心の旅

やわらぎ住宅(株)の社長によるブログ。

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基本的人権について

2013年02月04日 | 朝礼
朝礼 平成25年2月3日(月)

今日は、一日中雨模様でした。本日は工務業務のヒアリングをしました。朝礼では、県で作成されています「宅地建物取引と人権」の読み合わせが始まりました。

テーマ:基本的人権について

 「宅地建物取引と人権」の冒頭のページに「人権とは」

私たちは「健康で長生きがしたい」「自由に、自分の持っている力を充分に発揮したい」「安定した仕事について、豊かで幸せな家庭を築きたい」など、様々な願いや期待を持って暮らしています。
これらの願いは、一人ひとりが幸せに生きるための権利―「基本的人権」として憲法によってすべての国民に保障されています。
と記されています。
 
ここに書かれてある「一人ひとりが幸せになる」ということはおかしなことでもなんでもないのですが、私は何か、ものすごい違和感を覚えます。なぜなら、一人ひとりが「自分だけの幸せを追求する」という考えのもとに全員が行動したら、一人ひとりの幸せなんて存在するわけがないからです。

なぜなら、自分の幸せのあり方や感じ方が、他人と一致するわけがないからです。このように多様化してきた世界であれば、なおさらで今まで以上に他人の幸せや、社会や組織の秩序を考えなければ、「基本的人権」にあるようなことは、夢物語にすぎません。

 戦後、経済が右肩上がりに成長しているときや、道徳のよる価値観の一致や束縛が強い時代には、「人権とは」にあるような文言は輝いて短所が隠れていましたが、現在のように自由や個人主義が保証される社会では、ほとんど束縛するものがなくなってしまい、自分で考える能力も足らず、他の自由主義の国の基準である競争至上主義による競争がますます激化してきた結果、人びとの心がすさみ、鬱などの病気が多く見られるようになってきました。

これを正すのには、やはり、人のことや社会のことも考えられるようになることが強く求められます。なぜなら、人間は一人では生きられないですし、競争し続け勝ち続けることはできないからです。適度な自由、適度な束縛がバランスしてほどよい社会になるのではないでしょうか?

 それを現代の自由主義、民主主義やグローバル資本主義が阻んでいるのはわかりますが、人間としてどうあるべきかの根本に立ち返れば、答えはおのずと出てくるのではないでしょうか?

皆さまは、いかがお考えでしょうか?

 




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