青裸々日記 Aorara Diary

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つまり「癒し系」とは!?

2012年11月28日 20時15分41秒 | 青裸々日記。
亀戸天神社・菊まつりから(東京都江東区)

 こんにちは。
 今日も皆様、ありがとうございます。



 「癒し系」という言葉が定着して、かなり経ちました。
 人を癒す力を持っているというのは、魅力がありますよね。
 では、この「癒し系」と呼ばれる人に、どんな特徴があるかを考えることで、
 自分も同じように、人を癒す力を手にすることが出来はしないでしょうか。

 ということで、「癒し系」というのはどんな人なのかを、一緒に考えてみましょう。



 まず。
 理屈っぽい感じになりますが、「癒し系」という言葉を探るには、「癒す」という言葉について、よく理解しておく必要があります。
 「癒す」というのは、「傷ついた心や体をそっと治すこと」ですよね。

 といっても、「心や体を治す人」が、そのまま全て「癒し系」になるかと言えば、
 そうでもない気がしませんか。
 たとえば、同じように「心がホッとするような言葉を言うような人」でも、
 気が軽くなる人と、そうではない人がいますよね。
 この差はどこから来るのでしょうか!?



 答えは、「自分を癒せているかどうか」です。

 簡単な例で言うと、テストで40点しか取れなかったとします。 そこで、「まあまあ、そんな時もあるよ」と言われれば、ホッとしますよね。
 でも、「いつも100点満点の人」に言われるのと、「78点ぐらいが精一杯の人」に言われるのでは、
 どちらが救われるでしょうか!?



 これでわかりましたね(笑)
 「自分と同じように、ちょっと抜けていたり、隙のある人」のほうが、
 癒すという点では、向いているのです。


 しかし、です。
 「隙」とか「抜けている」というのは、普通に考えれば、間違いなく「短所」です。
 もし、「隙があって、抜けている人」が魅力的なら、
 「誠意も真心もない、責任感に乏しい人ほど素敵だ」ということになってしまいますが、
 こんな馬鹿な話はないですよね(笑)
 誠意も責任感もないなら、それはただの「好かれにくい人」です。



 では、「隙」って、どうやったら作れるのでしょうか。


 簡単です。

 基本と芯だけしっかりしていれば、それでいいのです


 人間、完璧ではありませんよね。
 でも、誰だって、最初は完璧を目指して頑張るわけです。
 しかし、完璧にはできない。
 そこをどう考えるのかが、癒し系への道なのです。

 「いやいや、完璧を目指すんだ!」と鞭を振るうのは立派かもしれませんが、あまり癒されませんよね。
 でも、「もういいや、どうせできっこないし」とふて腐れる姿もまた、癒されるものとは違いませんか。
 ということは、「癒し系」というのは、「やる気がある」のと「やる気がない」間にあるようです



 たくさんお話ししてきましたが、
 考えていただいている内に、色々出揃いましたね。

 ということで、ここまでの話を纏めてみましょうか。

 「癒し系」の人は、前向きです
 ただし、体育会系のような、エキセントリックな「前向き」ではないのです
 自分には甘いけど、でも、自分を甘やかしつつ、許しつつ、顔だけは、あるいは、自分でも自覚できなくでも、姿勢だけは前を向いている
 そうすると、「完璧でない同士、なんでも許し合って、一緒に前に進みたい」という気持ちが出てくるのです


 誠意や真心、責任感さえあれば、誰だって「癒し系」になれるのです。
 完璧でない自分を許すことは、人を許すことにもつながります。



 「立派で近寄り難い人」でも「だらしなくて嫌な人」でもなく、
 「ほどよく甘い癒し系さん」になりましょうね。

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