亀戸天神社の藤(東京都江東区)
こんにちは。
今日も皆様、ありがとうございます。
人を見抜くこと、真実と嘘を見分けることは、大切です。
何でも疑うことなく全てを信じると、たとえ相手に悪意がなくても、間違えた方向に行ってしまうことがあるからです。
ただ、ここに落とし穴があります。
「見抜くこと」が大切だからと、いちいち人の嘘に突っ込んだりする人がいますが、
はっきり言えば、それは間違いです。
「嘘も方便」といいます。
上手く嘘をつくことで、体よく場を纏めたり、つまらないすれ違いを減らすことができる、
こんな例えを謡っているわけですが、ここで立ち止まって、考えていただきたいのです。
たとえば、せっかくその場を繕っている最中に「えっ、それは嘘でしょ?」と、
「嘘を使って、丸く収めようと頑張っている人」に言葉を投げつけたら、どういうことになるかは、明らかだと思いませんか。
そりゃあ、「嘘」はないに越したことはないかもしれませんが、
場を丸く収める努力をしている人に、いちいち嘘だなんだと突っ掛かるのは、見方によってはただの揚げ足取りであり、因縁でしかないのです。
そうなんです。
「嘘がいいか、悪いか」といえば、あまり「良い」とは言えないかもしれません。
しかし、「嘘をついてでも、場を暖かくする配慮、人を傷つけまいとする気持ち」というのは、
必ずしも責められるべきものとは限らないのではないでしょうか。
もちろん、毒入りの食べ物を「安全ですよ」と言うような、直接損害を与える嘘、不幸に繋がる嘘は、厳に慎むべきでしょう。
しかし、お世辞に代表される、誰も傷つかないような伝え方があるなら、相手を喜ばせようとする前向きな気持ちから出たものですから、
それは嘘であろうが、見破られようが、全く構わないのではないでしょうか。
そしてまた、相手の言っていることが疑わしくても、どうしてそうまでして気をつかってくれているのかを汲むことです。
「見破った」「見破れなかった」という次元で人を見るのは、程度の低い話です。
上手く乗せられつつも、「この人の心はこんななんだろう」と、気持ちを分かってあげるところまで出来て、はじめて「見抜いた」ことになる。
そして、わかっていながら、「そういう気持ちなんですね」と心でつぶやきつつ、わざと騙されてあげる、
ここまでするのが、本当の思いやりではないでしょうか。
「嘘も方便」というのは、騙される側の言葉です。
自分に被害がないなら、相手の幸せを望むなら、
たまには相手の嘘を許してあげる度量が大切です。
こんにちは。
今日も皆様、ありがとうございます。
人を見抜くこと、真実と嘘を見分けることは、大切です。
何でも疑うことなく全てを信じると、たとえ相手に悪意がなくても、間違えた方向に行ってしまうことがあるからです。
ただ、ここに落とし穴があります。
「見抜くこと」が大切だからと、いちいち人の嘘に突っ込んだりする人がいますが、
はっきり言えば、それは間違いです。
「嘘も方便」といいます。
上手く嘘をつくことで、体よく場を纏めたり、つまらないすれ違いを減らすことができる、
こんな例えを謡っているわけですが、ここで立ち止まって、考えていただきたいのです。
たとえば、せっかくその場を繕っている最中に「えっ、それは嘘でしょ?」と、
「嘘を使って、丸く収めようと頑張っている人」に言葉を投げつけたら、どういうことになるかは、明らかだと思いませんか。
そりゃあ、「嘘」はないに越したことはないかもしれませんが、
場を丸く収める努力をしている人に、いちいち嘘だなんだと突っ掛かるのは、見方によってはただの揚げ足取りであり、因縁でしかないのです。
そうなんです。
「嘘がいいか、悪いか」といえば、あまり「良い」とは言えないかもしれません。
しかし、「嘘をついてでも、場を暖かくする配慮、人を傷つけまいとする気持ち」というのは、
必ずしも責められるべきものとは限らないのではないでしょうか。
もちろん、毒入りの食べ物を「安全ですよ」と言うような、直接損害を与える嘘、不幸に繋がる嘘は、厳に慎むべきでしょう。
しかし、お世辞に代表される、誰も傷つかないような伝え方があるなら、相手を喜ばせようとする前向きな気持ちから出たものですから、
それは嘘であろうが、見破られようが、全く構わないのではないでしょうか。
そしてまた、相手の言っていることが疑わしくても、どうしてそうまでして気をつかってくれているのかを汲むことです。
「見破った」「見破れなかった」という次元で人を見るのは、程度の低い話です。
上手く乗せられつつも、「この人の心はこんななんだろう」と、気持ちを分かってあげるところまで出来て、はじめて「見抜いた」ことになる。
そして、わかっていながら、「そういう気持ちなんですね」と心でつぶやきつつ、わざと騙されてあげる、
ここまでするのが、本当の思いやりではないでしょうか。
「嘘も方便」というのは、騙される側の言葉です。
自分に被害がないなら、相手の幸せを望むなら、
たまには相手の嘘を許してあげる度量が大切です。
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