。だから、まったく可能性がないわけではありません。

2. 民主主義は非常に危うい制度です。カリスマ性のあるリーダーが求められたとき、ファシズムの傾向を持つかもしれない力強いリーダーのほうが、優柔不断にみえる軟弱なリーダーよりも支持を受けやすい。第1次大戦後のドイツでヒットラーが極めて正当な民主的プロセスを経て選ばれたことを私たちは忘れるべきではないでしょう。

と中谷 巌氏はいっておられます。

2008年9月15日のリーマンショックが市場原理主義、すなわち儲けのためなら何をしてもよいという考え方が破たんした象徴的なできごとといえるでしょう。

確かに9.15で大きく潮目が変わったことだけは確かです。EUのギリシア、スペインの問題もここから端を発しています。

「民主主義は非常に危うい制度」と言われていますが、私もそう思います。民主といっても、個人の好き勝手を集計する制度になり下がっていますので、そこには、人類全体の
ことや、他人のこと、社会のことを考えて自分を制御しようとする考えのない人の多数決で政治が決まっていくわけですからこれほど怖いことはありません。

なぜ、国民一人ひとりの質を問わないか、非常に疑問に思います。でも歴史的観点からよく考えましたらそれも仕方ないことかもしれません。そうすると、政治家も人気取りのみの言動をするようになり、民意を受けて独裁的になり組織が量的変化を重ねていきますと、行き着くところは戦争になってしまいます。

やはり、国民のいうことを聞くのもいいですが、それは民意が正しいときです。正しくないときには、政治によって修正すべきです。政治家の役目も民意をなるべく反映して国民が
あまねく幸せになるようにしながら、もう一方で、人類が共生することに反する場合には、一国の民意より、人類全体の福祉を考えることができるような仕組みに変えなければいけないと私は、思います。

さて、皆さまは、どうお考えでしょうか?

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日本人のルーツ(17)

2013年01月23日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月23日(水)

テーマ:日本人のルーツを知るうえでこれまで以外で学ぶもの その6

今日は、一日、集客やホームページについて、O先生のご指導のもと、今後のあり方についての戦略を考えました。大変有意義な一日でした。

本日の朝礼での学びは

1. 日本は世界に対して何らかの根源的な意味での貢献をすることができるのでしょうか。 まずもって日本人がやらなければならないことは、「自分はもともと何者であったのか」という「自己認識」をしっかりもつことでしょう。
2. いま、われわれに求められているのは、かつて日本人が持っていたとされる「足るを知る精神」「自然をこよなく愛し、自然によって自分たちが生かされているという調和的な自然観」などの日本的な価値観を認識しなおし、自らのものにしていくという「基礎作業」です。
3. 日本には仏教的な考え方がある。自然を破壊するのではなく、自然と仲良くしなければいけないという、自然をおもんばかる気持ちも強い。さらには、過度の市場主義によって人と人の絆がぶった切られるのはよくない、ということを理解する力があります。だから、政治や教育が変われば、日本人の潜在意識に眠っている基層文化がよみがえってくる可能性は十分あると思います。西洋的な価値観に基づいて、自分の権利ばかりを主張したり、自分の欲望の最大化だけを目指したりするのでは、地球がもちません。日本人は昔から「足るを知る」ということを大事にしていたし、他人を幸せにすることが実は自分の幸せになる唯一の方法なのだといった利他的主義の考え方を取り戻すことができれば、日本人はいろいろな形で世界に発信できるはずです。

と中谷 巌氏はいっておられます。

確かに、自分が何をしたらいいのかわからなくなったときには、「自分はもともと何者であったか」ということから入る方法が有力だと思います。

私自身も、以前自分のまわりに起こることが理解できなくて混沌としていましたが、この本を読み、すっきり整理されました。たとえば、会社は誰のものか、とか企業活動してお
金を稼ぐのは正しいのか、正しくないのかなどです。

日本人であるわれわれは、自然をおもんばかったり、他人に配慮したりする素晴らしい心をもっています。西洋には愛の概念がありますが、実際には自己愛や家族愛に限定されて
いるように思われます。どうしても、そこには、お金、すなわち得か損かという利害が優先されるからです。

しかし個人主義的、拝金主義的、利己的な考え方では、行先は見えています。
今こそ、自己の欲望の出し方、制御の仕方をしっかり身につけるべきときです。

自分のことだけを考えるのではなく、全体のことを考える生き方が必要となってきます。

言いかえますと、自分が全体に対してどう貢献できるかを考えて生きる時代ではないでしょうか?

