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京都 上御霊神社(京都散策)

2019-06-15 20:52:00 | 取材・旅行

昨日、京都 上御霊神社へ行ってきました。

御霊神社という名前の神社は、日本各地にあります。
名前の通り、御霊・怨霊を鎮めるために建てられています。

京都市上京区にある上御霊神社は、中京区にある下御霊神社に対応するもので、正式には「御靈神社」です。


 ここから http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/02/004/




鳥居の菊の御紋が光ります。


祭神は
崇道天皇(早良親王。光仁天皇の皇子)
井上大皇后(光仁天皇の皇后)
他戸親王(光仁天皇の皇子)
藤原大夫人(藤原吉子、桓武天皇皇子伊予親王の母)
橘大夫(橘逸勢)
文大夫(文屋宮田麿)
火雷神(以上六柱の荒魂。)
吉備大臣(吉備真備)






ここは応仁の乱の勃発地

応仁の乱は、簡単に言えば、細川勝元・畠山政長・足利義視vs.山名宗全・畠山義就・足利義尚 の争いです。



文正2年1月18日(1467年2月22日)、上御霊神社の戦いが起こり、これを契機に11年にわたる応仁(応仁・文明)の乱が始まりました。



上御霊神社に陣を敷いた畠山政長を、畠山義就が攻撃したのです。
政長は自害を装って西南にある細川勝元邸に逃げ込みました。

これによって山名宗全は将軍邸(室町亭)を占拠し、細川は幕府中枢から追われることになりました。
しかし細川は退去せず、都において戦いが行なわれることになります。



一説に東軍16万、西軍11万。
関ヶ原と比較するとはるかに狭い場所に、これだけの軍勢がいたとは思われません。



調べたくなってきました。

以下、写真をご覧ください。















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 上御霊神社の戦いとは~応仁の乱がはじまる

 


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