青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
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できないことよりできること。

2010年07月24日 19時16分50秒 | 青裸々日記。
大師公園の緑(神奈川県川崎市)

 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 馬の二足歩行。
 東京タワーを棒高跳びする。
 飛行機より速い通勤電車。

 明らかにありえませんよね。
 ありえない理由はもちろん、
 「絶対に不可能だから」です。


 しかし、これが人間の能力となると、
 事は複雑になります。
 なぜなら、人間の能力は測定が難しく、可視化するには限界があるからです。
 しかも、人間の能力は絶えず変化しています。
 「人間は可能性の固まり」と言われますが、
 努力や成長をして能力が伸びるにせよ、
 怠惰を重ねて能力が萎むにせよ、
 一人の人間が出来うる可能性や限界は極めて線を引きずらく、
 また、たとえ線が引けたとしても、常に変動しているということで、
 能力をいちいち指し示したところで、あまり役は立たないということが言えるのではないでしょうか。


 このことを踏まえて、
 私は「だからチャレンジを続けましょう」などとと言うつもりは全くありません。
 「出来ないことは出来ないことだと、ハッキリしっかり仕分けておきましょう」、
 私はこうお話ししておきたいのです。


 無理なこと、不可能なことを考えていたって、
 あるいはどんなに負荷をかけて出来ないことをやってみたって、
 残るのは犠牲や失敗だけです。
 そしてまた、本人の心身にダメージが残り、
 トラウマを誘発し、余計に尻込みするだけなのです。
 こういうわけで、「出来ないこと」は「出来ない」とハッキリさせておくと、
 無駄な努力をしたり、自分を責めることもなくなる
のではないでしょうか。
 冒頭に挙げた
 ・馬の二足歩行
 ・東京タワーを棒高跳びする
 ・飛行機より速く通勤電車を走らせる
 こんなことを出来ようとすること自体が無駄なことぐらい、誰でもわかります。
 しかし、可能性を計る対象がこと人間となると、
 なまじ可能性が変動する分、無理が出てしまいやすいのです。


 そのかわり。

 「出来ません」と投了する代わりに、
 せめて出来ることぐらいは着実にしませんか
とお話ししたいのです。
 どんな人も、歩くときは一歩ずつです。
 一歩一歩、地面を踏み続けないと前には進めません。
 でも、「その一歩一歩を大切にしませんか!?」と私は言いたいのです


 「私には出来ません」という人に、
 「出来る理由を探しましょう」などと煽るのは簡単です。
 しかし、可能性が低いこと、苦手なことに無理をして突っ走っても、
 結果は痴れているし、
 精神的に追い詰められるだけだったり犠牲を増やす、という結果を生み出すだけです。
 しかし、「どの程度までなら出来そうか」を探ることは、いつだって出来ます。


 たとえどんなにつまらないことでも、
 つまらないこと以上が出来ないのなら、それは望むほうが無駄なのです。
 しかし、つまらないことを積み重ねることは出来るんですよね



 「出来ません」
 「自信がありません」
 こんな口癖のある人には、
 「つまらないこと」をもっと大切にする気持ちを持つとよい気がするのは、
 私だけでしょうか!?!?

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