皆さまは、いかがお考えでしょうか?



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日本人のルーツ(16)

2013年01月22日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月22日(火)

テーマ:日本人のルーツを知るうえでこれまで以外で学ぶもの その5

本日は、朝からいろいろな相談や報告があり、あっという間に昼になってしまいました。
プランの相談や、ホームページに関する報告でした。ホームページなどのWEB技術は、ものすごい速さで進歩していますので、追いつくのがたいへんです。

本日の朝礼での学びは

1. ジャック・アタリが『21世紀の歴史』で予言したように、やがて食糧や水を求める難民が世界にあふれ返り、世界は「超紛争」の時代に入るかもしれません。民族間、あるいは国 家間でひっきりなしに紛争が起き、殺し合いをやるような時代になることも十二分に考えられます。

2. では回避できるのでしょうか。ジャック・アタリは、世界が「国家のエゴ」、その背後にある「個人の際限ない欲望」を容認し続ける限り、利他精神に基づく他民族の救済は二義的 な問題として取り扱われつづけるからだと、その理由を説明しています。

3. 個人や国家が自己の欲望を制御し、「他者の幸せに貢献することが実は自分の幸せにつながる唯一の方法なのだ」という「深遠なる真実」に気付かない限り、人類は「超紛争」の時 代に突入せざるを得ない、ということです。

4. 自己の欲望を制御できるようになることが人間の理想であり、あるべき姿であるという思想は、釈迦をはじめ古くから東洋思想の基本でした。しかし、私たちがたどってきた歴史を 振返りますと、個人の自由や欲望充足の権利を認める西洋的価値観が世界を支配してきました。そして、このような闘争的な西洋的価値観こそ、近代化を実現させ、先進諸国の生活水準 を著しく高い水準まで引き上げるエネルギー源であったことは確かです。

と中谷 巌氏は指摘されています。

世界がグローバル化していくなかで、各国が自由に自国の発展だけを願って行動したら、今の中国のようになります。国家の役割は、どんどん国力を増大していき、武力の威力でもって自国の国益を積極的にと接しようとしていくのは、当然といえば当然です。

そこには人類の共生を願う考え方や、他国に配慮するといった考え方は見いだすことができません。ほんとうにこれでよいのでしょうか?

今、このグローバル化した世のなかで決定的に必要なものは、世界の人たちが共生できる共通の価値基準です。

しかし今の世界標準は、「自国さえよければ」、「自分さえよければ」ということになります。そうなりますとジャック・アタリのいうように争いしかなくなります。

やはり日本人のルーツで学びましたように全体の利益を先に考え、そのあとで個の利益を考えるか、他国と協調して自国の発展を探るようにしなければなりません。

ただ、中谷氏が指摘されていますように、闘争的な西洋的価値観が、近代化を実現させ、
先進諸国の生活水準を著しく高い水準まで引き上げるエネルギー源であったことは確かで
す。でも、その時代は終わりに近づいています。なぜなら、この先人類の未来が見えない
からです。

皆さまは、いかがお考えでしょうか?


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日本人のルーツ(15)

2013年01月21日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月21日(月)

テーマ:日本人のルーツを知るうえでこれまで以外で学ぶもの その4

本日は、滋賀銀行さんの講演会に行ってまいりました。マクロ経済についてですが、昨年の政権交代によってやっと明るさがもどってきたという感触です。海外の投資家からもこれから日本はどうなっていくのか大変興味をもっているようです。ほんとうに、経済が活性化すればいいですね。今までとは違う、人にやさしい経済になればと願っております。

本日の朝礼での学びは、少し話題が古いですが、時間をおいて冷静にみることができます。

1. 鳩山民主党政権は派遣法を見直し、最低賃金を1000円に引き上げる政策を打ちだしています。それはむろん、賃金労働者には歓迎されるだろうが、高コストを嫌う日本企業は海 外工場立地を加速させるでしょう。実際、「いままで雇用確保のため必死で頑張ってきたけれど、派遣も使えず最低賃金が1000円ということになったら、もうやっていけない。ウチ も中国かベトナムへ工場を移すしかない」という経営者の声があちこちから聞こえてきます。

  鳩山政権はもちろん、派遣労働者やパートタイマーの窮状を何とかして改善したいという「善意」から、法律の見直しや最低賃金の引き上げを打ち出したはずである。だが、グローバ ル経済のもとでは、そうした「善意」は逆にあだとなって、結果的に彼らの職場を奪いかねないのです。

  また、高額所得者に累進課税を行って、弱者救済の原資に充てようというのも、善意から出たものでしょう。しかし、強度の累進課税をすれば、「グローバルプレーヤー」たちは活動 場所をより所得税率の低い場所へと移行させるかもしれません。

  経済がグローバル化したいま、一国内における所得格差の是正は、その国の競争力を弱めてしまう。それゆえ、「グローバルプレーヤー」と単純労働者との所得格差拡大を生み出すグ ローバル資本主義圧力は、おそらくは、国家が打ち出す所得再配分政策の効果を相殺して余りあるでしょう。

2. 今の世界は、グローバルな市場統合によってもたらされる金融危機のリスクや世界的な所得格差の拡大、地球環境破壊、食糧や水の不足などの異常事態に対して、適切に対応する能 力を持ちあわせていません。

  国家は無力化しています。しかし、かといって強力な世界政府が存在するわけでもありません。いうなればブレーキの壊れた自動車みたいなもので、グローバル化の進行に歯止めをか ける手立ては見当たらず、貧困地域の救済は残念ながら望み薄、というのが偽らざるところです。

と中谷 巌氏は言っておられます。

今、われわれが置かれている経済のしくみのなかでは、収入の少ない生活者にお金を与えたり、低賃金労働者の最低賃金を引き上げたり、累進所得税で高額所得者から多くの税金をとろうとしたら、国際競争に負けてしまします。

北欧のように、国全体で高福祉国家を目指すのならできるでしょうが。北欧の国々も簡単にそうなったわけではなく、国民性や地理的な位置関係、近隣諸国のイデオロギーのような条件のなかで、数十年かけて国民のコンセンサスをとりつづけてやっとできたものです。

ということは、われわれがとるべき道は、経済を活性化することによって、企業の利益を生み出し、税金を徴収してさらに近代社会にふさわしいインフラ整備をしたり、その利益を働く人たちに分配することで、より経済を活性化させるという循環をつくることだと思います。

それでは、ますます競争が激しくなって、今よりももっと格差が広がり、危機的な状態になるという意見も当然出てきますが、何もしないで停滞するというのは、もっと罪深いことだと思います。

話は変わりますが、国自体の運営も変えないことにはいけません。収入が40兆円しかないのに90兆円使うというのは、考えられません。会社であればとっくの昔に倒産しています。家計でもそうですが、収入に見合った支出をするのが普通だと思いますが。日本だけではなく、世界全体がおかしいのかもしれません。

われわれの幸せを考えながら、収支のバランスをとる考え方を推し進めないと、挙句の果てが他国との摩擦につながりかねません。放漫経営をやった挙句の果てにそれを争い事で解決しようというのは、過去の歴史が答えを出しています。罪のない人が、犠牲になるだけです。

国も収入を伸ばす工夫をするのと同時に、コストをかけなくてもよいところは、どんどん削るべきだと思います。働かない人や利権をむさぼっている人に過剰のサービスは必要ありません。

日本人のなかには、働かなくてもお金がどこからか回ってくると思っている人が多いと思います。真に自分の人生の価値を追求している人が少ないように思います。もっと自分の人生を大事に、自分の価値を大事に、と思うのですが。

大事にしようと思ったらどうしたらよいのでしょうか?

皆さま、一緒に考えましょう!



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日本人のルーツ(14)

2013年01月19日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月19日(土)

テーマ:日本人のルーツを知るうえでこれまで以外で学ぶもの その3

本日も近江八幡の街は、凍えていました。まだまだ寒さは衰えを知りません。ただ、少し日照時間が長くなってきたのはうれしい限りです。今日は内定者研修の日なのですが、他の仕事が残っておりますのでそれをやっつけます。

本日の朝礼での学びは

1. 第1次世界大戦が始まった1914年から第2次世界大戦がおわった1945年までの31年間は筆舌に尽くしがたいほど悲惨な時代であった。しかし、第2次大戦が終結してから1970年代半ばまでの30年間、自由主義世界はそれ以前とは打って変わって「黄金の時代」(エリック・ボブズホーム『20世紀の歴史』)を享受することができた。世界は久方ぶりに希望に満ち溢れた時代を経験したことになる。「冷戦」は厳然として存在したものの、世界を巻き込んだ20世紀前半の「熱い」戦争の危険は基本的に去っていました。

2. 新自由主義に浮かれた世界はその結果どうなったか。言うまでもなく、リーマン・ショックに端を発する世界的な金融危機の再来でした。そのときになって、政策当局や経済学者はようやく大恐慌時代の記憶を手繰り寄せ、政策当局者たちも昔の記憶を取り戻しました。
そして金融ショックが大恐慌の再来を招かないように、大胆な財政金融政策がアメリカ、ヨーロッパ、日本、中国を先頭に、世界各国で同時発動されました。また、政治の世界に目を向ければ、新自由主義への偏重を改め、国家の役割や公平性をより重視する民主党政権が、奇しくも日米両国で誕生しました。

3. 「黄金の時代」と現代を分かつ最も大きな要素は、地球環境問題という大きな制約に直面していること、東西冷戦がなくなっていること、その結果、中国やロシア、東欧など、東側世界が自由主義に転換し、その結果、グローバル経済の規模が巨大化したこと、さらには、ITを中心とする情報通信革命とそれに伴う著しいグローバリゼーションが進展したことなどです。

4. グローバル化の進展によってグローバル資本は国境の壁を軽々と乗り越え、巨額の資本を瞬時に移動させることができるようになりました。それによって、世界市場はますます統合の度を高めました。だが、その結果、国民国家は無力化し、グローバル資本が急激に流入した国ではバブルが発生するのが普通のこととなりました。逆にグローバル資本が流出した国では通貨危機や国家財政の破綻が相次ぎました。その結果、グローバル資本の進展によって国家は、自国内の制度設計や政策発動も自由にならないとう事態に直面するようになりました。つまり、もはや自国の政策だけではグローバル化がもたらす深刻な社会的影響を除去することができなくなったわけです。

5. 経済の著しい不安定化に加えて、グローバル化がもたらす深刻な社会的影響として忘れてはならないのが、貧困層の増大、所得格差の拡大でしょう。周知の通り、グローバル経済に組み込まれた各国では、所得格差の拡大傾向が顕著になっています。グローバルに拡大された市場で従来以上に大きな利潤機会を得たファンドマネージャーや投資家など、いわゆる「グローバルプレーヤー」の所得が天文学的に高騰する一方、先進国の単純労働者は賃金が著しく低い途上国、とくに市場経済に参入した東側世界の国々(中国やロシア、東欧諸国など)の労働者との激しい賃金競争に巻き込まれ、急速な所得水準の低下を甘受せざるを得なくなりました。グローバル市場の恩恵を一手に享受できる知的エリートと、途上国や旧東側諸国の低賃金にさや寄せられ、労働条件を大幅に下げざるを得ない単純労働者との間の所得格差拡大は、市場がグローバルに統合されればされるほど加速されることになります。

と、またまた中谷 巌氏からまなびました。

私が、歴史を学んで思うことは、私が生まれた1951年ごろから2000年までの期間は、人類史上他に類を見ないくらいに希望に満ち溢れ、社会も安定して成長していった時代ではないとつくづく感じます。

私の生まれる前の50年間は、世界はそれまでの矛盾を暴力で解決しようとしてきた期間で、第一次、第二次世界大戦を通じ世界で何千万人の人がなくなっています。日本でも第二次世界大戦における犠牲者の数は約350万人といわれています。

ということは、これからの50年間は、揺れ戻しが起こり、犠牲を強いられたうえでまた、素晴らしい時代がやってくるのかもしれません。

中谷氏の論では、自分さえよければという個人主義が正当化され、市場原理主義や競争至上主義に基づくグローバル資本主義によって様々な災いがもたらされたといっておられます。

様々な問題とは、貧困層の増大、所得格差の拡大、人類を脅かす地球環境の問題、人間性喪失、共同体破壊、伝統文化・文明の破壊、資源枯渇、生物種絶滅、などです。

確かに過熱していることは、否めませんし、相手のことや、全体のことを全く考えない競争というのは、われわれ日本人にとっては考えられないことです。

今の中国を見ても分かりますように、世界全体の福祉ということよりも自国の利益だけを考えているような気がします。誰が考えても、世界が平和でない限り、まわりの国々と仲良くなっていない限り、自国の健全な発展や幸せはないと思うのですが、そんな考えは、微塵たりとも見えません。

そこで、活路を開くのが、中谷氏が主張しておられる、日本人の考え方です。秩序を重んじ、他国も尊重し、自分の悪いところを反省し、すべてのものから生かされているという感謝の気持ちを持ち、謙虚にまわりとの調和をはかりながら、他国の成長にも力を貸しながら生きていくという考え方を改めて見直しましょうということです。

このような、日本型の考え方でないと世界はうまく生きませんね。

でも今は、日本型の考え方もいろいろな影響を受け、自らが頽廃しているようにも見受けられます。

皆さまは、どうお考えでしょうか?


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日本人のルーツ(13)

2013年01月19日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月18日(金)

テーマ:日本人のルーツを知るうえでこれまで以外で学ぶもの その2

朝起きますとあたり一面真っ白です。今日は、朝から不動産公正取引協議会の仕事で大阪へ行かなければなりません。電車が遅れないかが一番の問題でしたが、幸い、私が降車する大阪駅までは順調きました。そして淀屋橋のエル大阪まで時間内につくことができました。但し、垂水駅で人身事故があったとういことで、私が乗っていましたこの電車も大阪どまりになりました。この先の目的地に行かれる皆さまは、たいへんだったでしょう。

本日の朝礼の読み合わせ内容は、

1. ヨーロッパ統合を最初に提唱したのはオーストリアの政治家、クーデンホーフ=カレルギー伯爵であるが、その著『人間に敵対する全体主義国家』の中でフランス革命のスローガン 「自由・平等・博愛」を取り上げ、この3つのうち、一番大事なのは博愛であると主張している。自由こそが人間にとって最も価値のあるものと考えていたカレルギーは、自由を担保と するものとして私有財産制度を擁護する一方、資本主義が深刻な社会的不平等をつくり、その結果として共産主義を生み出し、さらに資本主義と共産主義の双方に対抗するものとして全 体主義を生み出したことを憂いていました。自由は尊い。しかし、自由ばかりを追求すると放縦に堕し、歪んだ不平等社会になってしまう。平等も尊い。だが、平等ばかり追い求める  と、自由のない共産主義、全体主義になってしまう。どちらに転んでも人間の尊厳を損なう。だからこそ、自由と平等の均衡を図ることが必要で、それを実現するのが博愛の精神なの  だ、というのが彼の主張でした。

2. 自由放任を放置すると能力のある人はどんどん豊かになり、能力のない人はますます貧しくなっていく。その結果、世の中には極貧にあえぐ人たちがあふれ出し、挙句の果てにバブ ルが崩壊して大恐慌となって歴史に刻み込まれました。
 
と、中谷 巌氏は言っておられます。

すごいですね。クーデンホーフ=カレルギー伯爵、見事、人間が生きていく上においての重要な概念「自由・平等・博愛」の関係を言い当て得ています。
結論として、自由と平等の均衡を図ることが必要で、それを実現するのが博愛の精神だといっています。

今現在、博愛の精神を踏みにじっているのが、自由を根拠とする市場原理主義であり、競争至上主義であります。

かといって、現代社会で、平等ほど退屈なものはないともいえます。これほど何の人間的向上や感情の盛り上がり、やる気を起こさせないものはありません。

今の時代の究極の生き方は、一人ひとりの自由を尊重しながら、他の人の自由とぶつかり合いながら生きていくということでしょうか。そこで社会を表面上制御するのは、国家とその法律ということになるということでしょうか。

今、アルジェリアの天然ガスプラントで人質事件が起こっています。これに関しては、国家は国民の生命を守ることが目的ですから、あらゆる手立てを講じなければなりません。
でも、世界では、このようなほんとうに不愉快な事件が起こってしまいますね。
何の罪もない人が、被害をこうむる。これこそが、昨日のブログにあります偶然性に人は影響されているとしかいいようがありません。

われわれには、まったくのフリーも、真の平等も生まれついた時からあり得ません。そのような理想を追い求めることも必要ですが、現実的な生き方としましては、価値観(善悪の基準や道徳観)が一緒で、その時代に即した最低限の規則を守り、一人で何かするときには、欲や意地ややる気を思う存分出して、その結果が世の中の役に立つことであれば、みんながうまくいくのではないでしょうか?

皆さまは、いかがお考えでしょうか?


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日本人のルーツ(11)

2013年01月17日 | 朝礼
朝礼 平成25年1月16日(水)

テーマ:日本人以外はどうだったか? その6

今日は、昨日と違いまして大変穏やかなよい天気となりました。今日は、今から全日本不動産協会大阪部本部の新年祝賀会に出席します。場所は、ホテルニューオオタニ大阪です。

1.人の心の問題:人間が自然を搾取し、自然と心を通わせることを忘れた結果でもある、と筆者は考えています。筆者が言う「人の心の問題」とは、具体的には「人間にとって幸せとは  何なのか」ということですが、人が自然を愛でいることをやめ、その結果、人が自然から疎外されたことが現代人の「心の空白」と深い関係があるのではないだろうか、と言っていま  す。

2.人間が近代化の過程において「疎外」されたのは自然からだけではなく、人の心の安定の拠り所にしていたコミュニティ、そして、会社などの組織、最近では家族の絆など、人はあら  ゆるものから「疎外」されてきました。それが人間を不安にし、孤独を生み出し、精神的な充足感を奪っていると考えられます。

3.自然を徹底的に分析すれば、人間の生活は進歩し、幸福を増進させるという西洋的進歩史観こそ「心の空白」を生む最大の要因なのではないだろうか。

4.近代合理主義を超えた新たな哲学が必要とされているのではないか。近代合理主義が切り捨ててきた自然への畏敬の念を取り戻し、個人のエゴに抑制をかけ、合理的精神では理解しが  たい非合理で、不条理な世界への理解を深めるといったかなり難易度の高い精神革命が必要とされています。

5.西洋近代合理主義は、説明可能でロジカルに議論できる部分だけを取り上げて、そこを徹底的に分析してきました。例えば、合理的個人=個人は自己の幸せとは何かを知っており、そ  れを実現するために合理的に活動を行う、などの前提条件のもとで論理をつみあげています。その結論が、「マーケット・メカニズムは最適な資源配分をもたらす」ということを厳密  な数学モデルを使って証明するのに成功した。

と中谷 巌氏は言っておられます。


昨日の「神と人間と自然の関係」から本日は、「人の心と自然の関係」、「人の心と社会の関係」についてです。

西洋近代主義は、不確定な心の問題はどうも苦手なようで、それには一切触れず論理だけで答えを出していきます。特に、アメリカのように人種のるつぼといわれている国では、いちいち人種ごとの文化や風習や宗教、考え方などを考慮しますと、そこらじゅうで、言い争いが生じ、社会は進展しません。日本では、考えにくいことかもしれませんが。

近代合理主義によって自然やコミュニティ、家族からも疎外され、反対し疎外していきますと、人はたいへん生きにくくなります。

個人の自由と合理主義的考え方がよい時や場面もありますが、現実の世界に人が生きていくのには、自分を肯定してくれるもの、自分の行為を認め、褒めてくれるものの存在があって始めて「心」が安定し、まともに人間として生きていけるのではないでしょうか?

やはり人が生きていく上において、心が癒される、心が喜ぶようなことがらというのは、特に現代日本社会のように、努力しても、それがストレートに報われない時代には、必須のものだと思います。

皆さまは、いかがお考えでしょうか?

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